11、ナムアミダブツ
「イーグル5、配置につきました」
「ウッドペッカー3、いつでも撃てます」
「ヴァルチャー3。すでにロックオン中。狙いは貴族令嬢に狼藉して『事後処理中』の敵兵。ふっ、そのご立派な股間を吹っ飛ばしてやる……」
無線に、次々と報告が上がる。すでに各部隊は配置完了。
焚き火を囲んで気を抜いていた敵兵たちの頭上に、静かに死が訪れようとしていた。
その中でも、ウッドペッカー第2小隊――督戦隊長オードリー・フェロン率いる『エスケープキラーズ』は、敵の逃走路に先回りして待ち伏せしていた。
時間は夜の0時。森は静かに息を潜め、遠くで虫の声だけが響いている。
「今回はあんたら督戦隊が後ろにいないから気が楽だな……」
軽口を叩いたのはウッドペッカー第5小隊、クリスティン・オウカ。通信越しの声には、いつもの皮肉まじりの響きがあった。
「なんだ、クリスティン。『やましい事』でもあるのか?」
「勘違いするな。逃げる気はないよ。ただ、後ろから味方に撃たれないと思うと肩の力が抜けるってだけ」
「私語は控えろ。……もうすぐ始まる」
「相変わらずうちの督戦隊は真面目だねぇ。そういうとこ嫌いじゃないけど」
通信が途切れる。言葉に若干棘はあるが、もうこいつはそういう言い方が好きな奴なのだ、というのはこの一年でオードリーも分かっている。別に怒ったりはしない。
オードリーはふっと息をつき、MG778の冷たいトリガーに指を添えた。
先日アリスから受け取った新しい『電動ノコギリ』。初の実戦だが、果たして使い心地はどうか……。
「この『カツアゲ検問所』、反政府系ゲリラって報告だったけど……反政府軍本隊とは別なの?」
ひねくれた性格の『妹』との雑談を終えたところで、装填手のルーシー・フォックスバットが問いかける。オードリーはトリガーに指をかけたまま、淡々と答えた。
「そうだな。王家にたてついてるって点では似たようなもんだが、ちょっと毛色が違う。反政府『軍』はまだ指揮系統がある。だが『系ゲリラ』はバラバラだ。地元の有力者とその私兵やら、暴走した部隊やらが勝手に暴れてる。つまり……」
「つまり、ただの盗賊ってことね」
「その通り。流石伯爵家のご令嬢。話が早い。だから――容赦はいらない。野盗狩りだ。徹底的にやる」
「了解。ならず者相手なら、気が楽」
観測手のイヴリン・フォックスハウンドは時計を確認し、冷静に告げた。
「作戦開始、三十秒前」
「撃ち方用意」
短い沈黙。遠くで爆炎が上がる。イーグル第2小隊のロケットランチャーが、夜空を裂いて敵の装甲車を吹き飛ばした。
続く銃声。バルチャーの狙撃が次々に火点を潰していく。敵は完全に混乱していた。
「……さて、そろそろ来る頃だ」
「来た」
暗闇の中を、十人ほどの人影が転げるように走ってくる。銃だけを持ち、軍服すら着ていない――潰走状態。恐怖で足がもつれ、まともに視点も定まっていない。
「いつも通りの『脱走兵狩り』だ。……敵とはいえ、敵前逃亡は銃殺刑に処す。射撃タイミング、イヴリンに一任する」
オードリーの皮肉交じりの指示に、イヴリンが息を吸い、短く告げた。
「――撃ち方、始め」
夜を裂く咆哮。
第2、第5小隊の2門のMG778の銃口から、毎分1200発の発射レートで弾幕が流れるように吐き出される。
曳光弾の光が森を赤く照らし、無警戒で走ってきた影をまとめて薙ぎ倒す。
バタバタとなぎ倒される敵兵。恐らく、彼らは何が起こったかすら分からなかっただろう。
一連射。
給弾ベルトの取り替えすら必要なく、全てが終わった。あとに残るのは、火薬と血の匂いだけ。
「……あっけないな。もう全滅か」
オードリーは息を吐く。
ほんの十秒。王都攻防戦では数時間引き金を引き続けたのに、今はこれで終わりだ。思わず拍子抜けしてしまう。
「――ナムアミダブツ」
沈黙を破ったのは、クリスティンだった。
「……なんだそれ?」
「天照の言葉さ。死者を弔うための呪文、だとか」
「へぇ、意外と学があるじゃないか」
「これでも一応、元男爵令嬢だよ? 妾腹だけどね。うちの先祖、天照にルーツがあるって親父が言ってた」
淡々とした声。……たぶん、今しがた撃ち倒した相手にも、家族がいたのだろう。
オードリーはそう思うと、ふと、彼女を真似てみた。
「……ナムアミダブツ」
風が、煙と血の匂いをさらっていく。
戦闘時間――およそ10分。
検問所の反政府系ゲリラ、全滅。
666大隊の損害、0。
夜は、何事もなかったかのように、静かさを取り戻した。




