3、つかの間の平和
「スカイ様スカイ様スカイ様~!!」
そう、スカイの名前を遠くから呼ぶ声がする。
ビスケットをかじっていた彼は、何事かとその声の方を向いた。
声の主は廊下を走ってきて、生徒会室の前で止まった。一呼吸おいて、扉が開かれる。そこにいたのは、フローラ・ウィスキーコブラ。一つ上のスカイの先輩だった。
写真部に所属する彼女はいつも通り、首からカメラを下げていた。
「ん~? フローラじゃん。どしたの?」
レベッカとのバチバチを一時停戦し、アリスが言う。
「スカイ様~!大変です。助けてくださ~い」
「どうしたよ。藪から棒に……」
スカイは呑気にビスケットをかじりつつ、彼女の様子を観察する。
フローラはスカイより一つ年上の16歳。彼に対しストレートに好意を示してくる、いわゆる「ヤンデレ勢」の1人であり、アリスが代表を務める非公認ファンクラブの会員の1人。
写真部で、スカイを毎回被写体にしてくる。一応、毎回断っているが、最終的に熱意に負けてモデルを買って出るのが通例である。まぁ盗撮してくるよりは良いが。
そんな彼女の金髪ツーサイドアップは冷や汗に濡れ、青い瞳は涙目だった。まるで、この世の終わりの様な顔をしている。
「私の、命より大事なスクラップブックが、無くなりました!!」
* * *
「ま、とりあえず落ち着き給えよ」
スカイは給湯室で淹れたお茶を彼女に差し出した。お茶請けとして、セラフィーナ先輩の持ってきたビスケットも一緒に。
「……順を追って話してくれ」
時折、生徒会室には、彼女の様に彼に助けを求めてくる子がいる。トラブルバスター隊長として、生徒会長として、それなりに頼られている証拠だ。
この前はシャーロット・サイドワインダーのセクハラ攻撃に耐えかねて、彼女と喧嘩になったエヴァンゼリン・スティンガーの間に入って、二人の仲を取り持ったり、高等部になってアルバイトが解禁されたので、早速してみたいと名乗り出たメアリー・ファントムのバイト先の候補を一緒に選んだり……。
今回の悩める子羊は彼女、というわけである。
……なお、こういう時頼りになりそうなセラフィーナは先ほどから、涙目で何かの原稿を書いていた。彼女の利き手の左手はせわしなく動いている。
なんでも、提出期限が明日までのレポートがあった事を忘れていたらしい。エルザという大学の友人から先ほど連絡があって気が付いたとか。……彼女のサポートは今回は受けられなさそうだ。
さて、フローラの件である。
「私がスカイ様の姿を写真におさめている事が趣味な事は知っていますね?」
「……ああ、まぁ。少し恥ずかしいけど」
彼女はヤンデレを自称しているが、撮影については盗撮ではなく、きちんと許可とってる上でやっているので、スカイもやめろと逆に言いにくい。曰く「私、『話の分かるヤンデレ』ですから」との事だ。……一線超えないヤンデレって逆に糾弾しづらい。
「その写真、愛用のスクラップブックに貼り付けていたんですが……それがどこか行方不明になっちゃって……生徒会の方で、何か情報は無いかと」
「紛失……って事。エリザベス。落とし物にそれらしいものは無かったかな?」
エリザベスは首を横に振った。
「……それらしいものは届け出されていませんね」
フローラの顔が曇る。スカイも、それらしい届け出は受けていない。
「……となると、まだどこかに落ちているのか。……盗難か」
どこかに落ちていれば良いが……盗難だったら問題だ。スカイは、少し真剣な表情になった。




