20、チートをあげよう
舗装の剥げかけたカーク郊外の一本道を、引き続きスカイ・キャリアベースは一人歩いていた。
引き続きその脳裏に、誰の耳にも届かない声が響いた。
甘く、悪戯めいた、けれどどこか陰気さも感じる声。
――ネクロディア。
彼の精神の中に棲む、邪神にして世界を呪った少女の怨念。
「君も私と同類だよね♡ 世界を憎んでるでしょ? 分かるよ、うんうん。私たち似た者同士だもんね☆」
スカイは足を止め、うんざりとした声を返した。
「黙れよ陰キャ姫。お前みたいな、思春期と反抗期をこじらせた怨霊と一緒にされてたまるか。」
「え~、でも心の奥では思ってるでしょ?」
ネクロディアの声は妙に楽しげだった。
「『俺たちの地獄を、ポップコーン片手に観戦してた連中に、同じ痛みを味あわせてやりたい』ってさ。うふふ、私、知ってるんだから。なにせ君の心に居候してるからねぇ」
スカイは何も言わなかった。沈黙が、何よりも雄弁だった。
「ほらね、図星だとす~ぐ黙っちゃう。かわいい♡」
くすりと笑う声。
「ねぇ、一緒に世界を泣かせようよ。そういうの得意だし、私」
それまでのおちゃらけた口調から、一転して真剣な口調になるネクロディア。
響いた声は、少女のものではなく、無数の怨霊が重なったように低かった。スカイは思わず、歩みを止める。
「……」
「スカイくんと愉快な美少女ゲリラたちは、未来を守るために地獄に行かされ、無能な大人たちのせいで帰ってこれなくなりましたとさ~。若人の輝かしい未来? 全部燃え尽きたよ。……流石の私でも同情するね。」
まるで語り部のように語る声。実際、その口ぶりには、若干の同情があった。
「お前から同情されるとは思わなかったよ」
「これでも、戦争被害者には割と同情するたちでね。実を言うと、私の『核』は影姫のものだけど、そのあまりにも強い怨念に、長い年月の間に戦争で無駄死にした人たちの怨念…………例えば凌辱された少女の苦痛やら、子供を兵隊に取られて失った母の嘆きやら、戦う事なく補給が切れて飢え死にした兵士の無念やらが引き寄せられて、くっついて、ミルフィーユみたいになってるのが『ネクロディア』って邪神でね」
「ふーん」
「うわ、クソほどにも興味無さそう! 割と重要な設定明かしたのに!?」
「……で、どうするんだよ? 群体生物みたいな生態してる邪神様よ」
スカイは低く呟いた。
「なろう小説の主人公みたいに、チートスキルでもくれるのかい?」
「良いねぇ」
ネクロディアは躊躇なく答える。
「それで世界中を焼き払って、その地獄絵図を見ながら、君の可愛い信者ちゃん達と大笑いするのもオツだと思うよ?」
「……はっ」
スカイは鼻で笑った。
「そういう所が陰キャっていうんだよ」
「……煽るねぇ」
「大物ぶってるが、お前の本質は一万年前と変わらない、腹が減ったと泣きわめく孤独な子供だ。傷ついた子供が、力を持っただけだろ」
「……君達だって同類だろうがよ」
それでもめげずに邪神は囁く。
「今ならお安くしておくよ。力が欲しいなら、ただでチートをあげよう。もちろん――その力で暴れてくれるならね♡」
スカイはその誘いに、しばし何も言わなかった。しかしやがて、ゆっくりと首を横に振る。
「……やめておくよ」
淡々と、それでいて鋭く。
「邪神との契約なんてろくなことにならない。昔から相場が決まってる。それに、俺の怒りを、お前の娯楽にしてやるのは癪だ」
「ちぇー。なんだよ。つまんねぇの」
拗ねたような声が、スカイの頭の中に消えていった。
再び、彼の足音だけが舗装路に響く。
空は一週間前の王都陥落時の様な血の様な夕焼け空。
この世界のどこかで平和を享受する人々の上にも、地獄のような日々を送る彼らの上にも、太陽の光は平等に降り注いでいた。




