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5、幸運の小隊

「ねぇ、あの話……生贄希望。なんて回答した?」


 廃屋の埃を払う手を止めて、クラウディア・ワイルドキャットがぽつりと呟く。


「……アタシ? 希望。やっぱ……嫌だろ、餓死。絶対苦しいって!」


 答えたのはエレオノーラ・ドーントレス。一瞬の間を置いて、雑巾を絞りながら視線を逸らす。


「…………同じく」


 最後に口を開いたのはレナ・デバステーター。声は小さく、だが迷いはなかった。


「あ、やっぱり。……まあ、ここまで来て餓死は嫌だよねぇ」


 クラウディアが乾いた笑いを漏らす。

 

 三人は、オウル隊第3小隊――通称、ラッキーシスターズ。

 

 年齢は皆、15歳。666大隊の創設時から在籍する最古参メンバーだ。


 彼女たちは、強運の象徴だった。

 

 第666大隊の初陣を勝利で飾り、その後も数え切れぬ死地を三人揃って潜り抜けてきた。今回の偵察任務でも敵の物資集積所を発見し、勲功第一の栄誉を与えられている。


 だが、それ以上に幸運だったのは、大隊長スカイ・キャリアベースの真相(・・)を、直接聞かずに済んだことだと三人は思っている。


 帰還後に戦友達の語っていた内容で、部隊の真相についてはだいたいは把握した。


 ショックではあった。だが、あの場で直接『告白』を聞いていたら、感情を処理できずに泣き崩れ、混乱に拍車をかけていたかもしれない。


 ……彼女たちは、自分たちの役割が、空気を読まず……読めないのでは無く、あえて読まずに空気を変えることだと、どこかで理解している。


 一年に渡る戦いの中で、血のつながり以上の絆が、大隊員たちの間に生まれていた。


 今、大隊はこの廃村を一時拠点としていた。しばらく無人だっただけに、どの家屋も酷い有様。カビとホコリとゴミだらけ。


 掃除をせねば、とてもじゃないが眠るどころではない。まあ、今までの逃避行を考えると、屋根があるだけ、まだマシだ。


 本番となる物資集積地襲撃作戦は、明け方の予定。少しでも仮眠を取らねば、体力がもたない。


「……私ら、案外、生贄にされても生き延びちゃうかもね」


 クラウディアが、笑っているのか、泣いているのか、分からぬ顔でつぶやいた。


「何か事故とか起こって、吸収が途中で止まっちゃうとか」


「はは……ありえるかもな。……オウル隊の他の部隊も、私たちとあと2チーム以外、全滅しちゃったし」


 エレオノーラが無理に笑う。


 この部隊で生き残るということは、ただそれだけで、何人もの友を見送ってきたという証でもある。


「ヘレナやケールも……皆逝っちゃった。あの子らが生きてたら……真相を知ったらなんて言ってたかなぁ」


「ヘレナの奴は……逃げてたかも。そもそもこの場には残らなかっただろう。ケールは……あぁっ! 私あの子にお金貸してたの思い出した! 1万ブラックも!」


「もう経済なんてとっくに崩壊してるんだから、通貨なんて持ってても役に立たないでしょ」


 先に逝った戦友たちの話をしつつ、彼女達は掃除を続ける。別にしんみりした気分にはならない。感傷的になるには、彼女達は死に慣れすぎていた。徴兵されてから、たったの一年の間に随分不感症になったものだ、と思っている。


「……もし、吸収失敗で生き残った場合、私たちって、どこに行けばいいんだろうね」


 レナの声は相変わらず抑揚がなく、しかしどこか寂しげだった。彼女は支援射手。無口で、静かに撃ち抜くのが役目の少女だ。


「……666以外の居場所かぁ。王都の実家は略奪されつくされてるか、燃えちゃっただろうしなぁ」


 クラウディアが箒を壁に立てかけ、天井を見上げる。彼女は男爵令嬢。だが王都陥落で貴族の屋敷がどうなったかなど火を見るより明らかだった。


「それに今更、市民生活に適応できるとは思えんね……学校? アルバイト? 恋愛? こんな人殺しにゃ無理無理!」


 エレオノーラが肩をすくめた。その冗談は、誰にも笑えなかった。


「…………」


 3人の間に、気まずい沈黙が落ちた。


 窓から差す朝日が、埃の舞う室内を明るく染めている。まだ、諦めるには早いと言っている様だった。


 その光の中で、クラウディアが静かに口を開いた。


「……負けない様にしよう。絶対に」


 その言葉に、エレオノーラもレナも、黙ってうなずいた。


「変に生き残っても、他に行き場も無いしな。なぁ、レナ!」


「……狙撃の腕が生かせる所なんて、軍隊以外無いし……」


 クラウディアは士気を上げるように声を上げる。


「アタシら不死身のラッキーガールズ! 集積地襲撃でも勲功第一を目指すよ!」


「おー!」


「……おー」

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