4、この一族、面倒くさい
昼休みのアポカリプス学園。光の差し込む教室の片隅。スカイ・キャリアベースは、自分の机に肘をついたまま、ため息をひとつ吐いた。
「……というわけで、昨日はもう、地獄だったんだよ」
話を聞いてくれていたのは、前の席に座るエレナ・ハインド。緑髪をボブカットにした彼女は、今日もおとなしそうな顔をして、彼の話を静かに聞いていた。
「……それは、大変だったな。色々と」
「だろ? だから、さ。……エレナ、ジョオンさんのはとこだよな? なんとかこう、間に入って穏便に済ませるとかできないか?」
そう言ってスカイが視線を向けると、エレナはペットボトルのお茶を飲む手を止めて、ちらりとこちらを見た。少しばかり困ったような笑みを浮かべて、しかし言葉はやけにあっさりとしていた。
「……無理だ。諦めてくれ」
「早くない?」
速攻で希望が断たれたが、エレナは続ける。
「うちの一族はな……代々王家に仕えてきた。正確には『推し』に仕えるのが家訓だ」
「家訓!? 」
「うん。というかもう『生態』に近い。とにかくこの人!って決めた相手には、どこまでもついていくのがハインド家。理屈も政治も関係ない。好きならついていく。推しをディスった奴は殺す」
サラッと物騒なこと言ってないか? スカイの顔が引きつったのを察してか、エレナは苦笑を浮かべた。
「うちのご先祖様の話、するか?」
「……できれば聞きたくないけど、まぁ聞こうか……?」
「戦死した王族に殉じて玉砕した人が13人。亡命した推し王族についてって国外逃亡した人が5人。反乱軍に付いた推し王族がいたから、家族全員でそちらに寝返った人もいた」
「国への義理とか、お持ちでない……? もうそれ王党派じゃないじゃん」
「根っこには王家への崇拝があるから良いんだ。その上に病的とも言える個人崇拝がくるだけで」
「自分から病的とかいうのか……」
「あと、推し王族が政争に負けて農村に隠れたせいで、頼まれもしないのに貴族位捨てて一緒についてって帰農した人もいる」
「えぇぇ……なんか王党派っていうより、生まれた時に最初に見たものを親だと思う鳥の雛みたいな……」
思わず呟くと、エレナは不敵に笑った。
「その通り。我々は『推し』に人生を捧げる民……」
「うわ、誇り持ってやがる」
「それに、判官贔屓も相まって不遇な王族程萌える性癖なおかげで、逆に政争にも巻き込まれにくい上、一族の人間が各自で好き勝手に推しを作るから、どこかの派閥が壊滅的なダメージを食らっても、まとめて一族族滅とならず、血が繋がる、という副次効果もある!」
「意図せず天照の戦国大名の真田家みたいなムーブしやがって……」
「仮に、ブラックバニアが比較的穏やかな形で民主化せずに、内戦が勃発してたとして、王家が負けて王都陥落なんて状態になっても他の貴族が壊滅する中、しれっと生き延びてただろうな……」
「なーんか、IF歴史にしては随分具体的な様な……」
「ちなみに……うちの曽祖父さんが、フローラの曽祖父さんを殺しかけた件、知ってるだろ?」
「うん、まあ、君ら自分からネタにしてるからね」
「きっかけは、フローラ曽祖父が書いた本でな。本の中で推し王族をディスったってだけで激昂して、出版された翌日に襲撃したらしい「俺の推しの姫様を「劣化版マリー・アントワネット」とか言ってディスったな?死ね!!!!!!!」と言いながら」
「完全に理性より情念で動いてるじゃねぇか……」
額を押さえるスカイの前で、エレナはくすりと笑った。
「そして、その血を引く私の推しは、スカイ――貴方だよ?」
「……っ!」
その瞬間、スカイの動きが止まった。エレナの瞳が、いつの間にか深い闇を帯びたように見えた気がした。ほんの少し、目が座っている。――いや、これは気のせいじゃない。完全にヤンデレ目だ。
「ねぇ、隊長。ジョオン姉の告白を受ける気は……ないよね?」
声は柔らかいのに、奥にあるのは明らかな警告だった。
「勘弁してくれよ……」
スカイは思わず視線を逸らして、遠くの青空を眺めた。
うん。やっぱり、ハインド家って――
この一族、面倒くさい。




