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【書籍化】離婚するつもりだった。(連載版・WEB版)【コミカライズ】  作者: 有沢真尋
【本編 3】

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49 無意識にかばう傷

「えっ何も食べていないんですか!? すぐに簡単な食事をご用意しますね!」


 遅くに着いた二人が空腹と知り、チェリーは慌ててキッチンへと向かおうとする。バーナードはほっとしたように柔和な笑みを浮かべて、チェリーのもとへと歩み寄ってきた。


「ありがとう。助かる。手伝いたいところだけど、お客さんもいるから俺は部屋の準備をしてこようかな」


 いつも通りの気遣いがありがたい。

 離れて一日も経っていないのに、また会えたことにほっとする。バーナードから寛いだ表情を向けられると、チェリーも心がじわりとあたたかくなるのを感じた。


「帰りが遅いなって心配していたんですけど、無事に帰ってきてくださっただけで十分です。バーナードさんとお客様は座ってお待ちください。食事の間に私がお部屋を整えてきます!」


 まだまだ働けます、とチェリーが意気込んだところで「あのー」とシャーリーが声を上げる。


「私、その気になればどこでも寝られるんです。今日はそのひとの監視のためにここに来ていますので、寝る場所はそのひとの近くがいいです」


 にこにこと笑いながらシャーリーが目で示したのは、ニコラスであった。


(監視?)


 思いがけない言葉をつきつけられて、チェリーは目を見開く。言われたニコラスは肩をすくめて息を吐き出した。瞬きをしてシャーリーを見て短く言う。


「ご自由に」


 シャーリーは「そういうことですので」とあっさりとその件を終えて話を進めた。


「いまの私は公爵閣下の依頼を受けて任務中なんです。奥様に気を回してもらう必要はありません。温かいお茶を一杯いただけたら最高ですね」


 てきぱきと言ってからニコラスへと歩み寄る。


「どこで寝るんです? 部屋は?」

「玄関で寝るつもりだったけど、部屋を使えるならピアノ室が良いかな。ピアノの下で寝るのが好きなんだ」

「了解。私は廊下でいい」


 話がまとまってしまった。

 バーナードもやや面食らったように大きく目を見開いていたが、言いたいことを飲み込んだ様子で「それでよければ」と言って食い下がることはなかった。


 こうして、その日はキッチンにて遅いお茶と軽食で早々と解散となり、チェリーはバーナードに「おやすみなさい」と挨拶をして部屋に戻った。

 夜は更けていった。


 * * *


 夢の中で、これは夢だとわかっている夢を見た。


 グランドピアノの下に目を閉ざして仰向けに横たわるニコラス。

 胸の上で組まれた手が、不意にほどけて体の横へと落ちる。その指が木の床を掠めた。

 指先から種子が落ちて、そこから芽吹き樹木となって空へと伸びていく。

 まるで陽の光を求めるように、音をまといながら。


 もし彼の奏でる曲に合わせて歌うことができたら、その歌は天にいるひとまで届くこともあるだろうか。


 眠るニコラスの上で、ピアノの鍵盤がまるで見えない指で打たれたように上下し音が溢れ出す。清らかに鳴り響く。


 見つめるチェリーは、喉が震えるのを感じた。

 歌ってみたい。


 耳の中で笛の音が、ピアノの調べがずっと聞こえている。これまで聞いたこともなかったような美しい音楽だった。


 あの音の鳴る場所へ行きたい。

 声を合わせてみたい。


 彼の指先から落ちた種子、天へと伸びゆく樹木。ニコラスは目を瞑ったままだ。

 けれど、彼は起きるなり鍵盤に指をのせてまたピアノを奏でるだろう。圧倒的な力に溢れた音がその指先から響く。


 幻の音は、チェリーが無意識にかばってしまう心の傷口にするりと入り込んでくる。心臓のあたりがずきりと痛んだ。


 彼と同じ場所に立ち、その音楽に歌声を乗せたい。

 彼の奏でる音楽にもっと触れてみたい。


 誰にも打ち明けられないその思いにチェリーはそっと蓋をして、心の奥底に沈めようとした。

 何事もなかったように、この先もアストン家で自分の役割をまっとうして生きていくために。


 * * *


「あの胡乱な帰還兵には私がついているので、皆さんは通常通りお過ごしください。何かあったらはっ倒しますのでお構いなく」


 前夜と変わることなく、一糸乱れぬ姿で朝食の席に現れたシャーリーはそう宣言した。

 ヘンリエットへの挨拶も抜かり無く「お目にかかれて僥倖です」といった、チェリーには考え付きもしない丁寧な口上を述べる。


「カミングス伯爵令嬢ですね」


 正確にシャーリーの身分を言い当てたヘンリエットに、シャーリーは破顔一笑した。


「もともと『令嬢』という柄でもなかったんですけど、すっかり行き遅れまして。年齢的にも厳しいですね。アーシュラ公爵閣下にも言われます。いまさら令嬢ごっこもないだろうと」


 ほがらかにコンラッドの名前を口にして、笑い話とする。話しかけられるまで行儀良く待っていたキャロライナとノエルに愛嬌を振りまいてから、シャーリーはニコラスの背後に立った。


「食事に介助は必要ですか」

「怪我しているのは足だ」

「甘えてくれてもいいですのに」

「護衛対象ではなく監視対象だと言っていたはずだ。余計な気遣いは不要だ」


 ニコラスは無表情で、その態度はどこかよそよそしい。


(とても相性が悪いとか? なるべく二人きりにしないほうが良いのかも?)


 はたで見ていたチェリーはハラハラとして気を回しそうになるものの、それを口にするのは余計な気遣いだという自覚があり、二の足を踏む。

 言い出せぬまま食事が終わりを迎える頃、裏口から来客があったとマリアが知らせに来た。近所の農家の子で「母親がすごい熱を出していて目を覚まさない」と泣きながら走ってきたと聞いて、バーナードがバタバタと出て行く。最近、バーナードが医者らしいと話が広まったようで、こういった相談が舞い込むようになった。


 あまり会話をすることもなく送り出したところで今日もまた一日が始まり、チェリーも自分の仕事をしようと思った。


 ふと気づくと、前日と同じくピアノ室からピアノの音が聞こえてきていた。

 滑らかな音ではなく何度もガタガタとつまずいて、楽譜にはないであろう調子の外れた音が鳴る。


 おそらくシャーリーがそばにいることでヘンリエットが大丈夫だと判断し、ノエルのピアノ学習をニコラスに任せているのだろう。


 心の中に入り込んでくるような、鬼気迫るニコラスの演奏が聞こえなかったことにチェリーはほっとした。


 * * *


 午後になると、ピアノ室から子どもの気配は消えてシャーリーとニコラスだけが残された。

 ニコラスは毛布にくるまって、ピアノの下に横になっている。壁際に立ったシャーリーはそれを見るとはなしに見ていたが、ふと窓の外へと目を向けて独り言のように話し始めた。


「私は古式ゆかしい騎士の家系に生まれました。子どもの頃から体を動かすのが好きだったもので、それならと素手での格闘術をはじめとして武器の扱い方も教えこまれました。やがて同じ年齢の姫君の護衛につくことになりました」


 返答はない。

 少しの間を置いて、シャーリーは再び口を開く。


「その頃は戦争もなく、国交というのもあって私は隣国の大天才と言われていた少年がオーケストラに合わせて弾くピアノをコンサートホールで聞いたことがあります。演奏会の後、彼と私の姫様との会談の場がもたれました。恐れ多いことですが、王族同士の会談の場に私も同席を許されまして、ほとんど年齢の変わらない『大天才』を間近で見る幸運に恵まれました。彼は実に礼儀正しく振る舞っていました」


 もぞ、とニコラスの被った毛布が動くものの、声はなかった。視界の端にその動きをとらえつつ、シャーリーは淡々とした調子で続けた。


「戦争で死ななくて良かったですね。あなたのようなひとには神様も天使も真っ先に会いたいでしょうから、さっさと連れていかれてしまうものだとばかり思っていました」


 ゆっくりとニコラスは体を起こす。動きに沿って毛布が落ちた。シャーリーの顔をじっと見つめて、ニコラスは嘆息した。


「……連れていかれたよ。この荒廃した大地を天上の音楽で満たす力を持っていた僕の友人は、あっさりと召された」


 シャーリーは、かすかな唇の動きだけでひとの名前を呟く。広く名を知られる前に戦死したとある指揮者の名前であった。聞きつけたニコラスが「そう」と認めてから低い声で呟く。


「案外悪くないのかもしれない。きっと天国の入口であいつは自分の楽団に加えるべき人間に残らず声をかけてオーケストラを結成し、今頃意気揚々とコンサートをしているだろうさ。そこには国境もない」


「あなたの声には憧れがあります。聞きに行きたい? 加わりたい?」


 目を瞬いてシャーリーを見つめて、ニコラスは質問に答えることなく自分からの質問を口にした。


「アーシュラ公爵閣下の命でここに来たと言ったな。閣下は僕がここにいることは」


「ご存知ないでしょう。彼はご自分の友人が困っていると知り、私をここへ向かわせたに過ぎません。仲が良いんですよ、閣下とアストン子爵は。私があなたを『誰』か知っていたのは、ただの偶然です」


 そしてさりげなく言った。


「勲章や報奨や戦後に用意された地位のすべてを拒絶しているようですが、公爵閣下に目をかけられているアストン子爵は先の大戦で功績のある兵士でした。あなたもどこかの戦場で戦ったことがあるかもしれませんね。命のやり取りをする敵同士として」

★伊南ミナト先生:コミカライズ(土曜日11時更新)

カドコミ

https://comic-walker.com/detail/KC_008519_S

ニコニコ

https://manga.nicovideo.jp/comic/76987


いつも応援ありがとうございます!!

SNSでの拡散等助かります!


コミカライズは第四話更新後少しお休みがあるみたいです

再開を楽しみにお待ちください!(๑•̀ㅂ•́)و✧

伊南先生への応援メッセージ等もサイト上で受け付けているみたいですので

ぜひぜひ頂けますと嬉しいです(*´∀`*)

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✼2024.9.13発売✼
i879191
✼2026.4.4配信開始✼
i1126397
― 新着の感想 ―
『ステラマリス』と『この人、私の婚約者ですから!』と本作を一緒に読むと、いろいろと共通点が見つかって面白いですよね( ˘ω˘ )
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