45 夢を見るのは
「この足でも、まったく無理というわけじゃない。君がダンスを教わりたいのなら、教えるよ。諦めるな」
足を引きずりながら、ニコラスは窓へと向かって進んでくる。その危なっかしさにキャロライナは目を見開いた。かける言葉は、とっさに何も思い浮かばなかった。
ニコラスは窓枠にたどりつくと、両手で掴んで、ほっと息を吐き出す。こめかみに汗がうっすら滲んでいたが、キャロライナと目を合わせると笑った。
「やっぱり少し無理かも。三日もすればだいぶよくなると思うんだけど。少しだけ待っていて。その間はピアノでも弾いているよ」
胸が痛くなるほど、その笑みは優しかった。それまで彼に抱いていた言いしれぬ恐怖がすうっと消えていき、キャロライナは言葉を選びながら応える。
「けが人でお客様である方に無理をさせるなんてとんでもない、絶対にだめってわかっているんですが……いますごくわくわくしています。私、ダンスを教わってみたいです」
「いいぞ。その調子だ。『こうすべき』『こうしてはいけない』だけで小さくまとまった人間になるな。自分自身の欲望を知れ」
ニコラスは拳で、自分の心臓の位置を叩いた。「もっと夢を見ればいい」と言いながら。
思わず笑みをこぼし、キャロライナは素早く告げた。
「王子様とお城の舞踏会で踊ってみたいって、ずっと夢見ていたんです。でも……舞踏会が開かれることはこの先少なくなると聞きますし、王子様ももしかしたら私が思い描くような相手ではないかもしれなくて。あの、それでも王子様のような方ならいるかもしれませんしお祝いごとでダンスパーティーのような機会もあるかもしれませんから、憧れを抱き続けているのは良いのかなって……」
この国の王子がどのような人物であるか、キャロライナは現実の存在として知っている。その人となりを知ったことで「そろそろ子どもじみた夢はやめておこう」と吹っ切れた。
一方で、いま「王子様のような方」として心に描くのは別の相手である。一緒に踊る機会なんてあるとは思えなかったが、心で思うのは自由だと願わずにはいられない。
兄の友人でもある「王子様のような方」本人に言えば、冗談として笑い飛ばされるだけだとしても。
「さて、王子様と舞踏会で踊りたいか、なるほど。それほど突飛な夢とも思わない。願っていれば叶うよきっと」
ニコラスはそう言うと「ダンスなんて簡単だ」と言って背筋を伸ばす。怪我を失念したのかヒビの入った足に力を入れてしまったらしく、呻き声を上げてバランスを崩した。
時間が間延びしたように感じられる一瞬、キャロライナは目の前でニコラスがばたっと倒れ込むのを見て悲鳴を上げて窓枠に掴みかかる。普段なら絶対にそこを越えようなんて考えず、家の中に走り込んでドアを開けて駆け寄るだろうに、このときはそんなことは考えていられなかった。
「大丈夫ですか!」
夢中で窓枠から内側へと身を乗り出し、部屋の中へと入ろうとする。途中で絶対に無理だとわかっていたのに、壁を蹴ってよじ登ったときに足が地面を離れていて、中途半端な位置で止まってしまった。
「危ない」
転んだばかりだったニコラスであるが、もはや足を気にしていられないとばかりに立ち上がる。窓枠に上半身を乗せてもがいているキャロライナに近づき、腕を伸ばして引き上げる。一瞬とはいえ、人間一人を持ち上げるのに、また足に無理な力がかかったのだろう。ニコラスはそのままキャロライナをかばいつつその下敷きとなって床に倒れ込んだ。
「きゃああああっ」
かえってひどいことになってしまったと、キャロライナがニコラスの上で悲鳴を上げるのとほぼ同時に、ドアが開く。
「ニコラスさん! 入りますよ!」
チェリーが部屋に飛び込んできた。
※前回の続きです、短くてすみませんー!




