第18話 : 人はイキるから黒歴史は生まれる
「あ!?」
俺は勢いよく閉じられたドアに駆け寄った。
ボロボロの木材が軋むぐらい力がこもっていた。
バチコンって擬音がふさわしい。
そんなに嫌か、じいさん。
「なぁ、ミルの名前を出しただけでこんなにも邪険にされないといけないんだ?」
「あいつが関わる事はいつもロクなことにはならん!また面倒ごと持ち込むつもりじゃろ!!」
ドア越しでも分かるほど、深いため息。
しかし、その言い方はミルとじいさんがもう何年も前から知り合いだということを感じさせた。
一筋縄ではいかない関係性だな。
「あ~、一応なんかよく分からない手紙は預かってるけどな」
そう言って俺は手紙をドアと地面の間の隙間から入れようとすると、
「いらん。読みとうない!」
入ってくるのが見えたのか、押し返された。
「おいぃ、受け取って貰わなきゃ困るんだが……」
あと、本来の目的の治療もして貰わないと。
俺だっていつまでも利き腕が使えないのは不便だし。
押し問答してる暇はない。
「あのさあ、じいさん。ミルと過去にどんなことがあったかは知らんけど、取りあえず肘の治療だけはしてくれ?さっきのってさ、よく考えればやっぱりアンタにも責任3、4割ぐらいあるから。そのついでに右腕もしてくれたら嬉しいけどな」
反応は無かった。
あれ、結構正論かましたつもりだったんだけど。
つまり、じいさんを非難した。
正論は人を責める時に使うのが一番効果的だ。
と、言うか責める以外に正論は使いようが無い。
本当は正論なんて薄っぺらでどこにも価値などなく、決して『正』しいわけじゃない。
だから自信満々に、人を責める時以外に正論を口にするやつは新興宗教の教祖か、脳内お花畑のアホだ。……あと心がクソほど綺麗なやつとかな。
でも、俺はそんなやつらを信じない。
話しが逸れた。
この間にも反応がないので、俺はじいさんに、
「じいさんって医者なんだろ?俺怪我してんだが。怪我した人を救うのが医者じゃないのか?」
すると、ドアの向こう側からかすれた声で、
「儂はもう医者であることはとうの昔に止めたのじゃ。だから人を救う義務はもうない」
吐き捨てるようにじいさんは言った。
それにはある種の覚悟が滲んでいたが、一点、矛盾がある。
その矛盾をいやらしくも暴いてやろう。
他人の覚悟なんて俺には関係ない。
俺はツタと土埃で見えづらくなっていた一枚の立派な板を引きずり出す。
それなりに大きかったし、片手だったので難儀した。
途中で時雨も手伝ってくれたけど。
「じゃあ、何でまだ病院の看板提げてんだ?」
息を飲む音がした。俺は気にせずに言葉を続ける。
「医者辞めたっていいながら、未練がましく看板提げてるのはアンタのどっかで辞めたくないって気持ちがあるんだろ?違うか?」
よくある安っぽい説得劇。
くだらねぇ。日サスかぶれかよ。
でもまぁ俺の右腕のためだ。
自分のため、自分のためと言い聞かせて三文芝居を続ける。
「ほら、看板を掲げている間はアンタはまだ医者なんだよ!医者でいたいんだよ!人を救う事を諦め切れてないんだよ!!」
決まった。これ絶対入ってるよね。心のポケットに。
お袋さんが泣いてるぞと同等のレベルで説得力あるよね。
俺がひたすら自画自賛してほくそ笑んでいると、
「いや、決めてるところ悪いけど、看板は只単に下ろし忘れてただけなんじゃが……」
凄く申し訳なさそうな声がした。
「えっ……」
俺は状況が理解できなかった。
「ふふっ」
時雨が笑いを堪えてる。しゃがみ込むぐらい笑いを堪えている。
やべえこのままだったら羞恥で死ぬ。
具体的に言うと尊死的な心臓発作で。
俺はこの出来事を心の黒歴史置場にそっと閉じ込めた。
そして一呼吸おいて、
「もういい!勝手に手紙あけて読みあげてやる!面倒ごとって言うぐらいだからあんまり人に知られたくないことだろ、えっと、題名は『協定』について?」
勿論只の八つ当たりだ。
その題名を口にした瞬間、ドアが開いた。
「入れ。それ以上外で手紙を読んではならん。ついでに腕と肘も治してやる」
「なんでだよ!」
♢
じいさんの名前は『マーク・ビュッセル』と言うらしい。
年齢は訊いてないが、多分60~70歳ぐらいだと思われる。
何故ミルと同じ名字なのか尋ねると、「あのクソ野郎が勝手に語ってるだけじゃ」と憎々しげに言ったので、やっぱり何か因縁があるらしい。だが息子とかでは無さそうだ。
「腕を見せてみい」
俺はガーゼが敷かれた台に右腕をのせる。
家の内部は外見とは打って変わって、清潔感に溢れていた。
さすが医者だと言うべきか。
「ふん、最低限の処置はできているようじゃの。あいつのニヤニヤした顔が思い浮かぶ……」
小さく舌打ちして、じいさんは俺の腕に手をのせた。
そして数秒後、淡い光に包まれ、俺の腕は完治していた。
試しに動かしてみても痛みが全くない。
どう考えても『ギフト』の力によるものだ。
「ほら、次は肘じゃ」
「こんなに早く治るんだ。やっぱりギフトってすごいんだな」
「けっ、そんなにいいもんじゃないぞ」
俺が感心すると、じいさんは苦々しく吐き捨てた。
「儂がこの『レベル』になるまでに一体何人殺させられたことか……」
「殺す?どういうことだ?」
物騒な言葉が聞こえてきた。
包帯を片付けていたじいさんがこちらを振り向いて、
「お前らまだ何にも『ギフト』について聞いてないのか?」
「この世界についてしか教えてもらってない。時間がないって言われた」
「ん?と、いうかお前ら何処の国じゃ?」
「隣界の地球」
自分でもよくわかってない説明をする。
じいさんは目を見開いてこっちを見た。
そして、腕を組むと、
「書簡を渡せ」
引ったくるようにしてミルからの手紙を取り、読み始めた。
数分後。
「あの野郎。今までで一番の厄介ごと持ち込みやがって……」
じいさんは壁にもたれ掛かってぼそりと呟いた。
「坊主の名前はシノノメで、ギフトは『沸騰』か……」
「そんなことも書いてあったのか?」
「そうじゃ。あと横の嬢ちゃんと恋仲ってことも書いておった」
「「違う!!」」
何てこと書いてんだ、ミルグラム!!
鬱陶しことしやがって……。
「……と言えば即座に否定することも裏に書いてあるぞ」
「嘘だろ何で会ったばかりのやつの行動全部見通せてんだよ。あいつエスパーか何かかよ……」
俺がそうぼやくと、じいさんはニヤリとして、
「あながち間違えではないぞ。ミルグラムは人じゃないからな」
「は?」
「生粋の魔族じゃぞ。それも魔族の中でもとりわけ質の悪い吸血鬼族じゃ」
おい。おいおい聞いてないぞその設定。
脳の処理が追い付いてない。
時雨も、訳が分からないといった顔だ。
何だよ、変なやつだと思ってたけど、変どころか危ないやつじゃねえか。魔族との関わりは事実上ないって言っときながら自分がその魔族なんて笑えねぇ。
俺が呆然としてると、じいさんが
「だがまぁ、あの野郎は他の魔族とは気色が違うんじゃがな」
と、言い訳のように付け足した。
そして、椅子を引きずり出して俺達の前に座ると、
「『ギフト』について教えてやる。説明が邪魔くさいからといって儂に丸投げしてきおった。それもムカつく文体でな」
「今はミルについて教えて欲しいんだけど……」
「クソ野郎」
綺麗な即答。
あっ、真面目に説明する気ないなじいさん。
「ミルに自分で聞け。儂は表の『休戦協定』のことで手一杯じゃ。他のことに構っている暇はない」
「あっ、そう」
「じゃが、ギフトについてだけは簡単に説明してやる。一度しか言わんからよく聞け」
俺と時雨は目を見合わせた後頷いた。
「ギフトとは、端的に言うと殺人システムじゃ」
多分次でギフトがどういうものか分かります




