エマは酒で道を誤るかも知れません。
既に人々は逃げおおせ、物陰から見守っているだけで周りには誰もいなくなっていた。
バチバチッと何かが竜の口元で光り竜は口を開けて、頭を咥えられていたシドラをそのまま放り投げる。
シドラは空中で何度か回転してから足を揃えて着地するとそのまま胸を張って両手を高く上げた。
……いやその格好でポーズをとらなくていいから。
何か不思議なものでも見るように竜はシドラをもう一度見るが、今度はエマに視線を移す。
「ひえっ、こっちを見てる~っ。」
竜はエマのほうに顔を向けるとダン、ダンと足を踏み鳴らし歩み寄ってきた。
大きく口を開け竜の顔がエマに迫る。あまりの恐怖と迫力にエマは動けずにいた。
突然竜の頭がガクンと上を向く。
見るとキューちゃんの『眼』が伸びてきて竜にアッパーカットを食らわせたのだ。
竜がひるんだ隙にシドラは素早く馬車の上に上がって竜の前に立ちはだかる。
「人間を傷つけるとあなたを放置できなくなりますよ。このままお帰りなさい。」
シドラはカ○ハ○波のポーズを取ると手と手の間に稲妻が走る。
ガボッ!
竜はシドラの頭の上から腰のあたりまで口の中に入れ、そのまま頭を上げて飲み込もうとする。
「むぎゅううう~~~~っ」
シドラは竜の口から足だけを出してじたばたしていた。
コイツ…何やってんだ?エマは見ていて頭痛を覚える。
再び竜の口の周りにバチバチと火花が散る。
「ガハッ。」
大きな口を開けて竜はシドラを吐き出すと、頭を振りながら2,3歩後ずさる。
ま、あまり心配してはいなかったけど、もう少しスマートにやれないもんかね。
吐き出されたシドラは川辺のほうに放り出された。
「シドラ大丈夫?噛み殺されなかった?」
「はい、大丈夫です。私はこれでもウィザーですから。」
くるくるっと回ってすたっと着地したシドラだが、胸を張ろうとした瞬間足元の土が崩れる。
「ほえ?」
土もろともシドラは川の中に落下していった。
「あひょおおお~~~っ。」
水しぶきとともにシドラの姿が川の中に消える。それを見ていたエマと竜の目があう。
「や、やだっコイツをどうしろっていうのよ。」
エマは竜から目が離せなくなってしまった。竜もまたエマから目を離さない。
「きゅううう~っ。」
キューちゃんがエマの後ろで『眼』を立ち上げていたがエマには気付く余裕もなかった。
エマは内心崩れ落ちそうなほどの恐怖を感じていた。今すぐに叫び声をあげて逃げ出したいと思った。
しかし相手は肉食獣である逃げれば本能的に追いかけて来る。
冷汗がとめどもなく流れて来るがエマは胸を張って竜をにらみ返す。
エマの背後ではキューちゃんの目がゆらゆら揺れているのを竜は見ていた。しかしそんなことはエマには知る由もない。
エマはゆっくり手を上げると竜の目を見ながら出口を指さす。
その行動を竜が理解したのかどうかはわからないが竜はエマに向かっては来なかった。
「え、エマさん無事ですか~?」
気の抜けたようなシドラの声が聞こえる。必死に川の土手をよじ登ろうとしているのだろう。
「ググ……。」
その声を聴いた竜はくぐもった声を出すとくるりと向きを変えて出口のほうへ歩いて行く。
竜が離れていくそのわずかな時間であったがエマは息をするのを忘れるほどの緊張をしていた。
「はあっはあっ、もうだめかと思った。」
エマは膝の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「やれやれおとなしく帰ってくれてよかったです。」
シドラはずぶぬれで川から上がってきた。
「あんた肝心なところで役に立たない人ね。」
「不可抗力です。それにキューちゃんもいたでしょう。」
エマは自分の立っている場所がキューちゃんの上であることにようやく思いいたった。
後ろを見るとキューちゃんの眼がゆらゆらと動いていた。
そういえばそうか。
もし竜がエマに向かって来たらキューちゃんが体当たりをしてでも追い払ってくれただろう。
今の事は実はそれ程の危機ではなかったのだ。
落ち着いて考えてみれば死ぬほどの恐怖を味わうこと自体が滑稽であった、ここはウィザーの手の平の上だったのだ。
「シドラくさ~い。」
竜の唾液にまみれたシドラはすごいにおいを発していた。
「匂いますか?」
「そんなレベルじゃな~い。もう一度川に飛び込んで洗ってきて。」
「今、川から上がってきたばかりなのですが。」
「いいからもう一度行きなさい。」
「あへ?」
エマはシドラを蹴飛ばしてもう一度川に叩き込んだ。
竜がいなくなったので周囲に隠れていた人々がおそるおそる集まってきた。
「竜はもう行っちまったかな。」
「さあ、外には出て行ったみたいだけどまだ近くにいるかもしれないわよ。」
警備の兵隊が用心深く橋のたもとを調べていたが何もいないと合図を送ってきた。
「ああよかった、行っちまったみたいだ。」
「それにしてもあんたすごい度胸だな。」
ピクシー族の人々は口々にエマをたたえた。
「女なのに竜ににらまれてもひるまずに竜を追い返すなんてすごいわ。」
「それに引き換えあのウィザーはだらしないな。竜に咥えられて川に放り込まれるなんて。」
「ウィザーだから食べてもおいしくないと思ったんじゃないのか?」
みんなが一斉に笑い声を上げる。
その一言に安堵の気持ちが現れていた。
「いやそんなことないよ。シドラは頑張って竜を追い返してくれたよ。」
いちおうエマはシドラの弁護はしておいた。人がそれをどう見ていたかは分からない。
「シドラっていうのかいあのウィザーは?口に入れてよっぽどまずかったのかすぐに吐き出したからな。そういう意味では間違いなく竜を追っ払ったな。」
わはははは、と周り中の人間が笑い声を上げる。
「あんたが竜に入れたあのアッパーはすごかったねえ。」
いや、入れたのはキューちゃんです、人間のアタシに出来る筈も無いでしょう。
「そうよな~っ竜がのけぞっていたものね。」
「ちょっと待て、あんたもしかして温泉村ででさらわれそうになった女たちを守ったっていう女の勇者じゃないのか?」
げっ?そんな話になってるの?昨日の事だよ?どうしてそんな風に伝わってるの?
「なんでも屈強な男3人を一人で袋叩きにしたって話じゃないか。」
「い、いやそうじゃなくて……。」
「なんだ謙遜するところがまた奥ゆかしい。」
「よし決まった今日は無敵の勇者様にお礼の酒をふるまおうじゃないか。」
「い、いやアタシ行かなきゃなんないから。」
「それじゃほれ、こっちだこっちだ。」
10人程のピクシーの男たちに押されてエマは酒場に連れて行かれた。
結局昨日に続いて何人もの男たちを相手に酒を酌み交わす羽目になる。
最初は戸惑っていたエマではあったが昨日の今日であり再び酒の入ったエマは無敵の存在となってしまった。
一方その頃シドラはと言えば崩れそうな川縁を避け岩の露出する場所まで回り込むことにした。
その為エマを探して酒場に来た頃にはすっかりエマは出来上がってしまっていた。
「エマさんこちらでお酒をお飲みでしたか。」
「なんだシドラじゃないの。みなさーんへなちょこウィザーのお出ましですよ~っ。」
「おお~っ、腰抜けウィザーの登場ですか~っ。」
「まずくて竜もまたぐ竜跨ぎのウィザー。」
「こりゃだめだ完全に出来上がってます。」
仕方なくエマが全員を潰すまでそこでシドラは待つことにした。
やがてつぶれたピクシーの一人、また一人と家族によって連れ出された。
最後まで飲んでいたエマはシドラによって酒場の二階の宿に運ばれ朝まで寝ていた。
「なによこれ~っ。」
次の朝起きたエマの悲鳴が街に響いた。
「これあの人たちの酒代じゃないの。」
「仕方ないだろう。あんたが潰したから誰も支払う人がいないんだよ。」
「そんな~っ、みんながアタシにお祝いだって。」
「あの連中は何かというと他人に酒をねだる連中さ、あんたもこれに懲りたら深酒はしない事だね。」
「ううう~っ、また路銀が無くなっちゃう~。」
「エマさん、そうがっかりしないでください。次のドームで働けばいいじゃないですか。」
「仕方がないからそうするよ……。」
こうしてエマはジョライ・ドームを後にしてウィルディガ・ドームへと入って行った。
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エマは少なくとも酒では無敵でした、しかしその代償は大きかった。
エマは無事旅を続けられるのか? 以下次号
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