ピクシー族の略奪婚はお祭りです。
エマが旅館に帰ってくると庭の土に矢がささっているのが見えた。
「なにこれ?物騒だわね。」
猟師が誤って矢を打ち込んだのかと最初は思った。
しかし近づいて見ると矢には紙が結びつけて有るのが見えた。
「矢文?」
この矢文がここに有ると言うことはこの旅館に打ち込まれたものなのだろう。
こんな物騒な物を打ち込んだと言うことはなにかトラブルでも有ったのだろうか?
「にしても刺さり方が不自然ね、弓で打ってこんな風に刺さるのかしら?」
矢文を外して中を見てみる、残念ながら文字はピクシー文字の為にエマには読むことが出来なかった。
「どっちにしても女将さんに渡さなくちゃまずいわね。」
エマは再び紙を結び直すと旅館の中に入って行った。
女将さんを探すと娘のサツキと一緒に部屋にいる所を見つけた。
「矢文ですか?」
何かふたりに緊張が走ったような気がした。
心なしか女将さんの手が震えているように見える。
「えろうすんまへんでした、このことは人には言わんといてくださいな。」
女将にそういわれたのでエマは外に出た。
部屋の中でがさがさと紙を開く音がするがなにかずいぶん焦っているような感じである。
ここにいてはいけないと思いつつつい中の様子を伺ってしまうエマである。
部屋の中から抑えられた様な鳴き声が聞こえてくる、時を置かずその声は二つに増える。
「何を聞いておられるのですか?」
突然耳元で囁くような声が聞こえ、驚いて声をあげようとすると口を抑えられた。
「他人のプライバシーに首を突っ込むのはよくありませんから。」
シドラはエマを脇に抱えるとジタバタと暴れるエマの口を押さえたままその場を去った。
「何なのよあんたは~っ、びっくりするじゃない。」
「いいえ、エマさんが矢文を拾ったと聞いたものですから何か物騒なことでも有ったのかと思いまして。」
「だ、誰に聞いたのよ!まだ誰にも言っていないのに。」
シドラの後からミーちゃんの伸縮眼がにゅっと立ち上がった。
「キューちゃんが教えてくれました。」
「キューちゃんあんたあたしの事ずっと盗み見していたの?」
エマはキューちゃんの眼を睨みつける。
「きゅううう~っ」
「大丈夫です。もちろん浴室の中までは覗いていませんから。」
「覗いたら眼を引きちぎるからね。」
「ぎゅうううう~っ。」
キューちゃんの眼が慌てて引っ込んでいく。
「ご心配なく、ウィザーは常識はありませんが紳士では有りますから。」
常識ある人間の事を紳士と言うのでは無いか?とも思ったがさすがに話すだけ無駄を感じた。
「それであの矢文は一体何なのよ。」
エマはどっかりとベンチに座り込む。
「私は人間同士の問題には関与いたしませんから。実は全く判りません。」
なんつーか、役に立たないやつ。
「このドームにもウィザーはいるでしょう。その人に聞けばいいじゃない。」
「いや、何故か私は基幹知識を見せてもらえないないものですから。」
「なにそれ、それってウィザーの魔法なの?」
「はい、どこにいてもみんなが持ち寄った知識を共有出来るという魔法です。」
「へーっそれはすごく便利な魔法ね、具体的にどんな役に立つのかしら?」
「はい、例えばギルド銀行に預けたお金がどのドームのギルドでも降ろせるのはその為です。」
ギルド銀行はどこのドームにも有り通商を行う上で現金を持ち歩かないで済むだけに非常に便利なシステムである。
金を預けた本人が出向けばなんの身分証明を行わなくともすぐに金の受け渡しが行われた。
ウィザーは現金を受け取りに来た人間が本人であることをすべてのドームで確認できると言う魔法を使っていると聞いている。
身分証明を行わないだけに代理人を使った受け渡しには応じておらず詐欺行為などは起きようもなかった。
「つまりそれが基幹知識と言うわけね。」
別名、基幹知識とも呼ぶらしい。
「私が新米だと言うので誰かが意地悪しているんでしょうかねえ?この魔法が使えないので全然状況が読めないのですよ。」
「それってもしかして他のウィザーは全員がアンタの事知っていてアンタだけ他の誰も知らないって事?」
「はい、そういう事になりますが?」
「それってみんなしてあんたの失敗を見て喜んでいるんじゃない?」
突然シドラの顔がムンクの「叫び」の様に大きくゆがみ2,3歩後ずさる。
「わ、私は何も見ていません。何もしていませーん。」
シドラは叫び声を上げながら走り去って行った。
「??、一体何の事かしら?」
エマは走り去っていったシドラに何が有ったのか理解できなかった。
「……というわけなのよ。ゴンジさん何か知ってる?」
エマは風呂で三助のゴンジに肩を揉んでもらっていた。
「その矢文はな、婚約の申し出だで。」
「婚約の申し出で?」
「エマさんはこのドームで昔戦争が有ったことは聞いてるだか?」
「うん、何でもドワッフ族がこのドームに攻め込んできたとか聞いているわ。」
「それじゃその時行われた略奪婚の事も知ってるだべ。」
「聞いてるわ、何でもドワッフ族の女性戦士がピクシー族男をさらって婿にしたって話よね。」
「婿というか、はっきり言えば奴隷だでな。自分の子供を育てさせる為の奴隷さ。」
「ドワッフ族の女の人は自分で子供を育てないの?」
「中にはいるが、普通は子育ては男の仕事で女は戦士で外のドームに行って略奪を行っていただ。」
「それじゃ子供が生まれたら男の人が子供を育てていたのね。」
「んだ、しかしピクシー族の男にドワッフ族の子供は育てられねえ事がわかってしばらくすると廃れただ。」
「どうしてピクシーの男じゃダメなの?」
「単純に体力の問題だったべ。男の子はおとなしいが女の子は活発だでな、とてもピクシーの体力では無理だったんだ。」
何それ?どんな女の子が生まれてくるのよ?
「まあそれでな、戦ってのは戦士だけで出来るもんで無くってな、補給の為に男もたんとつれてきただ。」
「あ、そこっ気持ちいいっ。」
「ええだか?そんじゃこの辺はどうだべ。」
「ああンすごく体がほぐれるわ。
「連れて来た男たちは初めてピクシーのおなごを見ただ。それまで女と言えばドワッフ族の女しか見たことのなかった男たちが初めて自分たちと同じ位の大きさの女に出会ったんだ。」
「男たちの中にはピクシーの女と結婚したいと考える者が出るのは時間の問題だったで。」
「当時は婿を略奪していた時代だったがドワッフ族の男は気が弱くてな、とてもそんなことはできなかっただ。」
「そこでな、恐ろし気なお面さかぶってな、ピクシー族の村に行って女を寄越せと気勢を上げたんだ。泡食った村人は戦争で亭主を無くした女達を差し出したんだ。」
「ふーん、それが略奪婚のルーツだったんだ。」
「最初は怖くて泣いていた女たちもドワッフ族の男たちが優しくするもんだでだんだん打ち解けてきたそうな。」
「ゴンジさん見ているとわからなくもないわね。」
「まあ、ドワッフ族の女は強いだで男の扱いもぞんざいだっただ。ドワッフ族男は見ての通り頑丈だで良かったがピクシー族の女は華奢だで、これは大事にせんと死んでしまうと思ってなみんなで大事に扱っていただよ。」
「略奪が済んで国に帰ったんだが、その時ピクシー族のおなごも連れて帰っただ。」
「ところがピクシー族のおなごは皆頭が良くてな、ドワッフ族の村にかえったらすぐに様々な改革が起きてしまったそうな。」
「体の小さなピクシー族がいろいろ工夫して農業を行っていたのに対し、ドワッフ族は力が強いだで何も考えずに農業を行っていただ。」
「ピクシー族の知恵にドワッフ族の力が合わさって農業の収穫は飛躍的に伸びただ。食うに困らなくなったドワッフ族は周りの国での略奪をする必要が無くなりそれ以後はピクシー族とも仲良くしているという訳だ。」
あらら、意外と歴史的な経緯が有る風習だったんだ。
「でだな、ドワッフ族がピクシー族に求婚するときは矢文を送ってピクシー族を略奪するという風習が出来ただ。」
「それがあの神社の儀式という訳なのか?」
「おお、エマさんはあの神社に行って見ただか?」
「もし女性が結婚をいやだと思ったら?」
いきなりゴンジの手に力が入る。
「いだだだっ、ゴンジさんそんなに力入れたら痛いっ。」
「おお、すまねえだ、そんときゃ婚約は不成立だな。」
「サツキさんにプロポーズしたのはどんなドワッフ族なんだろう?」
「さ、さあ、サツキ様は気立ても良いし器量もええだで良い男に決まっとるだべ。」
「うんそうだね、きっとそうだよ。」
「さ、終わったであとはゆっくり風呂に入るだ、もう傷の方はいいんだべ。
「うん、もう大丈夫だよ。それでその略奪日っていつの事?」
「三日後の夜だ。そこで花嫁は略奪されるだ。」
「うわあっ、すごいロマンチック。」
「あんた見に行く気か?」
「ぎくっ。」
「行ってもええが隠れてそっと見とるんだぞ、それがここの礼儀だで。あんたも結婚式邪魔されたくは無いだろう。」
三日後か、それじゃサツキさんの結婚を祝ってからここを出ようとエマは思った。
「…という説明を受けてきたわ。」
その夜エマは戻って来たシドラにゴンジから聞いた話を聞かせた。
「おお、そうですか確かに略奪婚の事はこのパンフレットにも書いて有りますね。」
シドラは新しいパンフレットを持ってきていた。
「あんたいつの間に取ってきたの?」
「はい先ほど近くのギルドに行ってまいりました。旅の基本は事前調査ですから常に情報は仕入れて置かなくてはなりません。」
「基幹知識の魔法が使えればそんな物見なくてもいいのにね。」
「いえいえ、最初から全部判っていれば旅に出る必要は有りませんからね、知らない所へ行ってジタバタするのが旅の醍醐味でしょう。」
「あんたずいぶん居直ったわね。」
「はいはい、旅に関しては大変大きな失敗の経験をしていますからね。」
「そういえばシドラは遠くから旅をしてきたのよね。」
「はいはい、私は旅をするために生まれましたから。」
「それで旅は続けないの?」
「さあ?どうなのでしょう。これから先の事は私にも判りませんから。」
それからしばらくは旅館ではあわただしい感じが有った。おそらく結婚の準備といったところらしい。
その間にエマは花嫁が略奪される場所を調べにでかけた。
前に行った神社のミコさんに聞いてみると境内から少し離れたに場所に大きな木に囲まれ大きな広場の周りに下生えの低い木が2重3重に囲んでいる場所が有った。
広場の周囲のにはかがり火の用意もなされている。さすがに真っ暗という訳にも行かないのだろう。
「ね、シドラ、この場所って隠れて覗くのにすごくよく出来ていない?」
「はい、どうやらこれはお祭りのひとつでかなり多くの人が覗きに来るのではないでしょうか?」
「ふーん、そういう事か。明日サツキさんはみんなに送られて結婚するんだね。」
「あたしも早くいい人が出来るといいな~。」
後ろからシドラの声が聞こえて来たのでとりあえずエマは後ろに蹴りを入れておいた。
その夜ピクシーの神社に向かう道を全速力で走る一台の馬車があった。
満月に照らされた馬車の上には4,5人の人影が乗り込んでいた。
人影はそれぞれに綿入れを着こみ草で作った外套を羽織っていたがその顔は恐ろしい鬼の顔をしたお面うぃ被っていた。
額には火が点けられた松明を2本くくりつけられておりそれで暗い夜道を照らしている。
それぞれの手には大きな包丁が持たれており、それを振り回しながら口々に大声で叫んでいた。
「嫁子はいねが~っ。」
「逃げ出す娘はいねが~っ。」
神社までの道をひたすら馬車は走り続けた。
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略奪婚に向かうドワッフ族の男たちの雄姿。
果たしてドワッフ族は嫁さんをもらえるのだろうか? 以下次号
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