温泉街の神社はお見合いの神様でした。
金銭的な問題から解放されたエマはくつろいだ気分で毎日お湯に浸かっていた。
痛みもほとんどなくなり旅に出るのもそう先ではなくなってきた。
三助のゴンジの事も慣れればただの物であり風呂の隅に積まれている風呂桶と何ら変わる物ではないという認識に変わっていった。
それはそれで問題だと思わなくもないがエマはすでに三助と言う物にもすっかり慣れてしまい、風呂の中でゴンジに体を触れられることに対して何の抵抗も無くなっていた。
リハビリを兼ねてエマは毎日村の中を散歩して回った。
シドラも良くエマについて来ており、アンチョコに乗っていた名所を一緒に回りながらうんちくを傾けていた。
しかしなぜか遊戯街が何の遊戯をするのかは教えてくれなかったし、昼間行っても店が閉まっているのでは何をやっているのかは判りようもなかった。
「ああ、一応あの街は夜は女人禁制だそうですから。」
「なにそれ?」
「さあ~???」
というシドラの反応でわざわざ行く気にもなれなかった。
旅館からほど近い場所に割と大きな神社が有るとシドラが言うので行って見る事にした。
「なんでもこの神社はこのドームでは結構有名だそうでして、年に何回か祭事が有るそうです。」
「なんの祭事なの?」
「はあ、結婚式だそうです。」
「結婚の祭事?結婚は祭事なのか?」」
また訳の分からんことをする神社だなとエマは思った。
だいぶ体の状態も良くなってきたのでこの時は普通のブーツを履いて出かけて来た。
シドラは用事が有ると言って朝から出て行ってしまっていた。
オオクニヌシの神様を祭る神社だとか書かれていたが、小高い場所に作られた立派な社屋と大きな広場の有る神社である。
この神社は旅館の多い村の中にあってそこはすごく静かな場所でである。
社を囲む大きな木々の周りには多くの下生えの低い樹木がよく手入れされた状態で生えている。
まるで周囲に人が隠れやすいようにできていると言っても良い構造になっていた。
管理人もおり、白い上着に赤いズボンのような物(ハカマと呼ぶらしい)をはいたピクシーの女性が詰めていたが、その恰好がすごくかわいかった。
管理人の事をここではミコと呼ぶのが習慣らしい。
エマは祭事の事をミコさんに聞いてみたが、なんでもその昔ドワッフ族がピクシー族の村に攻め込んできたときに男をさらって略奪婚を行ったらしい。
「男をさらうの?」
「はい、ドワッフ族の戦士は女ですから、男がさらわれて婿にされました。」
なんつー歴史だ。
「普通逆じゃないの?」
「他のドームの歴史は知りませんがドワッフ族は重婚を禁じてませんから、自分の子供を育てさせる為に男をさらったらしいです。」
よくわからないがドワッフ族は相当変わった民族らしい。
でもゴンジさんなんかすごく優しいんだけどな、女の人は怖いのかな?
「ただ、今ではドワッフ族がピクシーの男性と結婚する例は減りまして……ピクシーの男がドワッフの子供を育てるのはかなり難しいものでして。」
「そうなの?」
「お客さんドワッフ族の女性に会ったことは有るんですか?」
「いえ、まだ会ったことは無いですけど。」
「お会いになったらわかりますよ。まあそういう訳で今ではドワッフ族の男がピクシー族の女性に求婚するときには、ここでピクシーの女性を略奪する儀式を行う、という習慣が出来たんですよ。」
「ふ~んそういうことか。」
「何がどういうことですか?」
いきなり背後から聞き覚えのある声が聴こえる。
エマはいきなり回し蹴りを食らわすと、ふっとばされたシドラが一回転して地面に落ちた。
「ひえっ!」
ミコさんが悲鳴を上げる。シドラは頭から地面にめり込んでいた。
「あ、あらごめんなさい。なんでもないから気にしないで。」
エマはシドラを引きずってその場を離れる。
「な、何をするんですか?エマさん。」
「あんたこそどういうつもりなのよ女性の背後に忍び寄るなんて。」
「忍び寄った訳ではありませんちゃんと歩いてやってまいりました。」
足音立てずに歩いてきたらそれは忍び寄るとは言わないか?
「それより怪我の方はだいぶ良いようですね。」
瞬間的に復活するシドラである。
「今のは足のあまり痛くない部分で蹴ったんだけど大丈夫みたいよ、手応えもあったし。」
「今の一撃でそれは確認出来ました。すでに健康時の50%の威力が出ています。」
「どうやって測ったのよ?」
「はい、この頭で。」
シドラは自分の頭を指さす。
「そのうちあんた死ぬわよ。」
「大丈夫ですよ。私はウィザーですから。」
なに胸張ってんだ。
「それで何の用なの?」
「はい、今回のエマさんの怪我を見ましてこのままではエマさんの美しい手や足が傷だらけになってしまうと思いまして。」
「美しいというところだけは認めて上げるけど……手足だけ?」
「え?ああっはいっ、胸と顔もです。」
コイツついでに付け足しやがった。
「もうあんな怪我はしないわよ。」
「いえいえこれから先の事を考えますとそう楽観はできないかと。」
「あたしにどうしろって言うの?」
「実はエマさんの為に防具を作って参りました。」
「なにやってるのかと思ったらいつの間にそんなものを作っていたの?」
「はい、私はウィザーですから。」
ウィザーだとなにがどうしたのかは知らないが、何でも出来ると言いたいらしい。
「キューちゃんに乗せて運んできましたから、どうぞこちらにいらして下さい。」
「ウィザーの戒律では人間には必要以上に干渉しないんじゃなかったの?」
「はい、ですが今回のことはエマさんですから。」
なんじゃそら?
シドラに連れられてキューちゃんの所に来ると何やら手足にも見える物が荷台に置いてあった。
「まずこちらは左手の防具です。」
シドラは荷物を取り上げるとエマの左手に防具を装着する。
手の指の半分くらいが隠れ、手の甲から上腕部までを覆う物で肩には小型のパットのような形状になっていた。
「ずいぶん柔らかいのね。こんな物で防具になるの?」
「はい、魔法の素材ですから衝撃を受けた途端に固くなりなす。」
こんな柔らかな物でも無いよりはマシか。
「こちらが右手です。こちらは肘がよく動く様に肘までの防具になっています。手首の方は指先全体がカバーできるように指の動きに追従する形状になっていて、厚みも厚くなっています。」
「これも衝撃を受けると硬くなるの?」
「はいそうです。これで思う存分相手をなぐれますよ。」
エマは思いっきりシドラを殴って見た、するとシドラはそのまま庭の端まで吹っ飛んでいった。
「わ、すごい威力。全然痛くない。」
「な、何をするんですか?エマさん。」
一秒で復活したシドラがエマの所に戻ってくる。
「いや、本当に使えるか試してみたのよ。」
「できれば私以外の者で試して下さい。」
「いやいやウィザーだから大丈夫だと思って。」
「もちろんウィザーですからなんともありませんが。」
胸を張っていろ、単純な奴め。
「それでこれが足の防具で脛から膝までをカバーします。」
シドラは足に防具を付けるが、終わるとぱっと後ろに下がる。
「なにやってるの?」
「いえ、今度は蹴りが来るかと思って。」
「大体あんたの能力なら楽勝でかわせるでしょうに。」
さっきのパンチだって避けずとも手で受け止める位は簡単に出来た筈だ。
もしかして当たったのは受けでも狙ったか?
「最後にこれは胸当てです。胸は女性の急所ですから大事にしませんと。」
片紐型の胸当てで服の上から付ける物だった。
「これ全部くれるの?」
「はい、エマさんに何かあるとわたくし責任を問われますから。」
なんかどこぞのサラリーマンみたいな事をいう。
「それにしてもこんな高価な物…と言うよりはウィザー製の魔法の防具なんて値段なんかつけられないよ。本当にもらっちゃっていいのかなあ。」
「どうせ魔法で作ったものですからお気になさらずに。」
「魔法の防具と言ってもどうしてこんなにぴったりしているのかしら。」
「素材は元々柔らかな物ですし、つくる前にちゃんと寸法を測っていますから。」
今何か変な事言わなかったか?
「あんたいつの間にそんな事したのよ。」
「はい私は見るだけで相手の体の寸法がすべて判る魔法を使えますから。」
「あんた毎日私体の寸法を測っていた訳?」
「いえいえ、ただ服を着ていない時の体の形が見えるだけで体の寸法はそれを元に計測いたします。精度を上げますと毛穴のひとつひとつまで……。」
エマは物も言わずにシドラにハイキックを浴びせた。
シドラは2回転して藪に突っ込んだ。
「ですから~っ、試用は私以外でと言ったはずですが。」
全く何のダメージも感じさせずにシドラは戻ってきた。
「あんた毎日私のヌードを見ていたって事なのよね。」
「いいえ、色までは判りませんが形は子細に観測でき……。」
シドラはエマの背後から押し寄せる暗黒エナジーを感じ取って全身から汗が吹き出した。
エマの発する激しい殺気の前にそれ以上の説明は控えた方が良いと判断した様である。
「な、何をエマさんは怒っていらっしゃるので?」
「むむむむむ……。」
ビキビキと音を立ててエマの額に浮き上がっていた血管が急速に引いていった。
「はあああ~っ。コイツには何を言っても無駄だな。所詮ウィザーだし。」
そう思ってエマはため息を吐き出す。
彼がウィザーである以上性的関心事に関しては思いっきり鈍感なのである。
何故そうなのかは判らないがウィザーには人間に対して性的関心を持つ者はいない。
もっとも全身を覆うフードコートに仮面をかぶったその姿からして中身が男か女かは全くわからない。
止むを得ない時に掌を見せるだけであり普段はそれすらその長い袖に隠されているのだ。
おそらくウィザーの裸を見たものなど世界中を探してもいないだろう。
もしかしたらコートを脱いだ途端に姿が消えるのかも知れないなどとエマは考えてしまった。
「そうそうそれからエマさんがキックを出すときは下着が丸見えですから。」
「え?な、なに?いきなり何なのよ。」
エマは慌ててスカートを押さえる。ロングスカートだから下着は見えないと思っていたのだが。
「それはあんただけでしょう。スカートの中の下着を見通す奴なんて。」
「いえいえ、普通の方でも見えると思いますよ。」
シドラは最後に袋の中からパンツの様なものを取り出してエマに見せた。
「はい、これは下着の上から履く半ズボンです。伸縮性の生地を使ってお尻にピッタリして動きを妨げません。これを私はぶるまーと名付けました。」
「ななな、なによそのその服は全然裾が無いじゃないの。」
エマは見せられたズボンを名乗る服を見て真っ赤になった。
「これじゃ下着と全然変わらないわよ。」
「いいえ、下着と違って丈夫ですし股の所まで切り込んでありますから足の動きは自由その物。赤と紺が有りますがどちらが良いですか?」
「こんな物恥ずかしくて履ける訳無いじゃない。」
「下着が見えるよりは良いと思いますが。」
「見えないわよスカート長いんだから。」
「例えば先程の蹴りですがこの様に見えております。」
シドラの掌をかざすとそこから光が上に伸びて上がる。その光の中に足を大きく上げた女の画像が現れた。
「げっ、なにこれ?」
「先程エマさんが私を蹴った瞬間です。私の方からはこの様に見えております。」
確かに蹴った瞬間に大きく広げたエマのスカートがめくりあがり下着が丸見えになっていた。
エマは黙ってシドラに踵落としを食らわす。蹴りはシドラの頭を地面に叩きつけその頭を土にめり込ませた。
「ぶへっ。」
変な声を上げて頭を地面に突っ込んだシドラはそのまま動かなかった。
死んだか!
しかしシドラは頭を床にめり込ませた格好のまままま手のひらを上にしてかかげた。
たった今エマが見せた踵落としの画像がシドラの掌の上に表示された。
しっかりと下着が見えている。
シドラはそのままの格好で残りの手に赤と紺のぶるまーを掴んで持ち上げて見せた。
「わかったわよ。」
エマはそれをひったくるとキューちゃんに飛び乗った。
「キューちゃん!行くわよ!」
「ぎゅおお~ん。」
機動馬車はエマを乗せるとシドラを置いたまま発車して行った。
シドラは地面にめり込んだ頭を持ち上げた時には既に誰もいなかった。
アクセスいただいてありがとうございます。
シドラによるぶるまー教の布教はこの日から始まりました。
果たしてぶるまー信者は集まるのであろうか? 以下次号
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