祖母が亡くなったので旅に出ます
その朝エマの祖母が死んだ。
エマが15歳の成人を迎えた翌日に祖母は冷たくなっていた。
祖母はエマの成人をことのほか喜び、安心したのかも知れない。
ウィザーのウィンドウ医者は祖母の死を確認すると祖母の手を胸に組みエマに対して深々と頭を下げて言った。
「いつお迎えに上がればよろしいでしょうか?」
次の日村人達が集まる中、約束の時間に彼らは現れた。
10人程のウィザーが2列に並び全員が歩調を合わせ、手を前に揃えたまま歩いてくる。先頭に立っているのはウィンドウ先生だった。
ウィザーである彼らは全員が足まで届くフード付の貫頭衣を羽織り、フードを目深にかぶっていた。コートから出ている袖は非常に長く手を隠してなお余り有った。
全員が仮面をかぶっており表情は見て取ることが出来ない。なんでもそれがウィザーの戒律であるという。
全員が同じ恰好をしているばかりか体型も非常に似ている。太った人や小柄な人もおらず全員が同じような身体付きだった。
尤も体全体を隠すようなコートを着ており中身の人間の体格がどのようなものかは外からは良く判らなかった。
その為に、彼らは個人を識別出来るようにマスクに独自の模様を付けている。
出迎えたエマの前でウィザーの全員が胸元に手を合わせると深々と頭をさげた。
「お迎えに参りました。お別れはお済みになられたでしょうか?」落ち着いた声でウィザーは尋ねる。
「はい、お別れは昨夜のうちに済ませました。」
「それでは出かけましょう。」
集まった村人たちの手によって祖母は棺に収められるとエマは祖母の周りに花を飾った。ウィザー達はそれらが終わるまでじっと外で待っていた。
祖母を送り出す用意が出来るとエマはウィザー達の前に立ち深々と頭を下げた。
「お願いいたします。」
エマがそう言うとウィザー達は揃って頭を下げる。6人が前に進み出ると棺桶を担ぎ上げた。
ウィンドウ医師を先頭にウィザー達は並んで歩き始める。その後ろエマが続き更にその後ろには近所の人達が続いた。
そのままかなり長い間歩き続ける。やがて壁の前の社が見えてくる。
元々は壁に作られたウィザー専用の外に通じる門であったが、葬儀の時にここから棺を外持ち出すので社が建立されたのである。
社の前に来ると棺を持たないウィザー達は人々の前に横に一列に並び、全員が頭を下げる。
その後ろにある壁に作られた扉が音もなく開いていった。それを見た村人達も一斉に頭を下げる。
「死者の魂はこれから外の世界に旅立ちます。皆さんの友人であったアイラ・イエガーさんの事をどうかいつまでも記憶に留めて置いて下さい。」
棺を持ったウィザー達は踵を返すとその扉の中に消えて行った。
壁はエマの生まれる前からそこに存在しており、大きな木々の高さ程も有る壁の上から透明な屋根が始まっていた。屋根はエマ達の住む世界全体を覆っていた。
ここは国全体がドームに囲まれたドーム世界なのである。
葬儀が終わるとエマはガランとした家に一人ぼっちになった。
元よりエマは孤児で有る。しかし父セルゲイ・オエンスに拾われ祖母と一緒に暮らしていたのだ。
しかしセルゲイは行商を生業としているため数ヶ月間家を空けることが珍しくない。
今回も父が出発した直後に祖母が体調を崩したのだ。
遠い空の下にいる父に知らせることができても帰郷にはやはり数か月かかるだろう。
祖母は死ぬ直前にエマに本と手帳を渡した。
なんでもその本はエマを拾った時に一緒にかごの中に入っていたものだと言う。
しかし見たこともない文字で綴られた本はエマに読むことは出来なかった。
手帳はセルゲイの行商日誌で有りエマが拾われた場所とそこに行くまでの経路が描かれていた。
いつかエマが自分の故郷を見つけられるように本と一緒に保管していたそうである。
祖母から渡された本と手帳を眺めて祖母との思い出に浸っているといるといつの間にか眠ってしまっていた。
夢の中で空から人が降りてくる。
胸の大きな女性は薄く透けるような衣服をまとい背中には羽が付いているのが見える。
その女性がただの人間でないことは見ただけで分かった。彼女はきっとウィザーなのだ。
「エマさん。お祖母さまの事はお気の毒でした。しかしお祖母さまはあなたのおかげで満ち足りた生涯を終えることができました。」
「はは~っ。」
その神々しさにエマは平伏する。
「これからはあなたはあなた自身の為に生きなくてはなりません。」
おお、天使様が啓示を下さると言うのか?
「私はこれから何をすればよろしいのでしょうか?」
「あなたはこれから旅に出るのです。」
旅って、なに?どこかの温泉にでも行けばいいの?
「あなたの出生の秘密を解き明かすのです。それはあなたにとってとても重要な意味を持っているのです。」
「どの位重要なんですか?」
「そうですね、人類が滅びる位。」
「……………………。」
なんか恐ろしい事をあっさり言われたような気がする。
「いやいや、そこまで行くとフカシが過ぎませんか?。」
「おほほほ、もちろん冗談ですわ。」
いや、夢の中で冗談と言われてもねえ……。
「その手の冗談はちょっとお姉さんにはそぐわないかと……。」
「お姉さん……?誰が?」
エマはその女性に手を向ける。
「いやいや、近所のお姉さんじゃありませんから。ほら、羽が付いているでしょ。」
そう言えば羽が付いてる。これを見て天使だと思ったんだけど……。
「それどこで買ったんですか?今、都で流行っているとか?」
「いえいえ、この羽は体にくっ付いていて飛ぶ為の物ですから。」
「飛べるんですか?すごいですね~っ。飛んで見せてもらっていいですか?」
「帰るとき飛びますからゆっくり見ておいてくださいね。」
「今見せてくれないんですか?」
「用事が済んだらお見せしますよ。」
天使はエマの突っ込みに少しジト目で答える
「それであたしにどうしろと?」
「ですから~っ、……旅に出るんです~。」
「いやいやいや、無理ですよ~っアタシこの村から出たこともないのに。」
父親は年中い旅してますけど、おかげさまでアタシは家を守らされていますから。
「その事に付いては教師のヴァルガさんにでも相談してごらんなさい。」
「ヴァルガ先生に?あの先生はちょっと……大丈夫ですか?」
「ウィザーなんですから、あなたが思っているより頼りになりますよ。」
「少々……いや、かなり変わった先生何ですけど……。」
エマはずっとそのウィザーに勉強を習ってきたのだ。
「そういえばお姉さんはウィザーなんですか?あの服の下はみんなお姉さんみたいな巨乳とか?」
「誰が巨乳ですか?ウィザーに巨乳はいませんから。」
いやいや、あたしの胸より大きいんだから、相当なボインでしょう。
「じゃ、どうしてお姉さんはそんなに大きいんですか?」
「これはあなたの願望が具現化した姿ですから。」
「願望?お姉さんの姿がアタシの?」
そう言われてエマは戸惑う、どの辺がアタシの願望なんだろう?やっぱり巨乳とか?
「そうですよ。だってこれはあなたの夢なんですから。」
「いや夢の中の登場人物に夢だと言われても……。」
「夢はその人が一番望むものが現れますから。」
「それじゃアタシには巨乳願望が有るみたいじゃないですか~。」
「知らなかったんですか?」
「いやいや、知りませんよ、考えたこともなかった。」
「そのうち嫌でも思い当たることがたくさんありますから。」
胸に手を当ててみるとなんとなく……いや、かなり思い当たる事が……無いでもなかった。
「じゃウィザーの中身はお姉さんじゃ無いと。」
「オホン、他に質問がなければ私はこれで失礼しますが?」
天使が飛び立とう羽を広げたが、エマがドレスの裾を掴む。
「いや、その、飛びますから。」
「最後に一つだけ教えてください。」
「なんですか?」
「どうすればお姉さんみたいに巨乳なれますか?」
「あなたは十分に大きいですよ。大きすぎるといろいろ不便な事もありますから。」
「例えば?」
「肩が凝るとか、仕事の邪魔になるとか……。」
エマはノックの音で目が覚める。
玄関に出てみるとウィザーのウィンドウ医師が立っていた。
深々と頭を下げると宝石のような形をした石を差し出した。
「エマさんのお祖母様は無事に旅立たれました。お祖母様の遺骨をお届けに上がりました。」
ウィザーが遺体を火葬にすると後日にその遺骨の一部を石に封じ込めてくれる事は知っていた。
「ありがとうございました。大事にさせて頂きます。」
エマもまた深々と頭を下げる。
そしてエマは決心をした。
「そうだ旅に出よう。」
自分の過去を知りたいと言う強い衝動がエマの中を駆け巡っていた。
そうは言ってもエマはこのドームから外に出た事すら無かった。
ましてや父親の様にドームからドームへ渡って行くことなど出来ようもなかった。
ウインドウ医師にその事を話すとやはりギルドマスターでもあるヴァルガ教師に相談するように言われた。
ウィザーとはギルドを設け、物流や医療、教育等に携わる独自の戒律の中で生きる人たちの事である。
いや人と言って良いかどうかはわからない、何しろその貫頭衣の中身を見た人間はいないのだ。
彼らは魔法使いと呼ばれている、噂によれば馬よりも早く走り、荷物ごと馬車を持ち上げ、しかも死ぬことは無いと言う。
実際に祖母が生まれた時からこのウィンドウ医師はこのドームおり、祖母に薬師としての師匠を紹介したと聞いている。
エマもまた祖母から薬師としての教育を受けそれなりの知識を身に付けていた。
ウィザーはめったに魔法を使用しないがその気になると山一つ消滅させられるとも言われている。
国の軍隊にも匹敵する魔法使い集団と言われているが彼らは決して人を支配することは無い。
その生活において人間の支援をすることを教義としている。
彼らは学校を作り子供たちに無償で教育を施している。
ウィザーは独自の言語を持っておりそれ以外の言語を使用しない、それ故学校では全員がウィザー語を学ぶ。
ウィザー語はウィザーのいるすべてのドームで使用されておりこれを覚えておけばどこでも言葉が通じるとセルゲイは言っていた。
ヴァルガ教師はエマが通っていた学校の教師でエマが小さいときからずっと勉強を教えてくれていた。
最近は祖母の介護と家の仕事であまり学校にはこれなかったが嬉しそうにエマを迎えてくれた。
「あらああ~んエマちゃん。お久しぶり~、この度はお祖母さんが気の毒なことでしたね~。エマさんが来れなくなってからずっと寂しかったんですよ~っ。来てくれてと~ってもうれしいですわ~っ。」
ヴァルガ先生がウィザーの姿で腰をくいっとひねる。
結構引く姿であるがエマは他の人もなるべくそういったところは見ないようにしている。
「エマさんもすっかりウィザー語がうまくなったわね。」
「はい、先生のお陰です。」
「まあ、お世辞までうまくなっちゃって、今お茶を入れますわ~っ。」
ちなみにヴァルガ先生はウィザーです。他のウィザーと同じ格好をしたウィザーです。
「え?何か言いましたか?エマさん。」
「いいえ独り言です。」
ヴァルガ先生はポットと山盛りのお菓子を入れたバスケットを持って現れた。
「今日は新作なのよ、食べたら感想を聞かせてちょうだい。」
この先生はエマが小さな頃からよくみんなにおやつを出してくれた。
エマが小さな頃ははっきり言ってまずかった。
大半の子供たちはそれでも食べていたが、甘すぎたり塩辛すぎたりして残す子も多かった。
それでも年月を重ねる度にだんだんうまくなり、最近ではこの先生のおやつを目当てに来る子供たちも増えているとか。
ところがウィザーは戒律によって人前では食事をしない。お茶も自分の前に淹れてはあるものの手を付けることは無い。
それでもヴァルガ先生は嬉しそうに子供たちに菓子をふるまう。
「それにしてもエマちゃんは急に大きくなっちゃって、先生びっくりしましたわ~っ。」
エマは13歳頃から急に背が伸びて今では普通の男の子より大きいくらいになってしまった。
お陰で力も強くなり年を取って弱くなってきた祖母の代わりに家の事や仕事の手伝いをずっと続けてきたのだ。
ややくせのある赤い髪を後ろで三つ編みにしたエマは、少し張り出してきた肩の筋肉を気にしていた。
どう見ても女の子らしくないなー、等と考えてしまう。
エマが旅の話をヴァルガにすると少し考えていたようである。
何しろ西も東も分からない田舎娘のエマである。
反対されると思っていたが、意外な事にヴァルガ先生は反対をしなかった。
そればかりかエマの旅の為にウィザーを一人紹介してくれると言うのだ。
ウィザーは様々な場所で人々の暮らしを助けている。その一つに交易が有る。
このドームの中で取れない物で生活に欠かせない物、例えば塩の様な物を安価に提供するために行われているのだ。
その交易をしているウィザーを旅に同行させてくれると言うのだ。
三日かけて家の整理をし旅の用意をするとヴァルガの指定するウィザー・ギルドにやってきた。
住民に様々なサービスを提供するために大きな街にはウィザーが店を構えており、それがウィザー・ギルドである。
エマがウィザー・ギルドに付くと何やら騒がしい音が聞こえた。
様子を見ようと音のする方に行くといきなり後ろから抱き付かれ、のど元にナイフが突きつけられる。
「やいっ、ウィザー見ろっ!オレたちに手を出すとこの娘の顔に傷が突くぞ。」
見るとひとりのウィザーが3人の男と対峙していた。
「え~っと……困りました。このような時にはどうすれば良いのでしょうか?」
ウィザーはさも困ったようにエマを見つめる。
「ひえええええ~~~~っ。」
エマは悲鳴を上げた。
アクセスいただいてありがとうございます。
登場人物
エマ・オエンス 主人公の少女身長172センチ喧嘩の使い手。15歳
セルゲイ・オエンス エマの父親、行商人。42歳 175センチ
アイラ・オエンス エマの祖母セルゲイの母。68歳
ウィンドウ医者 ウィザーの医師
ヴァルガ教師 エマの元教師。ウィザー 無類のお菓子好き。
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