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呪い好きの未亡人ルルアーナ  作者: 有梨束


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2/2

後編

後編はシリアス寄りなので、苦手な方はご注意ください。

「それで、なんで私をパートナーに選ぶんですか…………」

「僕が表に出ざるを得なくなった原因が、君だからだろう?」

「不可抗力ですし、どちらかというと私お役に立ちましたよね…?」


あれから数ヶ月後、王弟殿下が夜会などに出る時のパートナーとして呼び出される奇妙な関係が出来上がっていた。


私は辞退したいのだが、兄が「ルルアーナ、名誉なことだぞ!」と私の働きぶりを喜んでいて後押ししてくるので、逃げ出すこともできず。

出戻り居候の妹は、兄に頼まれたら断れないのである。



王弟殿下といたら、壁の花にもなれない。


殿下の呪いは本当に解けたのかと半信半疑の連中には「犠牲になってくれてありがとう」的な視線をもらうし、呪いが解けたのだとしたら「なんで相手が未亡人なんだ」という連中のお怒りの視線ももらうしで、ほとほと困り果てている。疲れる。



「あ、あの令嬢…」

一際目立つ人の集まりの中心に若いご令嬢がいて、可愛らしく笑っていた。

喪中の間には夜会でなかったから、私も知らない令嬢だった。


デビュタントしたばかりなのかな。


「なんですか、殿下。意中の方がいるなら、私をパートナーにするのやめてくださいません?」

「そうではなくて。あの令嬢、この前僕の離宮を訪ねてきたんだよ」

「面識があったのですか?」

「ない。なんせ5年引き籠もりだったからね。だから気味悪くて応じなかったのだが、節操がないみたいだな」

そう言われてもう一度見ると、たしかにご令嬢以外は男性陣の集まりだった。


若い令嬢が、たくさんの男性にチヤホヤされていると言いたいらしい。


「人気なんですねぇ」

「あれを見て、その感想なのか…?呑気すぎないか?」

「ああいうことに興味があったら、50も離れた夫の元へ喜んで嫁いでいませんよ」

「そうか、無駄に説得力があった。理解した」


その言い方は鼻につくが、私と王弟殿下はもはや喧嘩友達くらいな仲になってしまったので、今回の喧嘩は買わないでおいてあげよう。


まあ、言われると奇妙ではあるが、どの時代にもモテる令嬢はいるし。


私たちには関係ないだろうと、場所を移そうかと思った時、違うご令嬢の悲鳴にも近い叫び声が聞こえた。


「あなた、私の婚約者にまで手を出したわねっ!?許さないんだから!」


今まさに私たちが話していたご令嬢に向かって、声を上げていた。

すぐさま周りの男性たちが庇ったが、事態は思うようにはならなかった。


次々と他の女性たちがその集団を囲っていくではないか。


「私の夫にも擦り寄って、この泥棒猫!」

「私の婚約者にも、私だけはお力になりますなどと言って近づいたそうじゃない!」

「私の夫にドレスと宝石まで買わせて、まだ飽き足らないと言うの!?」

「色んな男性に色目を使うじゃないわよっ!」

「この寄生虫女!」


示し合わせていたのか、触発されたのかはわからなかったが、真ん中の令嬢に対して非難轟々だ。


何人もの女性が夜会に相応しくない大声をあげて、1人の女性を責めていく。

かのご令嬢の取り巻きのような男性たちも最初は庇っていたが、次第に顔を見合わせて、「俺だけじゃなかったのか!?」などと声を上げていた。


関係ない人たちも、人だかりに注目するようになった。


なんとも不穏な空気だった。


異様な光景に、私は背筋が凍るようだった。


「まずいかもしれません…」

「ああ。あんな騒ぎになっては、収拾が面倒くさそうだ」

「そうではなくて」

私の硬い声に王弟殿下は何かを察したのか、表情が強張った。


けれど、私の思いとは裏腹に、事は最悪へと進んでいった。



「あんたさえいなければよかったのにっ!」

最初に声を上げた令嬢の叫びと共に、そうだそうだという同意が広がっていって──。



「きゃああああああああっ!!!」



若い令嬢の金切り声が、会場に響き渡った。


その令嬢は、どこからか湧き上がった黒いモヤのようなものに体が包まれていき、周りがどよめいていく。



「ああ、呪われた…」



私の小さな呟きは喧騒に掻き消されたが、王弟殿下だけは私を見ていた。


王弟殿下にも声をかけたというあの令嬢は、膝をついて、自分の顔を掻きむしっている。


「あ、ああ、あ…」

声とも言えない呻きが漏れていき、周囲は悲鳴を上げながら、転がるように距離をとっていく。


まるで手負いの獣かのように、令嬢が遠巻きにされていく。



誰のものとも区別のつかない悲鳴。

逃げ出す足音。

ぶつかっていく人々。

グラスの割れる音。

何もわからずに巻き込まれていく参加者。


まるで夢でも見ているかのような現状に、私は足が動かなかった。


ただ、黒いモヤを纏う令嬢をじっと見つめていることしかできなくなってしまった。


殿下の「行くぞ」という声も、遠くに聞こえた気がする。



瞬きをしている間に、彼女に黒いモヤが定着していった。


手にも、足にも、体にも、顔にも──。



「いやああああああああああっっ!!!」


彼女の叫びは虚しく、その身が本当に呪われていくのを、私は見ていることしかできなかった。





「大丈夫か、ルルアーナ」

「……ええ、大丈夫です。呪われる瞬間は、さすがにはじめて見たもので。すみません、何もできなくて」

「いや、君のせいでもないだろう」

私は殿下の気遣いのもと、王弟殿下の離宮で休ませてもらっていた。


ようやく喉を通った温かいお茶に、生きた心地がした。



夜会は騒然の中、お開きとなった。


誰がどう鎮めたのかもわからないままに、会場をあとにした。


人が呪われた瞬間を、あの人数が目撃していたのだ。


人の口に戸は立てられない。

きっと、あのご令嬢は、もう社交界には戻ってこられないだろう。


結婚先も決まらずに、引き籠もるのかもしれない。



「かのご令嬢は、相当な人数に恨まれていたようです…」

ぽそりと呟く私に、王弟殿下は隣に座って、優しく頷いた。


「それはそうだろう。他の女性陣の非難にあの有り様だ」

「いいえ、そうではなくて…。呪いを受けるほどの痛みを誰かに積み重ねてしまったのです。しかも、多数の方に」

私は、手元にあるカップを手で包みながら、ぽつぽつと言葉を零していく。



今、エデキルスがそばにいてくれたら、なんと言ってくれるだろうか。

慰めてくれるのだろうか。


元夫を思いながら、言葉を続けていく。


「呪いとは、どれだけ調べても不確かなものです。きっかけ、要因、対象者、昔呪いを受けた者たちを遡って調べても、大した共通点はなかった」

「では、あの令嬢がどうして呪われたのか、わからないということか?」

「解析は難しいと思いますよ、ただ」

「ただ?」

「呪いというのは、人の『思い』なのです。誰かが思いすぎてしまった結果にすぎないのです」


私はカップをテーブルに置いて、隣にいる王弟殿下を見た。


「あなた様も思いが呪いに似た何かを生み出したでしょう?呪いとは本来、ただの思いなのですよ」

「人の思いが、現象化するのか?」

「1人の思いでは足りないくらいの、何か膨大な思いと、あと寿命が必要です」

「寿命…?」

王弟殿下の顔が引き攣るのがわかった。


「呪う側の寿命を削って、相手方に呪いを染みつけるのです。あの場にいたあのご令嬢を責めていた方も皆さんお若かったから、現象として現れてしまったんでしょうね」

「若さがいるのか…?」

「何をするにも体力は多少必要でしょう?呪いだって、それは変わりません」



私とエデキルスが調べてわかったことは、複数人が同時に相手を恨みすぎた時、そして恨んだ側の寿命がかなり残っている時に、呪いが発動しやすいということだ。


しかも、本人が呪いたくて呪ったのかは定かではなかった。


たった1人に恨まれたからといって、呪いは現象化しない。

もっと複雑に絡まった怨念が必要なのだ。

だからこそ、呪いは滅多に見ないし、解明しようなんて人間が現れないほど重要視されていない。


病気と違って、多くの人間が受けるものでもないのだ。



「私は、小さい時にたまたま呪われた熊に、馬車を襲われたんです」

夜に相応しく、私の声が小さく響いていく。

王弟殿下は何も言わずにこちらをじっと見ていた。


「近くの村の畑を荒らした熊でした。その年の作物は、全部その熊に台無しにされていたようなのです。そして、村の人たちは働き盛りの若い人が多かった。さぞ恨まれたんでしょうね。呪いで目が潰された熊でした」


目がぐちゃぐちゃになっていて、真っ黒で、体もところどころ骨が見えているような、熊とは言い難い何かだった。

その日以来、夢にまで出てくるほど、こびりつく光景だった。

騎士たちがすぐに処分したためことなきを得たが、私にとっては鮮烈な出来事だった。


あの熊はどうしてあんな姿になっていたのだろう。

呪いとは、なんなのだろう。

呪われたら、死に絶えるまで、あの状態なのだろうか。


最期は、あんなにも悲しいんだろうか。


少し大きくなってから、調べ出すには十分な動機だった。



「畑を襲った熊は、人間からしたら悪でした。でも、食べ物を求めることが、悪とは思えなかった。あの熊は呪われるに値していたのか、私には今もわかりません。だから、調べるのに手を貸してくれた夫の元に嫁ぐことに決めたのです。あの人は、エデキルスは、私の気持ちを汲んでくれる唯一の人でしたので」


月に照らされたら消えてしまうぐらいの儚い告白は、部屋に溶けていくようだった。


「…それで、呪いの解呪法を、君は知っているのだろうか」

「いいえ。残念ながら」

「そうか」

「あの令嬢が呪われてしまう前に、他の方の悲しみを取り除いてあげれたらよかったですね…。そうしたら、呪われずに、恨まずに、寿命を縮めずに、誰も傷つかなかったかもしれません」

「それはルルアーナが負うべきものではない」

キッパリ言われて、不思議と殿下の瞳を見ていた。


エデキルスとは全く違う色の瞳だった。


「その前に、他の男に手を出したあの令嬢が悪いんだから」


その力強さに、体の力が抜けていくようだった。


今回は、たしかに、かの令嬢の不祥事だろう。

その報いが返ってきただけのことではある。


それでも助けられたらと思うのは、呪いに魅入られた側の傲慢だ。



「そうですね。私にできることは、なかったです」

「それでも君が気になるというのなら、彼女に会えるように手配するが。…どうする?」


意外な提案に、私は目を丸くする。


そういえば、呪われている人がいると噂を聞いた時に、3つも離れた国だというのに、エデキルスが連れて行こうとしてくれたことがあったっけね。


こういう優しさは、元夫みたいだ。

胸の奥の方がくすぐったくて、笑いそうになる。


「そんな我儘が許されるのでしたら、ぜひお願いしたいですね」

「その前に、呪いは人に移るのか?」

「呪われた側は、誰かを呪った場合には移ることもあるようですが、それは同じく寿命を削るということです。だから、呪いを呪い返すなんてのは、当人の命が持ちませんよ」

「…なるほど、では君が会っても被害はないんだな?」

「はい、きっと大丈夫です」

「では、手配しておく」

王弟殿下は私から目を逸らすと、ため息を吐かれた。


「それにしても、本物は、あんなに悍ましいものだったのだな…」

王弟殿下は、かつてそこに呪いのようなものがあった肌を自身の手で触っていた。


私は、丸焦げのようになってしまった令嬢を思い出す。


「ええ、本当に不可思議なものですね…」


私たちの呟きも、夜に消えていく。


私たちは恋仲でもなければ、ただ互いに利用価値がある相手だが、今日ばかりは情で繋がったようななんともいえない日となった。




かの令嬢への面会の許しを得る前に、彼女は遠方の療養施設へと住まいを移した。

おそらく軟禁され、人にも会えず、生涯を送るのだと思う。



私は何もできなかった歯痒さに、唇を噛むことしかできなかった。





「エデキルス、久しぶりですね。最近バタバタしていたの、来るのが遅くなってごめんね」

夫の墓に花を供えて、今日も黒いドレスを纏っている。


「私、呪われる瞬間をこの目で見ちゃったの。現実じゃないみたいだったわ」


あなたがいたら結果が変わったとは思わないけど、もう少し私の気持ちは晴れていたと思うわ。


「あんな瞬間を見るのは二度とごめんだわ。だから、今日も変わらず調べることにするわ。応援しててね、エデキルス」


風に吹かれて、瞼の裏に焼きついた呪いの黒を思い出す。


私は、あの黒に、思いがもっていかれている。


呪いに取り憑かれないといいけどね。



「ああ、それとね。王弟殿下の嫁にならないかと言われているんだけど、それは断ったわ。だって、あなたとの思い出が私に生きる原動力だから、他の方なんてまだ無理そうなんだもの。……どうせ、変わり者だと言いたんでしょ?いいのよ、それが私だから。囲われるまでは好きにするわ」


夫への報告を終えて、私はまた呪いを調べる日常へと戻っていく。


私にできることは、それくらいなのだ。






お読みくださりありがとうございました! 毎日投稿152日目。

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