前編
短編のつもりが思ったより長くなってしまったので、2話に分けることにしました。
「ルルアーナ、王弟殿下の話し相手として登城してくれ」
「嫌です、お兄様」
「お前なぁ、実家に出戻ってから何かしたか?」
「あら、出戻りらしく慎ましく引き籠もっているじゃない」
「それを何もしていないと言っているんだ」
眉間に皺を寄せた兄の顔面が近づいてきて、至近距離で睨まれた。
そんなこと言ったってねぇ。
夫の喪が明けてまだ数ヶ月だ、大人しくしていた方がいいだろう。
「だいたい王弟殿下は未婚ではなかったですか?女性と2人きりはまずいのでは?」
向こうは、正真正銘引き籠もりでしたよね?
「だから、お前なんだよ。未婚の女性をつけるわけにもいかない。出戻りならその点は見逃される」
「はあ…、随分アバウトなんですね」
「そもそも王弟殿下に近寄ろうなんておなごもいないしな」
兄は疲れた顔で肩を竦めた。
「では、あの噂は本当なのですか?」
私がそう尋ねると、兄は今度こそ真剣な表情になった。
秘密ごとを話すには昼間過ぎるが、兄はたしかに頷いた。
「ああ。王弟殿下は呪いを受けていらっしゃる。顔面の半分が真っ黒だそうだ」
ほお、それは興味深いですねぇ。
「そして、お前は大の呪い好きだ」
「あらやだ、嗜む程度ですよ」
「普通のご婦人は呪いを嗜まないんだよ…。でも、お前が適任だろ」
「さあ、はかりかねますが」
「呪いを好きなだけ見ていいと許可も得ている。ついでに、解けるなら解いていいそうだ」
兄の言葉に、はじめてこの件に興味が持てた。
ニコリと微笑んで、兄を見た。
「あら、解析までしてよろしいのですか?」
私の笑みに、兄は呆れ半分引き気味半分で、笑顔を引き攣らせた。
可愛い妹にそんな顔しちゃだめだと思う。
「ああ、だから頼むよ。我が家も大事なルルアーナの面倒を見る以上、お前自身にも多少役に立ってもらわないと困るんだ」
まあ、たしかに、出戻ってからというもの、社交も控えているし、兄の言う通り何もしていないし、ただ食い扶持を増やしただけとも言う。
仕方ありませんね、今回は言うことを聞きましょう。
亡き夫の研究が、役に立つかもしれませんしね。
「かしこまりました、お兄様。そのお話、お引き受けいたしますわ」
「失礼いたします。命によって参上いたしました、ルルアーナと申します。本日はよろしくお願いいたします」
王城の端にある離宮を訪ねてきたものの、歓迎ムードではなかった。
この離宮には、王弟殿下お1人で使用人も誰もいない。
食事は運ばれてきているみたいだが、それ以外はご自身で全部やっているみたいだ。
なんせ、呪いを受けた人間などに人は近寄りたがらないから。
「……本当に人を寄越すとは思わなかった」
自嘲気味に笑った王弟殿下の顔の左半分は、真っ黒な痣のようなものが広がっていた。
なるほど、これはそこらの令嬢なら泣いて逃げ出すのだろう。
あれが女性にあったら、まずお嫁に行くのは難しいだろう。
私は殿下の痣に負けない真っ黒なドレスを身に纏って、開いているドアの前に突っ立っている。
入っていいとも退けとも言われないままだから、中途半端なここで待つしかない。
でも、残念ですね。
もっとおどろおどろしい呪いを期待していたのに。
私のときめきを返していただきたい。
「君は、たしかゴルゴール侯爵の後妻ではなかったか?」
「ええ。前当主エデキルスの元妻にございます」
「やはりそうか。彼はよく国を支えてくれた。惜しい人を亡くしたな」
「王弟殿下にそのように仰っていただけて、夫も喜んでいるかと思います」
亡き夫の代わりに一礼すると、力の抜けた笑い声が返ってきた。
この人、表に出なくなってから長いのに、私のことまで把握しているのね。
優秀さゆえに担がれそうになっただけある人物ってことかしらね。
今の王は、5年前に即位した。
それまでは第一王子だった現王と、第二王子だったこの目の前にいる方とで、王位継承権争いをしていたと言っても差し支えないだろう。
本人はどう思っていたか知らないが、周りの貴族は第一王子派閥と第二王子派閥でかなり揉めていたと聞く。
それがある日、パタリと収まったのだ。
この元第二王子に、呪いが現れたから。
人々は囁いたという。
「第一王子派閥が呪いを送ったのだ」
「第二王子の妻の座を狙った誰かが恨んだのだ」
好き勝手言われた中で、最も言われたは「第一王子は、第二王子の存在を疎ましく思っている。それが呪いとなって現れたのだ」。
2人の仲は最悪だと、今も言われている。
根拠なく言われ続け、実際に顔の痣が消えないままこの方はすぐに引き籠もりとなり、今日に至る。
その間にあっという間に元第一王子が即位したのだった。
王が決まってからも、王弟殿下の痣は消えなかったらしい。
「前侯爵が妻を娶ったとは聞いていたが、こんなに若い方だったとは知らなかったな」
「そうですね、私が嫁いだのは夫が70の時でしたから」
私がエデキルスの元に嫁にいったのは、18歳の時だった。
歳だけでいうなら、次期侯爵であるエデキルスの孫の方が近かったし、なんならほぼ夫からは孫扱いだった。
それでも、エデキルスは私のことを大切にしてくれていたと思う。
どちらかというと、甘やかされていた。
エデキルスとの結婚生活は4年だったけれど、とても楽しかったと言える。
あの人の余生に寄り添えたことを、誇りに思っている。
「前侯爵が気に入る何かが、君にはあるというのかな」
ソファーに座ったままこの距離で目が合ったけれど、その目線はきちんと使える人間なのか見定めている目だった。
呪われていても、やはり上の者だ。
かの方を構成するものは、呪われたぐらいでは揺るがないらしい。
この方が王でも、面白かったかもしれないわね。
そう思うだけの魅力があるのだから、第二王子派閥が担ぎたかったのも、当然だったのかもしれない。
「夫の心中まではわかりませんが、互いに興味のあるものが同じだったために、とても可愛がっていただきましたよ」
夫を思い出しながら、笑みを浮かべてそう言うと、王弟殿下はピクリと動いた。
「ほう、それはなんだったのか訊いてもいいのかな」
女性をドアの前で立たせたままなのはいただけないが、嘘偽りなく答えていく。
「それは呪いにございますよ、王弟殿下殿」
不気味なほど静かな時間が流れたのだった。
夫は侯爵でありながら、呪いを研究している人だった。
私たちの共通点は、もはやそれしかなかったと言ってもいい。
私も幼い頃に呪われた獣をこの目で見た時から、呪いについて独自で調べるようになった。
知られてもいいような趣味でもないので、呪いを調べる者はひっそり1人で研究しているものだが、たまたま夫に知られることとなり、結婚に至ったのだった。
結婚してから、毎日夫と調べ回った。
あの時間を充実と言わず、なんと言うのか。
夫の死後、夫のこれまでの呪いの資料を私への遺産としてくれる約束だった。
だから、未亡人となった今、夫の資料も研究も私が全部引き継いでいる。
夫からの最大の愛のようなものなのだ。
王弟殿下が何もおっしゃらないから、私が再度口を開いた。
「夫は余生の間、呪いとはどう発生するのかを調べていたのです。私もそれを手伝っていました。ですから、あなたの話し相手役の席が、私にまわってきたのでございます」
「……それは、知られたら醜聞ではすまなそうだな」
「ええ、そうですね。でも、誰かがしないと始まらないものでもございます」
私は静かに、心穏やかにそう答えた。
「それで、前侯爵夫人は僕のこの呪いをどのように見るというのだろうか」
一瞬だけ熱の混じった視線を送られた気がした。
次に見た時には、もう冷めた瞳に変わっていた。
きっと、呪いを受けてから何もかも諦めてきたのだろう。
その顔には、諦めの表情がよく似合っている。
でも、今一瞬だけ、彼は期待したのかもしれない。
得体の知れない呪いなぞに狂わされたすべてから、解放される未来をもう一度望んだのかもしれない。
私としてはつまらないですが、まあ、種明かしをした方がよろしいでしょうね。
私は手を差し出して、王弟殿下の痣を指した。
人と人が話をするにはあまりにも遠い距離だ、これくらい許されるだろう。
「王弟殿下のそれは、呪いではございません」
「……………………は?」
「残念ながら、呪いではないのです」
「そんな、わけ」
「ええ、残念ですよね。私も本物が見られると心躍らせてきたのですが、非常にガッカリです」
ついに本音が漏れてしまったが、私は頬に手を添えて、憂いの表情をしてみせた。
これは仕方ないと思う。
立たされっぱなしで、呪いだからと馳せ参じたのに、まさか偽物だったなんて。
夫の墓参りにいい土産話を持っていけると思っていたのに、ショックだわあ。
「だがっ、この痣は…!ずっと、5年もあるのだぞ!?」
取り乱されているところを見ると、こちらが冷静になるというものだ。
「ええ、呪いにとても似ているので、よくできているなと思いますよ、私も」
「ふざけたことを言って、僕を困らせたいのかな?」
怒りに近い声が飛んできたが、それを本物というには、呪いに失礼である。
「殿下の痣からは呪いの恐怖に近い嫌な感じが伝わってきません。むしろ、爽やかな何かを感じます。おそらく、妖精のいたずらだと思いますよ」
「は、妖精…?」
「殿下はとても妖精に好かれていらっしゃるのですね。ここは閉じこもっているとは思えないほど、清い空気でございます」
私が淡々と答えていくから、ソファーから浮き上がっていた腰を下ろした。
「呪いとは複雑なのです。たった1人の思いから出来上がるには、思いだけでは弱いのです。ですが、そちらは綺麗な色をしています。妖精の力で間違いないと思いますよ」
「妖精が、どうしてこんなことを…?」
「それは、殿下が望まれたのではありませんか?」
私の声に、今度こそイラついた声と表情をされた。
「なんだと?」
「殿下は以前に自分が呪われたらよかったと思ったことはございませんか?」
「……な、にを」
「たぶんですが、妖精はその願いを叶えただけでしょう。呪いに似たものをあなたに与えて、喜んでほしかっただけなのではないかと」
まあ、妖精のことだから、願いを叶える半分自分たちが楽しいいたずらだから半分だろうけど。
私はただ突っ立ったまま、殿下を見た。
王弟殿下は、のろのろと顔を下に向けた。
「兄が、王でいいと思っていた」
それは、心の声が漏れたかのような告白だった。
「だから、僕は王位を継ぐ気はなくて。それでも派閥のものが僕を置いて盛り上がるから、いっそ僕に不利なことがあれば、兄が憂いなく王位につけると、あの時思ったんだ。……そうか、僕は自分が呪われればいいと、たしかに、思った気がする」
独り言のように呟かれていく言葉を聞いていいのかわからずに、あとで聞かなかったことにしようと思いながら、ただ受け止めていった。
「兄さんに迷惑かけたくなったんだが、結局かけてしまったらしい…」
「私も出戻って兄に迷惑かけ放題です。それは兄だから許してくれています」
私の話なんか聞きたくないかもしれないが、他にどんな言葉をかけていいかわからなかった。
王弟殿下は、顔を上げると私の方を見て、頼りなく笑った。
「僕の兄も似たようなものだ。離宮に住まわせてくれて、引き籠もっていても出来る仕事を振って、こんな僕でもまだ使ってくれているからね」
その笑みは現王に似ていて、私の方がほっこりした気持ちがした。
噂と違って、兄弟仲はいいらしい。
やはり噂など当てにならない。
「では、殿下の呪いの真相も解けましたので、私はこれにて失礼いたします」
私はまた一礼して、その場をあとにしたのだった。
本物の呪いじゃなくて、本当によかった。
呪いなど、この世に少ない方がいいんだから。
そう思ってまた穏やかな日々が過ごせると思ったのに、翌日王弟殿下直々に呼び出しをくらった。
「朝起きたら、痣が消えていたんだが!?」
「いたずらに気づかれて面白くなくなったから、妖精が解いてしまっただけでは?」
「それでは困る!」
昨日と違って、綺麗な白い肌をした王弟殿下に肩を掴まれている。
昨日は立たせたままで、まあ、呪いだと思っていたから近づかせなかったんだとしても、今日の態度もどうなのだろうか。
女性に向かって大声を出し、肩を揺さぶるのはやめていただきたい。
「……何が困るんですか」
「引き籠もりの正当な理由がなくなってしまったではないか!」
「引き籠もりたかったんですか…?」
「ああ!だって楽じゃないか、こっちの方が何もかも」
……この人、引き籠もりに味を占めたのか。
言いたいことはわかるけど…。
だって社交しなくてもいいしね、結婚しろとも言われないし、仕事はあるみたいだし、欲がないなら居心地いいだろうし。
うん、私も未亡人なおかげでその恩恵を受けている立場だから、心底頷いてしまいそうになるが。
そこも夫に感謝しているところだが。
私のことは巻き込まないでいただきたい。
「メイクで痣を作ればいいのでは?ひとまず王に報告した方がよいと思いますが…」
「そんなことしたら、兄さんがるんるんで僕にもっと仕事させるに決まっている!あと、兄さんブラコンだから、何時間も撫でられるはめになる…!」
兄弟仲、よすぎだろ。
「呪いじゃなくてよかったと喜んでくれそうで、よかったではないですか」
「それとこれとは別なんだ!!!」
だから、私の知ったことではないですって。
「前侯爵夫人、どうにかしてくれ!!!」
「お断りしますっ!!!」
結局、王にバレて王弟殿下は呪いなど受けていなかったと発表されることとなったのだった。
王弟殿下、どんまいです…。
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