第十五話 Empty Cup -カップの中身は満たされない-
ライアー街の消滅から三間後、ライアー街から飛び立ったヘリは不時着しその周辺をフォルン国軍の別動隊が散策をしていた。
「HQ、こちらドルフィンチーム……例のヘリですが不時着後中を確認しましたが中には誰も……ええ、おそらく途中どこかでステルス降下したかこれ自体がダミーだったのか……技試隊が救難信号を? 了解、すぐ向かいます」
イルカの背びれを模したアンテナを持つドルフィン隊は通信を受け取ると燃え盛るヘリに背を向け次の現場へと去っていく。
一方そのころ、旧リガール炭鉱内部のLOW基地ではハジメが医務室で治療を受けており、茶髪で白衣を着たそばかすの目立つ隊員に包帯を巻かれていた。
「……ありがとうな」
「え? あ、いえ……仕事なので……」
「俺の不在の穴を埋めてくれたと聞いた、並みの隊員なら出来ないことだろう」
腕の包帯を巻き終わり、ハジメは服を着るとそのまま書類を手に取り目を通す。
書類には三人の実験体の監査報告書であり、目を通したハジメはため息をつくと報告書を机に置き先ほどの隊員に声をかける。
「おい、この報告書はまだカトルに見せてないんだよな?」
「は、はい……一応ハジメ様に見せてからのほうがいいかと思いまして……」
「その判断は間違ってないな、一部個所を訂正してくれ……特に薬の部分をな」
「あ、了解しました……」
茶髪の隊員はそそくさと医務室を後にすると、ハジメも同じく医務室を後にして近くの実験監視室と書かれた部屋に入り中にいる隊員に声をかけた。
「様子はどうだ?」
「ハ、ハジメさん⁉ 怪我は……」
「処置はした、で? 様子はどうだと聞いてるんだ」
「え、ええ……普段と変わった様子はありません、健康です」
「嘘をつけ、報告書を読んだ……下らんごまかしが俺に通用すると思うな」
「うげ……」
隊員はハジメに首をつかまれ、壁にたたきつけられる。
「不安定な状態になったと書いてあったが、薬の投与量を増やしたのか?」
「え、ええ……一応二ミリグラムほど……」
「安定はしたのか?」
「とりあえずは……何が彼女らのトラウマを踏むのか……レポートを今書き上げていたところでして……でも血のつながりもない他人を姉妹として認識するほどに精神をゆがめられた彼女らを、理解するには少々時間が欲しいです……」
「ほう……」
実験監視室にある大きな窓を見ると、そこには赤髪ででこだしストレートの少女と緑髪で目元を隠した少女がいるが、二人とも義手と義足をつけており白くて丸いテーブルを囲み紅茶とスコーンをたしなんでいた。
窓はマジックミラーになっているのか二人はハジメの視線に一切気づくことなく壇上を続けており、ハジメはマイクの音量を上げヘッドホンを身につけると中の様子を監視する。
「キャストは無事なんでしょうか?」
ヘッドホンの向こうからは緑髪の少女がそういうと、赤髪の少女は自信満々に答えた。
「だいじょうぶに決まってるじゃない! 私たちは最強なのよ! ブライス!」
「さすがビスクお姉さま!」
ブライスと呼ばれた少女は両手を合わせると尊敬したような眼差しを向け、ビスクと呼ばれた少女は鼻を鳴らし自慢げに薄い胸をそらした。
そうこうしていると部屋の奥にあった扉が開き、同じく義手と義足を身に着けた青髪ポニーテールの少女が部屋の中に入る。
部屋に入るなり青髪の少女は敬礼を見せた。
「ビスクお姉さま、ブライスお姉さま……キャスト、今帰還しました」
「ほら言ったじゃない、キャストは無敵なのよ」
「さすがお姉さま! ブライス感激しました!」
「訂正、少々怪我しました……無敵ではありません」
「あらそうなの? 見せて!」
ビスクはキャストの上着をめくると、腹部に刺し傷のようなものが残されておりキャストは気にしない様子で言葉を続ける。
「代謝促進剤と鎮痛剤で処置しました、少々安静にする必要がありますが……ビスクお姉さま?」
上着をめくっていたビスクが青ざめた表情でしりもちをついたことに驚き顔を覗き込むと、かすれた声で涙を流しながらしゃべりだした。
「ち……違……違うんです…………私は…………反抗なんて…………」
ビスクは後ずさりすると、テーブルにぶつかりカップが床に落ち割れる。
「お姉さま? どうかしたんですか?」
心配したブライスが声をかけるもビスクはいまだうわごとの様につぶやく。
「前線に…………私たちを前線に……連れてって…………こんな暗い場所じゃなくて……」
「だ、大丈夫ですか? ……あ、あれ……わ、私の腕はどこ? こんな……こんなのじゃなくて……もっと…………たしかな…………」
「お姉さま達? どうしたんですか?」
ビスクに続きブライスの様子もおかしくなり始めたことに動揺したキャストは天井を見上げると一部が下に下がり、隙間からガスのようなものが漏れ出す。
部屋の中にいた三人は一斉に静まり、眠りについた。
「おい、傷跡の処理をしないでキャスト・ドールを戻した責任者を後で呼び出せ……それと記憶の処理、鎮静剤投与……あと例の薬ももう二ミリグラム増やせ」
「は、はい……」
「奴らは貴重な戦力だ、精神崩壊でもされたらかなわん」
「え、ええ……重々承知しております……」
「くれぐれも勝手な判断はするなよ」
ハジメはそういうと部屋を後にするが、先ほどの茶髪の隊員が目に入りすれ違いざまに声をかけた。
「今監視室にいるやつ、もう少し教育しておけ……特に慣れないうちはな」
「あ、はい……申し訳ありません……」
「……あいつらが来てからもう一年か……ジェルナ、お前が連中を連れてきたんだ……せめて苦しめてやるなよ」
「……はい……」
そう言ってハジメは立ち去ると、ジェルナと呼ばれた茶髪の隊員は手に持っていたバインダーを抱えながら実験監視室へと入っていく。
実験監視室内では眠ったビスクたちを防護服を着た隊員たちが運び出しており、その様子を見たジェルナはマイクのスイッチを入れ中の隊員に声をかけた。
「ジェルナです、安定器は今メンテナンス中なので部屋の中に寝かせてください……処置は私がします」
「了解しました」
防護服を着た隊員は、部屋の中にあるソファやベッドにビスクたちを寝かせるとジェルナは防護服を身に着け部屋の中に入る。
「隣から薬類を持ってきてください」
「は、はい」
防護服の集団は部屋を後にすると一人部屋の中にいるジェルナは眠るビスクのほほにそっと手を添え、そっと呟いた。
「まだ癒えない傷を、何度も開いては閉じて……あなた達はそれでも幸せなの?」
寝息を立てるビスクは答えることはなく、ジェルナは運ばれた薬をビスクの首元に注射器の針を刺し、薬を注入する。
「また脱走しようとしたな……ん? 随分反抗的じゃ無いか……身の程を弁えろ、クローンの屑どもが」
薄暗い地下牢で五人の少女が裸で鎖でつながれる様子を見ながら、男は冷ややかな視線を送る。
「ち……違……違うんです…………私は…………反抗なんて…………」
声を上げた赤髪の少女は腹部に包帯が巻かれており、涙目になりながら訴えるも男は顔色を変える事無く、赤髪の少女は再び声を上げた。
「前線に…………私たちを前線に……連れてって…………こんな暗い場所じゃなくて……」
「それが動機か……くだらないな、戦争はもう終わったんだ」
「そ……そんな……じゃあ私達は何のために…………」
クローン兵士としての価値が失われたことに赤髪の少女は絶望し、他に繋がれていた少女たちも青ざめる。
だがそれでも男の顔色は変わらず、葉巻に火をつけると地下牢の扉を開けた。
「体が未熟なお前らは安値で買い叩かれたんだよ……だがまさかこんな下らない理由で何度も脱走されたらウチの店が摘発されかねないからな……ちょいと仕置きをさせて貰う」
男が道を開けると、頭にガスマスクを被りエプロンを身に着けた屈強な男たちが少女たちの前に並んだ。
「お前ら、ブッチャーって知ってるか?」
「い……いやっ! それだけは! お願い! なんでもするから! もう逃げないから!」
「そうか、知ってるなら説明が省けて何よりだ……じゃ、後は頼んだぞ」
「麻酔はどうします?」
「局所麻酔で済ましとけ、昨今麻酔も簡単には手に入らないからな」
「了解しやした」
「助けて! お願い! 私達もう反抗しないから! お願い……助けて……」
少女の涙ながらの懇願に男は一切耳を傾けず扉を閉めるとブッチャーは赤髪の少女を拘束から解放すると、すぐさま薬を両腕両足に注射すると少女は立つことが出来ずに地面に倒れる。
すぐさまブッチャーは少女を抑え込み、腰に付けていたナタを取り出すと少女の足に刃を添えた。
「効いてるのか? 麻酔?」
「即効性って聞いたし効いてるんじゃないか?」
「ま、死んでもそれならそれで見せしめになるって言ってたし……んじゃ切りまーす」
「やだ! 触るな! あぐっ⁉」
騒ぐ少女の首根っこを押さえ、紐を足にきつく縛り付けブッチャーは切断後の処置をした後、少女の足を切り落とす。
局所麻酔の為意識ははっきりしており、足にまるで紙で切ったかのような弱い痛みを感じ少女は視線を足元に向けると既に少女の足は切断されており、ゴミ同然に部屋の隅に投げ捨てられた。
「いやああああああああああ!」
少女は喉が裂けんばかりの叫び声をあげそのまま泡を吹き白目をむき失禁しながら意識を失う。
しかし拷問が止むことは無く、意識が無い事も構わずブッチャーは次は腕を切り落とし気づけばヒトデのように地面にへばりついていた。
それから一時間後、両腕両足を失い自らの尿と血の混ざった池に横たわっていた赤髪の少女はうっすら戻った意識の中ブッチャーと男が会話しているのが目に入る。
「二人はショック死しました、どうします?」
「クローン共の餌にしとけ、どうせ言わなきゃわからん」
「へい」
男は空いた缶コーヒーに灰を落としながら命令をすると、ブッチャーは部屋に転がっていた腕や足、そしてショック死した少女を抱えるとそのまま部屋を後にし、部屋にカギが掛かる。
「どこ……私の腕…………こんな…………こんな事って…………どこなの…………」
「無い…………感覚が…………立てない…………」
「ごめんね…………私が…………私が脱走なんて…………計画しなければ…………」
赤髪の少女は地面に涙をこぼすが、他の少女は自らが失った腕と足に夢中でありその声に非難も同情も帰ってくることはなかった。
「意識回復しました、バイタル安定してます」
「精神安定剤を注入後、麻酔を切って」
「了解しました」
ベッドに横たわったビスク達から器具類を外し、隊員たちは慌ただしくも物音を立てないように部屋を後にする。
ジェルナも静かに実験監視室に戻り、ビスク達が目を覚ますまで待つ。
数時間後、ビスク達は目を覚まし寝ぼけ眼で欠伸をしながら目を覚ますとブライスたちを揺すって起こす。
「ねぇねぇ、起きて」
「ん……はい? どうしましたお姉さま?」
「……よく覚えて無いんだけど怖い夢を見たような気がして……」
「あら? 頭を撫でましょうか?」
「いらないわよ! 私はリーダーなのよ!」
「流石お姉さま!」
「……寝起きなのに元気ですね、お姉さま達」
キャストも目を覚まし、三人は先ほどと変わらず談笑を始めその様子を見ていたジェルナはほっと胸を撫でおろす。
「良かった……」
コーヒーに口を付け、ジェルナはレポートに出来事を事細かに記入し始める。
すると館内放送のチャイムが鳴り、ハジメの声がスピーカーから鳴った。
「ビスク・ドール……至急武装し3番出口に、そのままリバー街道奪取の作戦に参加してくれ」
「あら? 私の出番ね!」
「行ってらっしゃい!」
部屋の奥にある壁がせり上がると奥に続く道が現れ、ビスクドールは部屋を後にする。
同刻、作戦室ではカトル、ハジメ、英二が椅子に腰かけながら部屋を後にする隊員を見送っていた。
「お疲れさん、まさか傷隠ししないだけでトラウマを踏むなんて思わなかったな」
英二がココアを呑みながらハジメに声を掛けると、ハジメは眉にしわを寄せながら答える。
「理屈も知らんのにやった時間だけで分かった気になる馬鹿が、一人で作業するのが悪いんだ……そこら辺の指導もしなくちゃな」
「まぁまぁ、ウチの総帥さんが言ったんだし懲りるだろ」
「そうあってほしいが……」
ハジメはコーヒーを口を付け椅子の背もたれに寄りかかる。
「ハジメ、ドール達は元気なのか?」
「……さっき報告書を見せた通りだ、心身ともに健康で時折過去のトラウマを思い出しては暴れる程度だ……その度ちゃんと処置はしている、戦闘中も鎮静剤で制御してる」
「そうか……なら良いんだけど……僕らは全員仲間だ、余り負荷を掛けないでやってくれよ」
「それは分かってる、だが勝つためならいずれそうも言えなくなるだろうよ」
「と言うか負荷云々に関してはもはや名前の時点でかかってそうだけどな、両手両足が無いアイツらが座った姿が熊の人形に似てるからドールって……それに心臓に発電機を埋め込んだりして……」
英二が冗談交じりに言うと、ハジメは英二を睨んだ。
「あ、俺そろそろ出撃準備しないと……」
「英二、帰ったら話がある」
「ははは……まぁなんだ、行ってきまぁ~す!」
ハジメの怒気に英二はそそくさと作戦室を後にし、ハジメはため息を吐く。
「ハジメ、今のは本当か?」
「……彼女らの了承は取ってる、それに開発中の新技術のテストにも役立っている」
「一応言っておくが、彼女らはモルモットじゃない……ハジメ、お前なら分かってると思うが……僕達はフォルンと同じ非人道的な事はしてはいけない、僕らが僕らであるために、良心を失うようなことはあってはいけない」
諭すような言葉でカトルは語り掛けるが、ハジメはどこか腑に落ちないような表情柄コーヒーを飲み干した。
「……分かってる、俺も出来ればそうあるべきだと思ってる……だがな、カトル……綺麗言だけで勝てる戦いじゃない事は重々承知してるだろう? 前のレジスタンスのように、どれだけ綺麗に戦い抜いても結局最後に残ったのは国の恥さらしと言う烙印だけだった」
「だとしても……」
「現場指揮は俺の仕事だ、カトルの意思も尊重する……が、俺のやり方をさせて貰う」
ハジメは作戦室を後にし、部屋に取り残されたカトルは椅子の背もたれに寄りかかり呟く。
「……あの人たちがどうやって皆を纏めていたのか……結城さん……海斗さん……アンダーさん……誰でもいいから、助言をくれよ……」
からのカップの底を見つめながら、カトルは静かに弱音を吐いた。
どうもこんばんわ
GW十連休勝ち取れなかった民です。
やっぱ拷問シーンって難しいね




