37.領地が安泰?
絶対におかしい。
あれから馬車は走り続け、とうとう丘の上のベルンブルグのお城のような屋敷が見えなくなった。
随分と走っているけれど一度も休憩がなく、来る時はもちろんこんなに長時間馬車には乗っていなかった。
買った物もここにあるし、馬車の中の内装もベルンブルグの紋章がついた壁紙だし、馬車は乗り間違えていないはずだけれど。
窓の外はもう店も家もなく、ただの草原。
いったいどこに向かっているのだろうか?
「あ、あの鳥……」
まるで燃えているような赤い鳥が馬車の横を飛んでいく。
初めてマティアスに会った日にも飛んでいた鳥が、今日もマティアスを呼びに行ってくれたらいいのにとフローラはありえない願いをしてしまった。
店で待っていると、ここで待っていると約束をしたのに。
マティ様、ごめんなさい。
フローラは不安で何度も触ってしまう真紅のネックレスに再び触れながら、窓の外をジッと眺めた。
日が傾き始めた頃、再び建物が見え始める。
古い建物が多く並んだ街は夕方だからか人通りはなく、まるで廃墟のような雰囲気の薄暗い道。
少し不気味な街にフローラはブルッと身震いをした。
「あ……」
どうしよう。馬車が止まってしまった。
逃げるといっても足は遅いし、ここがどこかもわからない。
でもとりあえず馬車が開いたら、馬車が走ってきた方向に向かって走って、人を探してベルンブルグに戻りたいって頼んで……。
できることはあまりないが、やるだけやってみようと思っていたフローラの想いは、馬車の扉が開いた瞬間、無駄だとわかった。
「手間をかけさせおって」
「……叔父様?」
と、ランス伯爵。そして二十人くらいの男たち。
その中にベルンブルグの騎士服の男と御者の男の姿もあった。
どうして? あの人はベルンブルグの騎士じゃないの?
「少しは見られる姿になったじゃないか」
髪も綺麗に整えられ、イヤリングにネックレス、清楚なワンピース姿のフローラをランス伯爵は舐めるように見る。
そのイヤな視線にフローラは目を逸らした。
男に腕を掴まれ馬車から引きずり降ろされたフローラは、逃げる隙も全くないまま建物の中に連行される。
街の食事処のようなテーブルと椅子が並ぶ大きな部屋の片隅の扉を見知らぬ男が開けた。
「……っ!」
扉の向こう側、真正面にいたのは蛇。
水のような色をした変な蛇だ 。鎌首をもたげた蛇がジッとこちらの様子を窺っている。
「ほら、入れ!」
「へ、蛇が……」
「いいから入れって!」
埃まみれの部屋へと突き飛ばされたフローラは、部屋に閉じ込められてしまった。
シュルッと逃げた蛇もどこにいったかわからない。
どうしよう、蛇が近くにいたら。
蛇って噛むのかな。毒とかあったらどうしよう。
でも何も見えないし……。
明かりがない部屋に目が慣れるまで、フローラは大人しくジャリジャリの床に座り続けるしかなかった。
「はははは。これでうちの領地も安泰だ」
「ランス伯爵、どうかうちの領地にも恩恵を!」
領地が安泰? 恩恵?
どういうこと?
微かに聞こえてくる声は叔父の声とランス伯爵の声だろう。
「……様は明日の夕方にはこちらに」
誰が来るの?
「うわははは。あの容姿なら完璧だ」
笑いが止まらぬわと上機嫌なランス伯爵の声が響いてくる。
「食事はどうしますか?」
「一日くらい与えんでも死にゃせんだろう。そのまま閉じ込めて置け」
「わかりました」
男たちはお酒でも飲んでいるのだろうか?
賑やかな声が聞こえてくる。
どうでもいい話題のせいで、叔父とランス伯爵の声はそのあとほとんど聞こえなかった。
明日の夕方、ここに誰かが来ると領地が安泰になる。
聞こえた話を繋げるとそういうことになるけれど、意味がわからない。
どうしよう。もう夜なのに。
アレクシスは泣いていないだろうか?
ご飯はちゃんと食べただろうか、お風呂も嫌がらずに入っただろうか。
「……マティ様、ごめんなさい」
本屋で待っていればよかった。
もう少し本を選んでいますと騎士の申し出を断ればよかった。
そうすれば今頃はいつもどおりアレクシスとマティアスと一緒に過ごすことができたのに。
フローラは部屋の片隅で膝を抱えながら真紅のネックレスを握りしめた。




