04 アルベリヒ教授の推理②
――クレイグ・ペリグリン
アルベリヒのかつての教え子で、後の共同研究者だった男。
今から二年半ほど前に、彼は『禁忌の魔術』を行使した罪で処刑された。そして、彼の子どもたちもその魔術に巻き込まれ、実子・養子を含め四人が死亡、残りの養子四人は意識不明で教会が保護するという大惨事となった――
(子どもは生きていたのか……? 確かに彼の面影がある。名前。なぜ俺は彼の息子の名前を思い出せないんだ!)
思えば、彼は自分との会話の中で、あえて家族の名を口にしないようにしている節があった。アルベリヒはそのことに思い至ったところで、ギュッと眉根を寄せた。
(はじめから、この世界から本気でいなくなるつもりだったのかクレイグ!)
ファルコからの視線を感じて、慌てて現実に思考を引き戻し、彼に向き直る。
「……ありがとう。とても良くできている」
「っ! ありがとうございます!」
ロザリンド少年は教授からブローチを受け取ると、教授の長考を不審がる様子もなく嬉しそうに笑顔を見せた。
「さて、『かくれんぼ』用の布の話に戻ろうか。このままでは重くて『かくれんぼ』には向かないから軽量化のアイディアが欲しい、ということでいいかな?」
「はい!」
教授の確認に、ファルコは歯切れよく返事をした。
丁寧に前提を確かめた上で、議論を進める話し方。それは、彼の父親がよくやっていた対話の仕方と同じだった。ファルコは、それをどこか懐かしく思った。
教授は、「あれはどこだったかな?」と呟きながら研究室の棚を漁り、緩衝材に包まれた金属を取り出した。
「研究室で眠っている素材を分けてあげよう。これの魔力の遮断率は、君の布に使われている金属とほぼ同じ。比重では約四分の一ほどだ。ただし、コイツの加工には加熱が必要になるが……」
図面を確認しながら、アルベリヒ教授がそう告げる。
「そんな! 相談に乗っていただいた上に、材料まで譲ってもらうわけにはいきません!」
ファルコは、教授の手を押しとどめるポーズをとる。
「なに、私にとっても、保管場所を占めていた素材が、学生の面白い魔道具として生まれ変わるのをみるのは楽しみのひとつだ。その代わりに、しっかり完成させて報告してくれ」
彼は、突き出されたファルコの手をひっくり返すと、その上にバルク材を乗せる。
「――!」
ファルコは、驚きから喜びへと表情を変えた。それは見た目よりもずっと軽かった。
「そりゃ、素材を触れば理解も早いよな?」
アルベリヒは、懐かしいものを見る目で、ファルコを眺めていた。
「何か聞きたいことがあれば、また尋ねてくるといい」
ファルコの反応に満足した様子で、教授は言った。
「はい! 今日は本当に、ありがとうございました」
さっきまでの戸惑いはどこへやら。ファルコは大事そうに布、図面、教授にもらった素材をしまい、素早く帰り支度を済ませると、深々とお辞儀をして研究室を後にした。
♢
「さて……」
執務机に座り、すっかり冷めてしまったコーヒーを渇いたのどへと流し入れたアルベリヒは、深いため息とともに目を閉じ、頭を反らした。
(わからないことだらけだが、課題を整理しよう…… 1.クレイグの息子が生きている理由 2.身元を偽ってまで学園に入った理由 3.魔力を隠蔽する布が必要な理由――まずは、この三点か)
アルベリヒは、上着から手帳を取り出し、巻末の辺りを開く。切り取られ貼り付けられた記事の見出しには『狂気の魔術師による、悪魔の人体実験』と書かれている。手帳のページをめくり、空白にペンを走らせる。
(1.に関して。公式発表は教会から出されている。教会は子どもを『行方不明』ではなく『死亡』として扱った。なぜ? 探されたくないからか……)
クレイグの実子・養子とも、公式発表でも名前は出てこず、無機質な数字が並ぶだけだ。
(だとすると、『子どもが教会から身を隠す』『子どもはどこにも駆け込まない』ことが前提だ。『子ども』が教会から逃げる動機はなんだ? ……やはり『禁忌の魔術』の中身がわからんことには……)
アルベリヒは目頭を指で押しながら考える。この二年半、クレイグが何をやろうとしたのかをずっと探っていた。クレイグは、『禁忌の魔術』についてのヒントを、何も残していなかった。
あの頃、クレイグの家族を除けば、彼と最も長い時間行動を共にしていたのは、おそらく自分だ。どこか鬼気迫る彼の様子に薄々気づいていながら、教え子の命と彼の家族を救えなかったことを、アルベリヒはずっと後悔してきた。
アルベリヒは再び手帳に書き込みはじめた。
(1.の前提が正しければ、2.の目的は教会か。距離も近く、学園とも繋がりがある……『保護された家族』に会いたいのか。オルティス学園の学生という身分はいい隠れ蓑だな)
十五歳の少年は、教会という大きな組織を相手にしながら、息をひそめ身元を偽りこの学園に来たわけだ。
(とはいえ、独りぼっちというわけではなさそうだ)
アルベリヒは、ロザリンド家のいかつい家紋がデザインされたブローチを思い出して、小さく笑った。
(3.は……さて、彼からは隠さねばならないほどの高い魔力は感じなかったが……彼にはまだまだ秘密が多そうだな)
アルベリヒは上着に手帳をしまい、少年が再びこの研究室にやってくる機会を待つことにした。




