03 アルベリヒ教授の推理①
工学研究棟の入口で、ファルコは棟内案内図を眺めていた。目的の場所は、五階の「魔道具工学研究室」だ。
受付で、魔道具工学の教授への面会を申し込む。幸い、それほど待つこともなく部屋に通されることとなった。
一方、面会を許可したアルベリヒは、「新入生が入学したその日に」面会を申し込んできたことを面白がって、予定をずらして受け入れた。誰が訪ねてきたのかも、大方予想はついていた。
研究室入口の魔道装置が動く。『面会予約の学生が到着しました』という音声と共に、来訪者の顔が小さなスクリーンに表示される。
幼い顔立ちに不釣り合いなモノクル。やって来たのは教授の予想した通りの人物だった。
「どうぞ入ってくれ」
親しみやすさを含んだ声で、アルベリヒ教授がファルコを招き入れた。
ファルコはわずかに背中を丸めていたが、扉が閉まると、息を吸い姿勢を正して言った。
「はじめまして。第一学年、ファルコ・ロザリンドです。先生に、相談があって参りました」
ペコリと直角にお辞儀をする。「挨拶はきっちり。用件は手短に!」ファルコの耳元で、養親の声が聞こえた気がした。
「わかった。詳しく聞こう」
執務机から立ち上がり、教授はファルコに来客用の椅子を勧めて、向かいに座った。
「ありがとうございます。早速ですが、私がこれまで取り組んできた自主制作の魔道具を、先生に見ていただきたいのです」
教授は、「ほう」と声を上げ顎に手をやると、彼が鞄から取りした、一見するとただの布にしか見えないそれを面白そうに眺めた。
続けて、ファルコは図面を取り出し、机に丁寧に広げる。
「どれ……」
と、教授は身を乗り出して図面を覗き込むと、何かに気づいたように怪訝な顔をした。
ファルコは説明を始めた。
「この布は……魔道回路はありません。強い魔力を魔力感知にかからないよう、遮断するための布になります」
「ふむ」
「布には特定の金属繊維を織り込んであります。私が自分で測定したときは、効果は期待する程度に得られたのですが……重さが……」
教授はファルコに断りを入れ、テーブルに乗せられた布を「よいしょ」と声を出して手で広げた。手触りも見た目もそう悪くないが、その布は大変重たかった。
「少し魔力を流してみても?」
「どうぞ」
ファルコが手のひらを向けて勧めた。
「走れ、力よ」
低く、短い詠唱。流れ出した魔力は、指先から先には進まず霧散する。
「なるほど、全く魔力が入っていかない。物としては、良い仕上がりだな」
アルベリヒ教授は、笑顔で布に顔を近づけて、細かい確認をした。
「この布の使用目的は何かな?」
教授の質問に、途端にファルコは目を泳がせた。
(やばい、何も考えてなかった――!)
「あー、えーと……」
テーブルの上で組んだファルコの指がせわしなく動く。
「うん?」
「あの……全力……かくれんぼです!」
教授は布を取り落としそうになりながら、爆笑するのをなんとかこらえた様子だった。
「ははは、それは楽しそうだね。誰とやるの?」
(誰と――! それはもちろん……いや、違う。表向きの答えを)
「……クラスメイトです」
「ふはっ」と、教授が吹き出した。
「OK、OK。ではこれは、クラスのだれかの『強い魔力』を、『感知力の高い』別のクラスメイトの目から隠すための物、と想定していいね?」
ファルコは脳内で条件を確認してから、「はい」と背筋を伸ばして答える。
「ロザリンド君はコーヒー飲む?」
布を軽くたたみテーブルに乗せてから、教授は衝立の奥に向かいながらファルコにきいた。
「ありがとうございます。いただきます」
ファルコは追い返されなかったことにホッとしながら、そう答えた。
アルベリヒは、魔道具で適温のまま保たれていたポットを持ち上げ、コーヒーをいれはじめた。
(まず、あの設計図。書き方の癖は、クレイグのものとそっくりだ。どこかで彼の手ほどきを受けた、十五歳……)
アルベリヒは、頭に浮かんだ可能性に動揺し、手元を狂わせた。
「あちっ」
はねた熱湯が指に当たって、思わず声を上げる。
「教授、大丈夫ですか?」
ファルコが立ち上がる気配がした。
「すまない。大丈夫だよ」
再び椅子が戻される音がする。コーヒーをドリップさせながら、アルベリヒの手がかすかに震える。
皿にコロンとしたメレンゲ菓子を盛り、ひとつ深呼吸をすると、教授の顔を取り繕いファルコの元に戻った。
ファルコは、コーヒーを渡され「いただきます」と行儀よく言うと、教授の着席を待った。教授は手で菓子を勧めながら言った。
「ところで、ロザリンド君。君は入学式のときもそれで何かを見ていたね?」
教授は、自分の右目あたりを指して言った。ファルコは口に含んだコーヒーをギリギリで飲み下してむせた。
「ゴホッ、アルベリヒ教授……すみません」
「いやいや、説教する気はないんだ。人が作った魔道具は興味深くてね。あ、でも教室には着用していかない方がいいぞ? 意味はわかるね?」
魔道具で別の物を見ることができる、即ちカンニングを疑われるということだ。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ファルコは大人しく頭を下げた。
「それで……差し支えなければ、受信機の本体をちょっと見せてほしいんだ」
ファルコは何の躊躇もなく、ポケットからブローチを取り出すと、一旦接続を切って教授に差し出した。
アルベリヒはヘッドルーペを着用してから、いかつい家紋入りのブローチを受け取り、裏返した。少し明るい場所に移動するふりをして、ファルコから顔が見えないようにする。
(――!)
道路地図のように、きれいに直角に揃えられた几帳面な回路。組み方を教えられたときに、そのまま癖までトレースしてしまったのだろう。
「……これは、君が作ったものなんだね?」
「はい」
自作品を凝視されたファルコは、恥ずかしそうに答えた。
(――確定だ。ファルコ・ロザリンドは、クレイグ・ペリグリンの息子だ)
アルベリヒは、ルーペを片手で外し、目頭を押さえた。




