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第12章:盟約と紅き嵐

ヴォイド・キングの起源 (THE ORIGINS OF VOID KING)

第1巻:無の中のバグ (Volume 1: The Glitch in Nothingness)

第12章:盟約と紅き嵐 (Chapter 12: The Covenant & The Red Storm)

【前編 - 悪魔との契約】 (PART 1 - THE DEAL WITH THE DEVIL)

死のような静寂が洞窟を包み込み、ほんの数秒前までそこにあった温もりを完全に飲み込んだ。シチューの香りと無邪気な笑い声が舞っていた家族のような空気は、一瞬にして消え去った。それは墓場のような静けさにすり替わり、消えかけの焚き火がパチッ…と鳴る不気味な音だけが響いていた。

急激に気温が下がる。じめじめとした岩肌に霜が降り始める。レオ、リア、そしてセラは身震いした――それは刺さるような寒さからではなく、目の前に立つ『神』のごとき存在から放たれる重圧によるものだった。ノヴァの冷酷で計算高い声がクオンの唇から紡がれた時、まるで死神が直接血管に囁きかけ、血を凍らせるかのような錯覚に陥った。

「あなたたちは、何もしなくていいのです」ノヴァは重々しく、いにしえの絶対的な響きで告げた。その一音一音が、洞窟の深くまで反響する。「ただ、私に完全に、そして徹底的に服従すればいい」

今やノヴァの意識の単なる『器』と化したクオンの姿勢が、劇的に変化した。無邪気で子供らしいオーラは消え失せ、代わりに深淵の皇帝のような威圧感が現れた。その無垢な顔には、計算された薄い笑みが浮かんでいる――それは魅惑的で美しく、同時に触れれば確実に死を招く毒花のような、恐ろしい魅力を放っていた。

「条件を明確にしておきましょう」石壁に響くノヴァの声は、決して覆ることのない古代の法令のように聞こえた。「この儀式の後、あなたたち三人は想像を絶する力を手に入れるでしょう。【虚無ヴォイド】の無限にして破壊的なエネルギーが、あなたたちの血管を駆け巡る。その脆き定命の肉体は完全に書き換えられる。しかし……あらゆる奇跡には代償が伴うものです」

クオンのオッドアイ――片方は純粋で息苦しいほどの闇、もう片方は燃え盛る黄金の業火――が、悪魔的な輝きを放った。

「あなたたちは永遠に『自由』を失う。その魂は、見えざる絶対の鎖によってこの少年に縛り付けられる。彼が死ねば、あなたたちも死ぬ。あなたたちの存在そのものが、彼の意志の延長となるのです。さあ、この究極の契約を結ぶ覚悟はありますか?」

セラは無意識に一歩後ずさりし、陶器のような白い肌から血の気が引いた。「私たちの自由が……永遠に奪われる……?」彼女は震える声で囁いた。

リアも恐怖に喉を詰まらせ、生唾を飲み込んだ。「それって……奴隷になるってこと? 永遠に化け物の囚人になるの? 自由意志を奪われて……?」

彼女たちの過去のトラウマが、生傷のように開いた。人間の帝国による抑圧から逃れるため、想像を絶する苦痛に耐え、死に物狂いで戦ってきたのだ。それなのに今、血を吐く思いで手に入れた尊い自由を、よく分かりもしない影の存在に差し出せと言われているのだから。

しかし……レオは一歩も引かなかった。彼の獣の瞳には、一滴の恐怖も宿っていなかった。

彼は『厄災の神』のベール越しに、その下にいるクオンを真っ直ぐに見つめていた。ほんの数分前、涙目で無邪気に食べ物をねだっていた、あの少年を。

(レオの心の声)『外の世界に俺たちの居場所があるか? 人間帝国は俺たちをゴミのように扱い、狂犬のように殺し、「亜人ハーフブリード」の烙印を押す。外に出たところで、待っているのは屈辱と死体の山だけだ……』

レオの視線はクオンの顔に釘付けになった。その口元には、まだシチューの汚れが微かに残っていた――無邪気な子供と、世界を終わらせる神という、現実離れした残酷な対比。

(レオの心の声)『この坊主は……世界で一番恐ろしい化け物かもしれない。だが……俺たちの命を救ってくれた。俺たちを安心させるために隣に座り、一緒に遊び、同じ鍋の飯を食ってくれた。人間どもは、これっぽっちも俺たちを「人」として扱っちゃくれなかったのに!』

レオは爪が手のひらに深く食い込み、細い血の筋が垂れるほど強く拳を握りしめた。彼は頭を高く上げ、胸を張って誇り高く吠えた。

「ちっぽけな『自由』とやらを捧げるだけで、真の力と……」レオの声は震え一つなく、戦士の雄叫びのように響き渡った。「神の絶対的な庇護が得られるっていうなら……それがどうしたって言うんだ!」

リアとセラは驚愕の表情でレオを見つめた。レオは彼女たちを振り返り、その獣の瞳には揺るぎない信念の炎が燃えていた。

「考えてもみろ! 俺たちがくだらねぇプライドにしがみついてここを出て行ったら、誰がこのガキの面倒を見るんだ? 神の力を持っていようが、中身はこの世界の胸糞悪さも知らねぇ世間知らずの子供なんだぞ。俺たちが彼を必要としているように、彼だって俺たちを必要としてるんだ!」

一切の躊躇なく、レオはクオンの真正面に進み出て、膝をついた。そして、冷たく汚れた土の床に額をこすりつけた。

「俺は魂を捧げる覚悟ができている。あんたの影の中こそが、俺の唯一の居場所だ」

リアとセラは顔を見合わせた。心の中の疑念の霧が、灰となって消え去っていく。レオの言う通りだ。外の世界で野良犬のように殺されるくらいなら、『虚無のヴォイド・キング』の最初の先兵として生きるほうが何倍もマシだ。

深く息を吸い込み、二人の少女も前に歩み出て、レオの隣で膝をつき、絶対的な服従を示すように頭を垂れた。

「私たちも覚悟はできています。私たちの生も死も……今、あなたに捧げます」

クオン(ノヴァ)の顔に、冷酷でありながら絶対的な満足感に満ちた笑みが広がった。『虚無の派閥ヴォイド・ファクション』の最初の種が、見事に蒔かれたのだ。

「賢明な判断です」ノヴァの声は、原初の呪文のように響いた。「では……あなたたちの『新生リバース』を始めましょう」

【後編 - 紅き嵐】 (PART 2 - THE RED STORM)

洞窟内の大気が再び激しくうねり始めた。機械的で計算された冷たさが蒸発していく。ノヴァは物理的な器の制御を手放し、その意識をクオンの精神の最も深く暗い奥底へと後退させた。

クオンが、戻ってきた。

しかし……ゆっくりと目を開けた彼の瞳に、いつもの無邪気なパニックは存在しなかった。その無垢さは、恐ろしく底知れない『深淵』へと置き換わっていた。彼は心の奥底からノヴァがやったことを全て見ており、そしてそれに同意していた。彼には仲間が必要だった。もう孤独で怯えるのは嫌だった。今や、この三人は永遠に彼のものである。

クオンの体がふわりと浮き上がり、足が地面から数センチ離れた。彼は右手をゆっくりと上げる。その顔には一切の感情がなく、まるで無慈悲な死神のようだった。彼は唇を開き、たった一言だけを発した。それは要求ではなく、音の壁を超えて現実そのものを書き換える『神言コマンド』だった。

「跪け(ひざまずけ)」

――ズドーンッ!!(BOOM!)

その言葉が口から放たれた瞬間、洞窟内の重力が数千倍に跳ね上がった。レオ、リア、セラの三人は、まるでボロ布のように石の床に顔面から叩きつけられた。

メキメキッ! 洞窟に骨のきしむ不快な音が響き渡る。見えない巨大な山が背骨に直接のしかかってきたかのようだった。レオは歯を食いしばり、首の血管が破裂しそうなほど膨らみ上がったが、筋肉一つ動かすことができない。これは物理法則を完全に無視した力だった。

クオンは両腕をゆっくりと広げ、破壊の宇宙交響曲を指揮するマエストロのように宙を舞った。

――ゴオォォォォッ!!(ZWOOOOOM!)

洞窟内の空気が完全に狂乱した。漆黒の闇と血のような赤いエネルギーが渦巻く局地的な竜巻が、クオンの足元から爆発的に巻き起こった。それはミリ秒の間に膨張し、地に伏せる三人の体を完全に飲み込んだ。

超音速で吹き荒れる風は、何千もの悪魔の剣が盾に激突するような耳障りな轟音を立てた。だが奇妙なことに、この強風は彼らの服を裂きもせず、肌を切ることもなかった。これは破壊の嵐ではない……『創造』の嵐なのだ。

暴風雨が彼らを能動的に書き換えていく。深淵のエネルギーが毛穴から浸透し、彼らのDNA、細胞構造、そして魂そのものをミクロのレベルで強制的に作り変えていく。

――バリバリッ! バチィィッ!(CRACKLE! ZZRRRT!)

突如、クオンの両手と胸から恐ろしい【紅蓮のクリムゾン・ライトニング】が迸った。血に飢えた毒蛇のように宙を舞った赤い稲妻は、竜巻に向かって一直線に飛び込み、亜人たちの身体を激しく貫いた。

「グアァァァァァァッ!!!」

レオの咆哮が洞窟を揺るがした。その苦痛は人間の理解を超えていた。体中のすべての骨が戦槌で粉砕され、瞬時に溶けた銀で再結合されるような感覚。血管を流れていた脆き定命の血は沸騰して無に帰り、代わりに灼熱の、無限の密度を誇る【虚無のヴォイド・ブラッド】が心臓を激しく打ち始めた。

リアとセラの悲鳴は、轟く嵐の音に完全にかき消されていた。圧倒的な宇宙のエネルギーを浴び、彼女たちの華奢な身体は激しく痙攣した。細胞が破裂しては、同じミリ秒の間に再生を繰り返す。それは最も苦痛に満ちた、しかし最も壮麗な『強制進化』の儀式だった。

一秒……一分……。

二分間にわたる地獄のような苦しみの中で、この恐ろしい死と再生の舞踏が荒れ狂った。洞窟の分厚い石壁が激しく揺れ、土埃や小石が降り注ぐ。まるで世界そのものが、深い恐怖に震えているかのようだった。

そして……嵐が始まった時と同じくらい唐突に、それは止んだ。

――スゥッ。

紅蓮の雷が消え去る。吹き荒れていた風が止む。洞窟内の空気は静まり返り、ふわりと舞い落ちるダークで幻想的な灰で満たされていた。クオンは音もなく降下し、再び石の床に足を下ろした。

ゆっくりと土埃が晴れる。洞窟に残された音は、床に倒れ伏す三人の荒々しく重い息遣いだけだった。

地面に横たわる者たちは……もう二分前の彼らではなかった。

レオがゆっくりと頭を上げる。彼の獣の瞳はもはや薄い黄色ではなく、威圧的な深紅の輝きを放っていた。体格は一回り(十パーセント)大きくなり、筋肉の密度は鋼鉄のように強靭に見えた。腕には奇妙な漆黒の『虚無の刻印ヴォイド・マーク』が這うように浮かび上がっている。

リアとセラの肌は、闇の幻想的な美しさを放つ完璧な陶器のようになっていた。彼女たちの瞳の奥にも、黒と赤のオーラが揺らめいている――それは、彼らが手にした恐るべき新たな力の、紛れもない証明であった。

レオは自分の手を見つめ、拳を握りしめた。筋肉を動かしただけで、拳の周りの空気が弾け、空間が歪む。感じた。血管を流れる、果てしなく恐ろしい力の海を。

「何よ……この力……」リアは震える指先を見つめながら囁いた。一撃で山を粉砕できるほどの力感がそこにあった。

レオはクオンを見上げた。無言のまま、彼はその巨大な体を再び土に平伏させた。しかし今度は、恐怖からではない……死をも超越する、絶対的で不滅の『忠誠』の証として。

「我がマスター……」レオの声は一段と低く、恐ろしい重低音で響いた。「あなたは我々に力を与えただけではない。二度目の命を与えてくださった。今日から時の果てまで、この三つの魂はあなただけのものです」

クオンは彼らを見下ろし、微かに、優しい笑みを浮かべた。彼の無邪気さはほんの少し戻ってきたが、あの瞳の奥の冷酷な『深淵』は、永遠にそこに留まり続けるだろう。

ノヴァの声が直接クオンの脳内に響き渡る。

『マスター、「虚無の派閥ヴォイド・ファクション」の最初のページが刻まれました。世界は覚悟すべきです……この「紅き嵐」は、決して止まることはないのですから』

洞窟の外では、空が唐突に、吐き気を催すほどの深い真紅に染まっていた。雲ひとつない空から、まるで新鮮な血のようにドロリとした赤い雨が大地に降り注ぎ始める。

『人間帝国』の全土において、古の寺院の巨大な鐘がひとりでに鳴り響き始めた……それは、恐ろしい厄災の前兆。

【虚無のヴォイド・キング】が目覚めた。そしてそれは、彼の悪魔の軍団の誕生を意味していた。

【続く……】 (TO BE CONTINUED...)

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