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63.輝きはその時の状況で見え隠れする


 駅のホームで電車の到着を待っている間、名乃は周囲に意識を向ける事も忘れ千歳に言われた言葉をずっと反芻していた。


(私がサイコパス? 狂ってるのは他人の人生に土足で踏み込んでくるアンタ達の方でしょ? どいつもこいつも、ちょっと()()()()()()途端に被害者ヅラして、本当に腹が立つ。処理されたくないなら私とキズナの世界に立ち入らなければいいのに)


 憎しみの感情を携えたまま虚空の一点を見つめる名乃。そのあまりに近寄り難い剣幕を偶然目にした周囲の人達はおずおずと距離をとり、いつの間にか名乃の周りに誰もいない異様な空間が出来上がっていた。


「いや待って、何で私こんなにイライラさせられてるの?」


 ふと冷静になり、何故自分がここまで不機嫌になっているのかを考察する。

 普段なら有象無象の(さえず)りごときで気持ちが揺さぶられる事など万に一つもない。

 いや、最近出会ったあのいけ好かない守護霊たちだけは不覚にも毎度心をかき乱されるが、まあアレらは特例中の特例という位置づけでいいだろう。非常に不本意極まりないが……。


(これは精神的に疲れてるわね)


 今日一日を振り返り、精神的どころか肉体的にも疲弊するほど歩き回っていたことを思い出し、そりゃそうかと納得する。もしもこんな不安定な状態でキズナに会ってしまえば、歯止めが効かず瞬く間に襲ってしまうかもしれない。

 それはとても素晴らしい悦楽を味わえるのかもしれないが、同時に取り返しのつかない最悪な結果を招く恐れもある究極のギャンブル。抗い難き至高の誘惑。




 (ゆえ)に、熟考する。


 ――――――


 ――――


 ――





「――――――もおッ……!!」





 結局、名乃は絆の家に行った際のあらゆる可能性を考慮した後、溜め息混じりにスマホを取り出すのだった――













 ――午後六時半


 名乃が家に来る前にさっさと晩御飯を済ませて連絡を待っていた絆だが、いざ名乃からメールが来たと思ったらその内容は『今日は……やめとくね』という拍子抜けするものだった。


「おいマジかよアイツ。いやそれならもっと早く連絡よこせよクソッ」


 少しでも名乃を待たせまいと爆速で食べたのが無意味に終わり、ソファの上で一気に脱力する絆。




 その様子を間近で見ていた守護霊の三人が、お互いに顔を見合わせる。



「ダーリンてば、いったいどうしたのかしら?」


 自分のこめかみに当てられた唯の両手を掴みながら心配そうに絆を見つめる雅。


「たぶんだけど、柊木さんが来れなくなったんじゃないかなー」


 なんとなく予想のついた唯が雅の頭をグリグリしていた手を止めて答える。因みに二人ともつい先程まで本当にどうでもいい事で取っ組み合いをしていた。


「まさかあの子ったら、直前になって逃げ出したのかしら?」


 神妙な顔つきで推察する楓が、今日学校で名乃に向かって殺気を飛ばしたことを思い返す。

 彼女に限ってそんな弱腰になるような態度を他人に見せつけるとは思えないし、自分もそんな柊木名乃を少なからず認めてはいるのだが、もしかしたら思った以上に殺気が強すぎたのかもしれないと感じたのだ。

 今思えば、屋上で睨みつけた時も彼女の身体は震えていたように見えた。


「まあ分からなくもないわ。なにせこのワタシを本気で怒らせたんだもの、怖気付くのも無理ないわね」


 そう言って唯の手を払いのけながら鼻高々にふんぞり返る雅だが、そんな高飛車女を冷ややかな目で一蹴した唯が腕を組みながら心の引っ掛かりを口にする。


「ん〜、あの柊木さんがアタシ達を避けようとするなんてちょっと信じられないっていうか……絶対ないと思うんだけど」


「私もそう思うわ。でも、それなら何故こんな直前になってから約束の取り消しを?」


「だぁから言ってるでしょ! このワタシに恐れ(おのの)いてビクついてるのよッ」


「いやそれはない」


「ンなぁ〜んでよぉお〜ッ!?」


 唯のそっけない返事に雅が触れもしないソファをバンバン叩く仕草をする。

 そこで絆が一つ溜め息を吐きながらきちんと座り直すと、申し訳なさそうに三人に声をかけた。


「皆ごめんな。今日ナノが来る予定だったのに、いきなりドタキャンされちまった。アイツから言い出した事なのに、我が(まま)でホントごめん」


 そう言って頭を下げる絆を見て、すぐに雅が真正面に回り込むと絆の腕に両手を添えながら――やはり感触はない――声をかけた。


「違うわよッ、ダーリンは何も悪くない! 悪いのは全部あの性悪寝ぼすけ女よ! ダーリンをこんな気持ちにさせるだなんて、今度会ったらボコボコにしてあげるんだから!」


「アンタねぇ、せめて理由くらい訊こうとしなさいよ」


「何だかとても野蛮だわ、雅」


「うっさいわね! 大体どちらかと言えばアンタもこっち寄りでしょうがカエデぇーッ!」


「あら、それは聞き捨てならないわね。少しだけ傷ついてしまったわ♪」


「楽しそうに言うセリフじゃないのよッ、まったく!」


 どう見てもダメージ一つ負っていないフフフな楓に弄ばれたようで、ちょっぴり不機嫌になった雅がプイッとそっぽを向く。


 程なくしてポッカリと予定のなくなった絆は、三人に一言声をかけると自分の部屋へと戻っていった。



「さて……とッ!」


 絆が居なくなったタイミングで唯が一息吐くように大きく手を伸ばす。


「柊木さんも来なくなったし、そろそろ着替えて上に行こっかな♪」


「あー、そういえばアンタって、夜は屋根の上に居るんだっけ?」


「そだね。まあ今日はちょっと早いかもだけど」


「そんなところで、いつも何をしているのかしら、唯?」


 少し興味を抱いた楓も、雅に続いて唯に問いかける。


「えっ、なにって……寝転びながら星空眺めてるだけだけど?」


「星空?」


「うんうん、雲のない日とかめっちゃキラキラしてて凄くキレイなんだよね〜♪」


 その屈託のない笑みで嬉しそうに説明をする唯を見て、楓が僅かに目を見開く。そして徐々に胸の奥が熱を帯び始める。

 というのも、楓は生まれてこのかた星空というものに特別な意識を向けた事など一度としてない。

 それは楓が星空に魅力を感じないからではなく、生前の境遇が星空といったような情緒ある風景や事柄に対し魅力を感じさせる暇すら与えなかったからだ。

 だから厳密に言えば、星空に胸打たれるような魅力が秘められていることを()()()()()()()()と言ったほうが正しいだろう。


 しかし、燦然と目を輝かせながら語る唯の姿に心惹かれ、楓の奥底に火が灯る。


 何故かは分からないが、()()()()を想像するだけで形容し難い期待と心地良さが湧き上がってくるのだ。

 先日、雅から夕焼けに染まる海の話しを聞いた時も、同じような想いになった事を思い出す。


 理由は分からない。

 ただ生前には決してなかった感覚。



 おそらく、《(たの)しい》という感覚。



「ねえ唯。もしも迷惑でなければなんだけど、私も一緒に星空を眺めては駄目かしら?」


「へっ?」


 楓の思わぬ言葉に一瞬キョトンとした唯だが、すぐに満面の笑みで答える。


「うん! いいよいいよ! いいに決まってるじゃん! 一緒に見よっ♪」


「ありがとう、ふふっ」


 とても優しげな笑みで気持ちを伝えた楓が、隣で話を聞いている雅にも声をかける。


「雅、アナタも一緒にどうかしら?」


「むっ、ワ……ワタシは別にいいわよ。ダーリンと一緒に見られる訳でもないし、アンタ達だけで見に行ってきたら?」


 急に話しを振られて動揺しているのか、顔を背けた雅が少し赤面しながら答えた。


「あらそう? それは残念」


 満足な返事を得られなかった楓が分かりやすいように肩をすくめる。

 すると雅の様子をじっと観察していた唯が、疑いの眼差しを向けながら問いかけた。


「もしかしてアンタ、カエデとアタシが外に出てる間…………絆くんの部屋に忍び込むつもりじゃないでしょうね?」


 その瞬間、ピタッと動きを止める雅と楓。


 数秒の沈黙。


「そうなの、雅……?」


 先に反応した楓がとても落ち着いた声で尋ねる。


「ば、ばか言わないでくれる? ワタシだってね、モラルというものはあるわ。だから善悪の区別はしっかりと出来るつもり。大体そんな簡単に協定を破るだなんてヒドい事、しないわよ。言いがかりはよしてユイ。まったく……ワタシを何だと思って――」


「――よく喋るわねぇ。どうしたのミヤビ? 落ち着いて? 何かやましい事でもあるのかな?」


 えらく饒舌になった雅を更に目を細めて追い詰める唯。


「な、ないわよッ。ホントいい加減にしてよね!」


「雅、正直に話してごらんなさい?」


 いよいよ楓の視線にも鋭さが加わる。


「だ、だから正直に話してるじゃない!」


「ホントウに?」


「本当よッ!」


「ご主人様に誓える?」


「ちぃ!? ちかッ、誓えーるッ」


「雅……?」


「ちかちぃ……ちか誓えぇーるッてばぁ!!」


「雅……」


「なんなのよッ、このッ……クソぉ……!!」


「今なら許してあげるわよ?」


「ゥワタシが悪かったわよバカぁああーッ!!!」


「有罪」


 そう言ってパチンと指を鳴らした楓の合図で、唯が後ろから雅を羽交締めする。


「ちょちょちょっとッ! 約束が違うじゃないのよぉ!!」


「卑しき罪人は速やかに裁かれなければならない。さあ、行きましょうか、唯」


 妙に様になっている楓の言葉に鷹揚(おうよう)に頷いた唯が、ゆっくりと、だが確実に、ギャーギャージタバタする雅をホールドしたまま庭の方から屋根の上に連行する。


「あら、唯ったら流石ね。しっかりとご主人様の部屋を避けて通っているわ、ふふっ♪」


 唯の完璧な迂回に関心するように呟いた楓は、人知れず柔らかな笑みを零すと、二人の後を追っていったーー







はい、というわけで、少しばかり柊木さんの冒険譚をお送りさせていただきましたけれども、ええ、名乃はこういうヤツです。接し方を間違えてしまうと、非常に危険です。

しかしまあ百歩譲って良く言えば…………うん、一途だね!!(ラブコメとは……)



そして、久々に登場した彼女達ですが、相変わらずな雰囲気でしたね。

今回の三人でワチャワチャしているシーン、一見なんてことのない場面のように見えますが、実は重要な変化がありました。


それは、霊である楓が生前では決して感じることのなかった『純粋な想い』――さしずめ童心のような感覚をその身に感じたということです。

楓が想像した光景は、ただの星空ではありません。

きっとそこには、愉しそうに瞳を輝かせている雅や唯に、すぐ隣で話しかけてくれる絆の姿なんかも見えていたんでしょう。


霊の性質上あり得ないことですが、霊体であるにも関わらず今まで依存していなかったものに惹かれていくなんて、まるで人生の中で日々成長しているかのようですね。


因みに、雅が屋根の上でどんな裁きを受けていたのかはともかく、星空を見上げて一番はしゃいでいたのは雅でした。



それでは、また年内にお会いしましょう!(え?)


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