本音
促される形で馬車に乗り込むとすぐに発車された。
まだ私もリックさんも座る前に…。
「きゃっ」
踏ん張り留まる事が出来ず、よろける形でリックさんの胸へと体を預けた。
「大丈夫ですか?」
「あっ」
優しく抱えられた私はドキドキしてしまい、また体を硬直し背筋を伸ばしていた。
預けたリックさんからは優しく甘い桃の匂いがした。
香水だろうか、少しだけその匂いを嗅いでいたくなってしまい、声をかけるリックさんの言葉を無視した。
「レナさん?」
嗅いでいるのがバレたと思い、咄嗟に支えてもらっていたのに胸を押し、私から体を離していった。
「あっ……ごめんなさい」
「いえ、私の方こそ」
リックさんは何も悪くない。
なのに謝り頭を下げているリックさんに申し訳ない気持ちばかりが生まれてしまった。
「私が全部悪いんです。頭を!」
車内でのやり取りを知らない馬が少し速度を上げていき、またよろけそうになった時、『座ってください』とリックさんが声を掛けたので私はすぐ後ろの座席に座った。
赤くフワフワとした感触の座席。
4人くらいが座れる車内で向かい合わせに座る私は真正面のリックさんのことを見れず、下ばかりを見ていた。
「そこまで飛ばさなくても間に合うのに」
ボソリと小さく言うリックさんの声。
「あの、今、どこに向かってるんですか?」
「街の料理屋です。あなたも知ってるかも知れませんが、ポルトニアです」
ポルトニア……レスター国では知られた洋食屋だ。
そこで出されるパスタが人気で多くの人が訪れ、そればかりか他国からもその噂を聞きつけやってくる事さえある。
いついっても人が一杯で、予約なしでは入る事さえ出来ないと聞く。
「そこにいくんですか?」
「えぇ、今日は貸し切っています」
「えっ!?」
貸し切ったというリックさんの言葉に驚いたが、私はそんな状態では姉に見つかってしまうという不安が一気に浮かんだ。
「そんな!私、行けません!」
慌てて車内から出ようとし、顔を上げ扉へと手を伸ばそうとした私の手首を掴み、話し出した。
「……お姉さんが怖いんですね」
何故そんな事を知ってるのか…今日初めて会ったばかりなのに、と思わずリックさんの方へと顔を向けると真っ直ぐ私の事を見て、更に続けた。
「なんで知ってるか、と思っていますね。ロイド様です。あなたとお姉さんは双子。でも今日行く事は知らない、だから見つかったらマズい、そうでしょう?」
ズバリ当てられ伸ばした手をゆっくり降ろし始めるとリックさんも手を離してくれた。
「……私、姉が怖いんです」
全てを知ってるリックさんには素直に自分の本音が話せた。
と同時に、目には少しずつ涙が溜まり始め、いまにも落ちそうになっていた。
「貸し切りにしたのは警備上です。王子に何かあっては一大事です。
ただ、今回は事情を聞いていますので二人が顔を合わすような事はないです。誓ってもいい」
理由をしっかりと述べ、私と姉が絶対に会わないように配慮する事を約束するリックさんを私は信用し、もう一度座席に座り直した。
そして…次第に速度が遅くなっていき、目的地であるポルトニアに到着した。