9.お買い物
今日はユーリアが外出しますよ。
あれから半年ほど季節が過ぎ、秋が近づいている。ここは氷山のせいで寒くなるのが早い。
「んー、私の欲しいものかー。」
明日はマリアと領地の町に行きお買い物する予定である。自分で選んだ出産祝いを買いたいと両親に申し出たからだ。
うちは貴族なのにお小遣い制であった。毎月の収入と支出の管理の練習を兼ねているとお父様が言っていた。貴族らしいといえばそうなのだろうか? いや、うちだけだろうと思う。
私はこれまでお金を使う機会がほとんど無く、いや無さすぎて両親を困らせていたらしい。その両親に買い物に行きたいと言ったら、
「おぉ!それはとても良いことだ。護衛と馬車は任せなさい。うちの領地は安全だが、万が一に備えてね。ついでにお金も少し持たせよう。何でも好きな物を買っておいで。」
「ありがとうございます、お父様。でも自分のお小遣いがありますので、お金は結構ですわ。」
「ユーリア、受け取ってあげてちょうだい。貴女が何も欲しがらないと、兄さんたちも心配していましたよ。何でも好きな物を買っていらっしゃい。」
それは初耳だし、2人で全く同じことを言わなくても良いのに。兄様たちが出てくると私は弱い。この母はよく分かってらっしゃる。
「分かりました。お言葉に甘えて頂戴いたしますね。ありがとうございます。」
その言葉にやっと二人が笑ってくれた。正確にはずっと笑顔だったけれど、威圧が凄かった。
そして今は部屋。ベッドに横になりながら欲しいものを思案している。
(うーん、そろそろ剣の素振りをこっそりしたいけれど、木剣なんて買って帰ったら卒倒すること間違いないでしょうし...。両親が。)
(それなりに長くて重さもあって、10歳貴族女子が買っても大丈夫なもの....。)
「あれだわ!....ふふふ、明日が楽しみね。」
さて、本日もまた快晴。絶好のお出かけ日和ね。
今日は町に行くので貴族らしさは出さずに、
町娘風ワンピース〜仲の良い姉妹コーデ〜
らしい。マリア曰く「仲の良い」がポイントらしく、ワンピースは同じ型の色違いである。
「ありがとう、マリア。貴女のおかげで今日の服も髪も可愛いわ。」
「いいえ、可愛いのはお嬢様でございます。ですが、お嬢様は普段からもっと着飾っても良いと思いますよ。」
もう、皆同じこと言うんだから。貴族として最低限の格好はしているので文句は言われてないけれど、皆の内心を思い知らされたわ。
馬車でそんな会話をしながら風景に目を向ける。ここは夏は最高の避暑地だけれど、冬の厳しさは他領の比ではない。でも、私は生まれ育ったこの土地がとても好きだし領民たちもそうであったら嬉しいと思う。
しばらくして町に着いた。
「お嬢様は今日は何を買う予定ですか?」
「マリア、今日は『仲の良い姉妹』だから敬語いらないわよ。ふふふ。今日はね、ライツェンとペイルストにお揃いの帽子ね。これからの季節寒くなるもの。お母様にも同じ理由でブランケットを探そうと思っているわ。」
「...分かったわユーリア。それで、貴女は何が欲しいの? 奥様から買わないと帰って来てはいけないと言われてるの。」
「お母様ってば。私はね、日傘が欲しいの。なるべく重いやつね。」
「日傘!それは良いわね。何故重い方が良いのかは分からないけれど。」
マリアと敬語抜きの軽やかな会話を弾ませ、時間は進んでいく。前世で仲の良かった友だちも姉もいなかった私は、マリアとのお買い物が楽しくてしょうがなかった。
お母様たちへの贈り物は、我ながら良いものが選べた。それを馬車に積み込み、次はいよいよ日傘である。
その店は落ち着いた雰囲気のある傘の専門店であった。全部店主さんの手作りらしい。カウンターの横で、真っ白なお髭を蓄えたおじいさんがウトウトしてるけれど、あの人かしら。
「マリアも好きなの見てきてね。私も勝手に店から出ないし、護衛もいるから大丈夫よ。」
「分かったわ。じゃあ後で。」
真っ先に子ども用のコーナーに向かったので、きっと私に似合いそうなのを探そうとしているんだわ。
私はというと、1本1本手に取り重さを確認していく。何故って?素振りに適しているか確かめる為よ!
この使い方は全く褒められたものではないだろう。むしろ、怒られると分かってはいる。でも、いざと言う時に備えておきたいじゃない!そう!いざと言う時のためなのよ。
ふと、少し埃を被った傘が目に入った。臙脂色をもっと重たくしたような色合いで、デザインもあまりよろしくない。買う気は無いけれど、手に取ってみた。そこで気付く。異常な重さと柄の細工に。
「ご店主、これ.......」
「ほっほっほっ、若いのにそういうのがお好みかな?」
起きてらっしゃったわ。そう、これはなんと仕込み傘である。普通は分からないと思うけれど、探しながら見ていればこそ分かってしまったのだ。
「いえ、私にはまだ早いわ。そうではなくて、これはロマンよね。ふふふ。」
「お嬢さんはよく分かってらっしゃる。嬉しいねぇ。まぁ、わしも作ってしまったのは、若気の至りと言うやつじゃよ。ほっほっほっ。」
傍から見ると、幼女と老人が静かに笑い合っており中々に不気味な光景であった。
「ユーリア、これ! この傘はどうかしら? あんまり重くないのだけど。」
マリアが持ってきたのは綺麗な空色の日傘で、縁にはレースの細かい刺繍が施してある。ボタンや柄はくすんだ金色で纏められている。子どもらし過ぎなくて、とても可愛いと思った。
「マリア、すごく素敵だわ。これにするわ。重さはいいのよ。何よりマリアが選んでくれたんだもの。」
ほんとに素敵だったのだ。あと、これじゃ素振りは無理なので重さは関係無くなったという方が正しい。言わないけれど。だからマリア、涙目になる必要はないのよ?
「ご店主、これ下さいな。これとても可愛いわ。」
「はいよ。お買い上げありがとうね。そうだ、ロマンの分かるお嬢さんにはあの傘も差し上げよう。なに、若い時に作ったけど、捨てるに捨てられなかっただけのものなんだ。受け取ってくれると嬉しいなぁ。」
思わぬ言葉だった。先程、私にはまだ早いと言ったのは本心だが、抜かなければどうだろう? 素振りには最適ではないだろうか! 断る理由なんてない。
「ありがとうございます、ご店主。お言葉に甘えて頂きますね。」
「いや、こちらこそ礼を言うよ。良かったらまた来てね。」
「いやー、いい買い物だったわね。このまま皆でランチとかどうかしら? 」
店を出て、早速日傘を差す。くるくると回しながら、提案してみた。本当に良い買い物だったし、テンションが上がっていた。完全に油断していたのだ。
ドンっと、真横から強い衝撃を受けた。よろける。そして、手元にあったはずのバッグが無いことにすぐにきづいた。
「ど、ドロボーーー!!!!」
ここでお読み下さってありがとうございます。
初めて名前が出ましたが、ライツェンとペイルストとは双子ちゃんの名前です。よろしくお願いします。