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前話の終盤、若干修正しました。
「……こういった場で涙を見せるなど、淑女失格でしたね。申し訳ありません」
会場には再び静寂が満ちる。
嘘泣きだ、という指摘はどこからも飛んでこなかった。存外自分は酷い顔をしているのかもしれないと思いながら、ナタリアは言葉を続ける。
「……ですが……こうしてアレクセイ様との婚約が締結した今、妹と、元婚約者であるセルゲイ様にされた数々のことを思い出して辛くなってしまい……、……申し訳ありません」
誓ってナタリアは、そんなこと、全く、これっぽっちも思っていない。
辛くはあった。が、同時にもうお笑い草、今さらな話だからだ。
「……婚約破棄を言い渡されたあの夜。私は絶望しきりでした。公爵家のためと思い、勉学や礼儀作法を学ぶことに邁進していた日々。妹を思い、婚約者すら妹に貸していた日々。それらは全て無駄だったのだと、私は絶望の底にいたのです」
ナタリアは続ける。
「そこで声をかけてくれたのがアレクセイ様でした。アレクセイ様は仰いました、……この会場にいる皆様ならご存知でしょうが、鼠獣人が生まれた理由、……その理由を以てして、人間に、不当に傷つけられたお前を見て心を痛めた、と」
話しながらちらりとナタリアがアレクセイを盗み見る。
アレクセイは、俯きながら空いた片手で口元を押さえていた。肩は小刻みに震えている。
泣いているわけではない。アレクセイは笑っていた。
それはそうだ。実際のところ、あの夜、アレクセイはナタリアを嘲笑していたのだから。
その事実を都合よく捻じ曲げ同情を誘うように話すナタリアに――笑ってしまっているのを必死に隠している様子だった。
「……そうしてアレクセイ様はこうも仰られました。お前に興味が湧いた、と。そうして夜会の翌日から、私とアレクセイ様の交流が始まったのですが――」
――ここまで話したことは、虚実交えたものだ。
とはいえこれを嘘だと見抜ける人間などいないだろう。現に会場の空気はといえば、泣いたフリをしていたナタリアに、それから泣いているように見えるアレクセイに、同情とも取れるものが漂い始めていたからだ。
「――アレクセイ様と過ごした数日間はとても刺激的なものでした。皆様ご存知のように、私の元婚約者であるセルゲイ様は妹につきっきり。私は、街の歩き方ひとつとして知らなかったのです。アレクセイ様はそれを馬鹿にすることなく、私はこのとき初めて、一人の人間として、尊重されたように感じました」
そして、とナタリアは告げる。
「意中の相手にエスコートされることを知らなかった私。その私をアレクセイ様は馬鹿にすることなく笑ってくださいました。結果、あの登場となったわけですが……」
会場から少しだけ笑いが溢れる。
嘲笑ではないことはナタリアは感じていた。
「……妹と、それに元婚約者様に言い募りたいことなどいくらでもあります。ですがそれはきっと、この場においては相応しいものではないでしょう。それこそ先日の婚約破棄のように、いたずらに場を乱してしまうだけ。なればこそ、この場をお借りして、皆様に約束事をお願いしたいのです」
もう良いだろう、とナタリアは扇を閉じる。
視線の先にはエミリーとセルゲイ。エミリーがなにか叫ぼうとして、父親から羽交締めにされている。それをオロオロとした様子で止めるセルゲイ。
……この場であんな醜態……、と内心ため息をつきながら、ナタリアは、胸を張って口を開いた。
「先日の婚約破棄の発表通り、私の妹であるエミリーとセルゲイ様。まだ口約束の段階であると思いますが……二人の婚約は無事に結ばれたことと私は思っています」
実際のところどうなのかはわからない。
ただ、落とし前をつけるべきだろう、とは誰が言っていだろうか。アレクセイだったか、エカテリーナだったか。
「そして私はもう数日もしないうちにこの国を発ってしまう。これからの二人の活躍を近くで目にすることができない。なればこそ、会場にいる皆様に約束してほしいのです」
もはや会場は彼女の独壇場だった。
婚約破棄のときのような混乱に陥らせることなく。あくまで、その場の王として、会場を掌握していた。
「二人が、婚約破棄騒動のような――馬鹿な真似事をもうしないことを。そして、私を差し置いて仲の良さをアピールしてきた二人。きっと、この国で誰もが羨むおしどり夫婦となってくれることでしょう。そんな二人が継ぐクローデル家はきっと繁栄しか約束されていない。それを、私の代わりに、皆様にしかと見届けてほしいのです」
それは、多分、ありえない。
誰が思ったか。ナタリアかもしれないし、アレクセイか、或いは会場にいる貴族か。
「不躾なお願いだとは承知しております。ですがどうぞ、私めの不肖の妹を、どうかよろしくお願いします」
そうしてナタリアは深々と頭を下げた。
静まり返った会場。やがてちらほらと拍手の音が響き出す。
これで良かったのかナタリアにはわからない。だが最善は尽くせたと思う。会場の風向きは、確実にナタリアへ向いていた。同情のものかもしれない。だがそれでも、自分と、アレクセイが不当に貶めれることは回避できたはず。そう、思っていたのに。
「――馬っっっ鹿じゃないの!? お姉様なに言ってんの!?」
拍手を掻き消すように、エミリーの怒声が響いたのは。




