#9 元不動産屋の近藤さん
杖をついて近藤さんは、こもれび整体院に入店して来た。
いつものように、受付の真由美さんが明るく挨拶する。
「いらっしゃいませ〜。」
近藤さんは、左手を軽く挙げて応えた。そして、側にある椅子に腰掛けた。
看板犬のモフモフちゃんは寝ていた。
準備を終えた整体師の野崎がやって来た。
「近藤さん、こんにちは。
ゆっくりこちらへどうぞ。」
近藤さんは、手すりにつかまって小上がりに上がり、横向きに寝た。
「脊柱管狭窄症の症状はどうですか?」
「相変わらずなんだよ。
膝が痛かったり、股関節のあたりが痛かったり、あちこち日替わりで、湿布を貼ってるよ。
痛み止めも朝だけ飲んでるよ。それでも、前は昼も飲んでだけど、午後は痛みもやわらいで、今は飲んでないよ。
ちょっとずつは、良くなってる感じだな。」
「原因は、やはり長年のデスクワークですか?」
「そうだな〜。座り仕事が多かったからな〜。
不動産屋とか、自衛官とか、いろいろやったけど、そもそも、オレは長野県の北部の出身なんだよ。
農家の次男坊でな。跡は継げないから、職探ししてな。終戦後で、そんなに職が無くてな〜。警察官になろうとしたけど、その頃、出来たばかりの警察予備隊の募集をしててな。
そこにお世話になって、数年勤めて辞めるつもりだったけど、性に合ってたのか、定年まで勤めたんだよ。」
警察予備隊とは、1950年8月の朝鮮戦争勃発を機に、GHQの指示で設立された日本の治安維持組織である。現・陸上自衛隊の前身であり、7万5000人の定員で1952年に保安隊、1954年に自衛隊へと改編された。名目は警察力の補完だが、実質的な準軍事組織であった。
要するに、朝鮮戦争勃発による在日米軍主力の移動に伴う治安の空白を埋めるために、アメリカからの指示で作られた組織である。装備品もアメリカから提供を受けていた。
側湾症もある脊柱起立筋の施術を受けながら、近藤さんは話しを続けた。
「陸上自衛隊で始めは、射撃の訓練したり、重い装備を背負って行進訓練してたよ。
砲弾なんかもやったよ。山の向こう側の見えない的を狙うのが、まあまあ難しかったな。
数年経つと、教育隊に異動になったんだ。」
教育隊とは、新入隊員(自衛官候補生や一般陸曹候補生)に対し、約3ヶ月間にわたり自衛官としての基礎教育(礼式、体力、射撃、規律など)を行う専門部隊である。
全国の駐屯地に配置され、学生は共同生活を通じて「一人前の自衛官」へ育成される。
「その頃、自衛隊員を募集してて、増員したんだな。全国各地に駐屯地があって、教育隊として、あちこち転勤したよ。
松本、京都、和歌山から船に乗って四国の香川県にも転勤してな。もう結婚してて、嫁さんと子供も連れてな。
教育隊の後は、会社でいう総務みたいな仕事でデスクワーク中心だったよ。軍事関連の書類の取り扱いがちょっと面倒だったな。」
近藤さんは懐かしそうに語った。
「昭和のころの自衛隊員は、53歳で定年でな。今となっては早すぎだよな。
定年まで勤めて、今度は損害保険の会社に就職したんだよ。子供も学費とか、まだいろいろかかるころでな。最終的には、営業所の所長までなったよ。
仕事もやったけど、麻雀、ゴルフ、カラオケもよくやったな〜。
ちょうどバブルが始まるあたりの景気がいい頃で、損保の仕事をしながら、宅建と行政書士の資格を取ったんだよ。」
「それで、自衛隊の退職金と損保会社の給与を元にして、その次は不動産屋を始めたんだよ。
場所は東京からちょっと離れた田舎でな。その頃は農地を宅地化するのが流行っててな。農地を宅地化するには、その市町村の農業委員会に申請する必要があるんだよ。農地法という規制もあって、ちょっと専門知識も要るんだ。
そこで、行政書士として書類を作成・申請するんだ。景気も良かったから、事業は上手くいったよ。」
近藤さんのお話しは止まらなかった。
「不動産屋というのは、割と暇な時間が多くてな。お金もちょっと余裕があって、千代田区麹町の芸能学院に通い始めたんだよ。タレント養成所だな。
そこを卒業すると流れで、芸能プロダクションに所属してな。自衛隊や不動産屋とは、また違う世界で、いろいろ楽しんだよ。有名人にも会えるしな。
テレビや舞台に出たり、ちょっとコメンテーターやったり、企業の株式総会の司会なんかもやって楽しかったな〜。」
「何か、いろいろされているんですね〜。」
「若い頃は戦後すぐで、いろいろ出来なかったからな〜。やはり、好きなこと、興味があることをやるのが一番だからな!
そうそう、不動産屋は小さいけど、自社ビルも建てたしな。
息子は法学部卒なんだけど、弁護士にはならなくて農協に勤めたんだよ。オレも80歳を過ぎて、さすがに隠居する時期がきて、息子に不動産屋を引き継いだよ。同じように宅建と行政書士を取らせてな。」
「じゃあ、もう安心ですね〜。」
「まあそうなんだが、相続問題があってな。自社ビルとは別に自宅や土地、自動車を所有してるんだよ。まあまああってな。
それらをオレの名義から会社の所有に変更したりしてな。最近の表現だと、ちょっとした相続税減税スキームだな。
また、それに関連して息子のお嫁さんをオレの子供にしたんだ。養子縁組というやつだな。法定相続人を増加して相続税の基礎控除額を増やせるから、節税対策として有効なんだよ。」
「ところで、近藤さん、股関節まわりの筋肉が硬くなってますね〜。最近は散歩もあまりしてないですか?」
「そうなんだよ。
オレの体のこともあるし、高齢の妻を自宅で介護してると、なかなか出られなくてな。いわゆる老老介護なんで。(苦笑)
楽しみは自宅でメジャーリーグと相撲の中継ぐらいだよ。」
「あれあれ。大変ですね〜。
お店まで通うの厳しくなったら、ご自宅に訪問しますので、お気軽に言ってください。」
「ありがとう。
その時になったら、お世話になるよ。」
「もう、来年で90歳になるんだよ。
墓地を買ったりして、もう終活してるんだ。いろいろ準備しておかないと、結局、息子達に迷惑が掛かるからなぁ〜。
前立腺ガンを数年前に患って、手術しないで、化学療法で治療したけど、何が起こるか分からないからなぁ。。。」
「そうだったんですね〜。
ちょっと仰向けになりますよ〜。」
そう告げて野崎は、近藤さんの右下肢を持ち上げて、右膝関節を屈曲して、更に床に付けた。4の字の形だ。
それから、大腿部の内転筋群をやさしく押圧した。
「伝統的な整体では、この内転筋が硬くなると前立腺ガンにかかりやすいと言われているんですよ。経絡的には泌尿器系の腎経です。再発予防のために、ゆるめますね。」
そして、同じように左下肢の内転筋群を押圧した。
「近藤さん、お疲れさまでした。
今日の施術は以上です。この前、10分くらい深呼吸して横になっててください。こうすると、ゆるめた筋肉が馴染んできます。
バスタオルを掛けますね。」
その後、近藤さんはゆっくり立ち上がった。
「近藤さん、ありがとうございました!」
「いやいや、こちらこそ、いろいろありがとう。また来させてもらうよ。」
会計と次回の予約を済ませて、ややスムースな足取りで、杖を突きながら、ゆっくり出て行った。




