大ミサ
レンがいなくなって早くも一ヶ月が経った。
早速、レンから手紙が届く。
無事、神学校へ入学し、聖騎士を目指して頑張っているらしい。
わたしも大聖堂の修道女にならないと、と気合いを入れて、ヒルディスへの忠誠心を示すこととなった。
ここ最近、ヒルディスは大ミサの準備で忙しそうにしている。
エマを伴い、毎日のように大聖堂へ通っていた。
そんなヒルディスを、シュヴァーベン公爵夫人は寝る間も惜しんで献身的に支えている。
今日も、当日に着用する聖衣にシードパールを縫い付けたとかで、徹夜したようだ。
顔色が悪そうだったが、シュヴァーベン公爵夫人は嬉しそうにヒルディスに成果を報告していた。
さらに、シュヴァーベン公爵夫人は聖教会の敬虔な信者達に、大聖女であるヒルディスを支援するよう呼びかける会を開いていたようだ。
それ以外にも、ヒルディスが大ミサという晴れ舞台で輝けるよう、さまざまな行動を起こしていたようである。
ここまで奔走していたのだから、三度目の人生でマルティナ夫人に大ミサを台無しにされ、わたしが元凶と知ったら殺意くらい軽く抱くだろうな、と妙に納得してしまった。
母は相変わらずわたしに対しては無関心で、シュヴァーベン公爵の寵愛を我が物としている。
わたしがヒルディスの取り巻きになっても気にする素振りなんてないどころか、取り巻きをしていることすら把握していないだろう。
寝て、起きて、美しさを保つだけの最低限の食事を口にし、着飾って、夜になったらシュヴァーベン公爵に愛される。
ナイトの野郎と交際していたわたしみたいな日々を、繰り返すだけの暮らしを続けていた。
母にとって幸せならば、それでいいのではないか。
今はそういうふうに思えるようになった。
ただ、ただ大ミサに参加するのだけは阻止したい。
ヒルディスの晴れ舞台に、父親であるシュヴァーベン公爵が愛人を伴って参加することは、シュヴァーベン公爵夫人だけでなく、ヒルディスのプライドも傷付けることになるだろう。
わたし自身も、マルティナ夫人との邂逅が恐ろしくて、とても参加しようとは思えなかった。
メイドに予定を聞いたところ、今回の人生でも母は大ミサに参加するようだ。
母とわたしをいい感じに不参加へ持っていくには、どうすればいいのか?
しばし考えた結果、ピンと閃く。
医者を呼んで眠れないと訴え、睡眠薬を処方してもらう。
それを粉末にし、母の食事に混入した。
母は気持ちよさそうに、ぐーぐー眠っている。
あとは少しだけ、芝居を打たなければ。
身なりを整えにやってきたメイドに、母は具合が悪そうだ、と訴える。
医者を呼ぼうかと聞いてきたので、少し眠ったらよくなるだろう、と答えておいた。
具合が悪いと聞いて駆けつけてきたメイド達に、母の看病は任せてほしい、と訴える。
メイド達はすぐに納得してくれなかったが、普段から母に対して何もできていなかった、なんて涙を潤ませながら返すと、あっさり任せてくれた。
演技なんてできるわけがない、と数ヶ月前までのわたしは信じて疑わなかったのだが、思いのほか、才能があるのではないかと思ってしまう。
そんなこんなで、大ミサ当日にわたしと母は、不参加になる流れを掴むことができたのだった。
シュヴァーベン公爵が母の容態を見にくるかもしれない、なんて想定していたが、やってきたのは思いがけない人物だった。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
母の寝室にやってきたのは、シュヴァーベン公爵夫人だった。
「具合が悪くて臥せっている、と聞いたのですが」
「ええ、そうなんです。おそらく二日酔いか何かなので、眠ったらよくなると思います」
話しながら、心臓がバクバク音を鳴らしていた。
シュヴァーベン公爵夫人はもしや、母の止めを刺しにきたのではないか、と思ったから。
ただ、今日はヒルディスの大ミサの日。
母を手にかける暇なんてない。
きっと本当に具合を悪くし、眠っているのか確認しにきたのだろう。
「今日はヒルディス様の大ミサに参加したかったのですが、母がこの様子で心配ですので、傍にいようと思います」
「ええ、気にしないでください。ヒルディスには言っておきますので」
「ありがとうございます」
シュヴァーベン公爵夫人は容態が悪くなるようならば、迷わず医者を呼ぶように、と言って去って行った。
足音が遠ざかるのを聞きながら、深く安堵したのだった。
その後、シュヴァーベン公爵は現れず、大ミサが始まる時間となった。
三度目の人生では聞けなかった、開始を知らせる鐘の音も聞こえる。
おそらくマルティナ夫人が夫であるエドウィン・フェレライを殺害するという過激な騒動は起きなかったのだろう。
ひとまず、母を大ミサに参加させることは阻止できた。




