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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第五章 怠を知る者、惰に溺れる

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別れ

 大ミサを終えたあと、ヒルディスは多くの人達から大聖女だと周知され、尊敬を集めることとなる。

 大ミサの重要さを、今になって知ることとなった。

 今回は何事もなく、無事終えることができて本当によかった。

 心の奥底から思ったのだった。


 その後、わたしはヒルディスに呼びだされ、一枚の紙が差しだされる。


「ヒルディス様、こちらは?」

「修道女になり、大聖堂で奉仕活動を行うための紹介状です」

「まあ!」


 喉から手が出るほど欲しかったものが、一年の時を経て入手することができた。

 どうやらわたしの頑張りを、ヒルディスは認めてくれたらしい。


「これからわたくしは大聖堂に出入りすることが多くなると思います。そのさいに、傍にいる役目を命じます」

「もったいない、お言葉です……!」


 まさか継続してヒルディスの傍付きに抜擢されるなんて。

 いや、当初はそれを目標にしている、だなんて決意表明をしていた。

 しかしながら本当に選ばれるとは思わなかったのだ。


「わたしで、よろしいのですか?」

「ええ。あなたのわたくしを支えようと思う心は、すばらしいものですので」


 なんとも光栄な話である。

 まあ、ヒルディスの傍付きだったら、余所の教会に飛ばされることもないだろう。


 母に修道女になることを報告するも、「ふーん、そうなの」という一言で終わった。

 娘の動向よりも、母は爪のささくれのほうが気になるようである。


 大ミサを終えてからというもの、シュヴァーベン公爵の意識がヒルディスとシュヴァーベン公爵夫人に向いているらしい。

 そのため、母は焦っているようだ。わたしを気にしている場合ではないのだろう。

 ただ、最後のお別れがこれでは少々味けないではないか、と思ってしまう。


「お母様、わたしとはもう、二度と会えないかもしれないから」

「まあ、出家ってそんなもんよね。元気で暮らしなさいな」


 そう言って、母は爪に吐息をふーーーっと吹きかけると、メイドにお風呂の準備はできたかと聞いていた。

 もう、母の興味は別に移っているらしい。

 思わず、傍にいた大精霊ボルゾイと顔を見合わせる。


 母はわたしに対し、愛着や愛情といったものがまったくないようだ。

 わかっていた。わかっていたが、いざ、目の当たりにしてしまうと、なんとも言えない気持ちになる。


「ヴィオラ」

「は、はい!」

「これから何かあったときは、自分でなんとかするのよ。私はあなたのために、なーーんにもできないから。困ったときだけ、頼らないでよね!」


 最後の最後に、母はわたしを突き放すような言葉をぶつけてくる。

 今も昔も、母がわたしのために何かしてくれたことなんてないのに。

 わたしはこんな母のために奔走し、命を散らしてきた。

 その苦労は報われない。

 去ろうとする母を引き留め、最後の言葉を伝えた。


「お母様、どうかお元気で」

「はいはい」


 一生の別れとは思えないくらいの、あっさりとした返事だった。

 母については忘れよう。

 そう心に誓った瞬間だった。


 出家当日――裏口からこっそり出て行こうとしていたのに、メイドがやってくる。

 玄関にヒルディスとシュヴァーベン公爵夫人が見送りをするために待っているらしい。

 ご遠慮したい面々だったが、すでにいるので回避なんてできないのだろう。

 しぶしぶ玄関に向かうと、メイドや通いの修道女など揃い踏みだった。

 その中にエマもいた。

 わたしに興味ないからか、そっぽを向いている。

 ヒルディスがやってきて、わたしの手を握りながら言った。


「あなたの献身には感謝しております。大聖堂でも、修道女として神によく仕え、奉仕に勤めるように」

「はい、ヒルディス様!」


 シュヴァーベン公爵夫人からは握手したときに何か握らされた。

 三枚ほどの金貨である。

 びっくりして顔を上げると、耳元で「何かあったときに使いなさい」と言ってくれた。

 シュヴァーベン公爵夫人もわたしのことを認めてくれていたのだろうか。

 とにかく、今回の人生では殺されなくてよかった、と心の奥底から思った。


「あなたの母親のことは、きちんと最後まで面倒を見ますので、気にしないように」

「はい、その、ありがとうございます」


 母はいったいどういう扱いを受けるのか。

 わからないものの、何かあったときは自分でなんとかしてほしい。

 母がそういう考えだったので、娘であるわたしもそう思うようになれた。


 皆に見送られながら、わたしはシュヴァーベン公爵邸をあとにしたのだった。


 ◇◇◇


 わたしは無事、大聖堂で修道女になることができた。

 オプファー・ガーベ修道院のように怪しい施設なんてないし、働いている人も真面目。

 部屋も一人で使える広い空間が用意されて快適そのもの。

 ヒルディスは三日に一度大聖堂にやってきて、ミサを開いている。

 大聖女をひと目見ようと、大勢の信者が駆けつけるのだ。

 わたしはただただ、ヒルディスの傍にいて、ミサ中の眠気と戦うばかりだった。

 ヒルディスの傍付き修道女という身分は思いのほか優遇されていて、自由に歩き回れるし、外出も申請すれば許可される。手紙のやりとりなども許されていた。

 小姑みたいな、厳しい修道女もいない。

 なんて快適なのか! と叫びたくなるほどである。

 あとは何も問題を起こさず、ただただ静かな日々を過ごすばかりだ。

 レンとの再会の日を迎えるために。

 粛々とした暮らしを続けること五年、わたしは十五歳の誕生日を迎えた。 

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