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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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夜を終え、朝を迎え

 畑仕事は思っていた以上に泥だらけになる。

 うんざりしながら洗水堂に行き、手足と顔を洗った。


「あ、食事の時間だ。急がないと! ヴィオラ、こっち!」

「ええ」


 食事の時間は一時間だけ。それを過ぎると、食べることはできないようだ。

 ロミーと急ぎ足で食堂へ向かう。

 修道女の食事と言えば、皆で食前の祈りをし、粛々しゅくしゅくと食べるというイメージだった。

 けれども食堂では、わいわい盛り上がりながら食事をしている。

 新入りに無関心なのか、わたしがやってきても誰も気に留めることなく、会話を続けていた。

 まあ別にみんなで仲よく奉仕に努めましょう! だなんて思っていないので、まったく構わないのだが。

 食堂には長テーブルが置いてあり、自分で料理を取り分ける仕組みらしい。

 薬草とひよこ豆のスープに茹で卵、パン。

 質素極まりないメニューだった。

 飲み物はミルク一択。

 昼間、ラルフ・ガイツが淹れたような、癖のある薬草茶でなくてよかった、と心の奥底から思った。

 テーブルの端っこにロミーと座っていただく。


「ヴィオラ、それだけしか食べないの?」

「ええ。今日はあんまり働いていないし」


 腰回りが細いドレスを着るために、減量していたのだ。

 胃がすっかり小さくなって、たくさん食べることができない体になっているのである。


「ここは体が資本だって、シスター・レーテルが言ってた。たくさん食べないと、体がもたないって」

「そうね。これからたくさん働いて、食べることができるようにしなきゃ」


 さっそくいただく。


「どう?」

「なんていうか、素材の味を楽しむ感じ? なんて言えばいいのかしら」

「おいしくないんでしょう? みんな、口に合わないみたい」


 ロミーは孤児院の料理よりおいしいので、文句はないという。


「たぶん、料理が無理で逃げだした人とかもいるかも」

「いるでしょうね」


 なんて会話をしていたら、ロミーと同室のシスター・イーダがやってきたようだ。

 めざとくわたしを発見したようで、にこにこしながらやってくる。


「見ない顔だねえ。あんた、新入りかい?」

「ええ、そうよ」

「あたしはイーダ。イーダ・ジーマだ。よろしく頼むよ」

「ヴィオラ・ドライスよ。こちらこそよろしく」


 シスター・イーダはロミーの隣にどっかり腰掛けると、あまり噛まないで料理を食べていた。大丈夫なのか、と思ってしまう。

 あっという間に食べ終えると、身を乗り出して聞いてくる。


「あんた、どうしてこんなところにやってきたんだい?」


 さすが情報通。収集に余念がないのだろう。


「シスター・イーダ、ヴィオラは今日、やってきたばっかりなんだよ。いきなり聞いたら失礼なんだから」

「いいじゃないか。みんな気になっているから、代表して聞いてやっているんだ」


 みんなとは? と思ってしまう。

 ここの修道女達は、びっくりするくらいわたしを気に留めていなかったのだが。


「それで、何があったんだい?」

「別に、大した理由じゃないわ。唯一の肉親である母親が借金を抱えて首が回らない状態になったから、結婚を諦めてここにやってきただけよ」

「へえ、母親しかいないのか! どうしてだい?」

「母は貴族の愛人で、屋敷を追いだされたからよ」


 別に隠しているつもりはないし、エマも知っていることなので、聞かれたことにはぽんぽん回答する。

 優しいロミーは「ヴィオラ、答えなくってもいいんだよ」なんて言ってくれた。


「母親は? まさか捨ててきたんじゃないだろうね?」

「捨てていないわ。救貧院に預けてきたの」

「なるほど! そういうわけだったのかい」


 まあ、迎えに行く予定はないので、もしかしたら聞く人によっては捨ててきたのだと思われるかもしれないけれど……。


「あんたみたいにきれいな人だったら、結婚相手なんてすぐに見つかりそうだったけどね」

「結婚したら、夫の支配下に置かれるでしょう? そういうのがうんざりだったの」

「へえ、珍しいねえ」


 人生はどん底だったけれど一発逆転、結婚したら幸せになれる――なんて、ロマンス小説の主人公のような救いを、わたしは信じられなかったのだ。


「あんた、面白い人だね」

「シスター・イーダ、あなたもね」


 他人の話を聞いて、ここまで瞳をキラキラさせる人も珍しいだろう。

 人生が楽しそうだな、と思ってしまった。

 その後、礼拝堂で祈りの時間を過ごしたあと、他の修道女達は談話室で何やら盛り上がっていたようだが、わたしは疲れたのでまっすぐ部屋に戻ることにした。

 すでに薄暗くなっていたが、清貧を第一とする修道女の部屋に灯りなんてあるわけもなく。蝋燭すらないようだ。

 部屋の扉を開くと、エマは寝台に寝転がってうっとりとした様子でいた。

 わたしがいきなり入ってきたからか、びっくりさせてしまったようだ。


「あんた! 扉を叩くとかできないの!?」

「だってわたしの部屋だし」

「だからって、何でも許されるわけじゃないんだから」

「はいはい、ごめんなさいね」


 わたしが部屋に入ってきたとき、エマは何か隠していたようだった。

 気になったので聞いてみる。


「ねえ、さっき何を持っていたの?」

「それはあんたに関係ない――って思ったけれど、特別に見せてあげる!」


 エマは何やら勝ち誇った表情を浮かべながら、枕の下を探る。

 取りだされたのは――ダイヤモンドが鏤められた白銀の婚約指輪!

 ナイトの野郎がわたしに渡してきた物とまったく同じ、ヒルディスに渡すはずの指輪である。

 ドクン! と胸が嫌な感じに脈打った。


「それ、どうしたの?」

「ふふ、とある高貴なお方が結婚しようって渡してくれたんだ」


 ナイトの野郎はことあるごとに、女性を本気にさせる目的でヒルディスの婚約指輪を使っていた、ということなのか。


「私達の関係が露見したときに返せって言われていたんだけれど、別の似たような指輪を渡したら、信じてしまったのよ」

「うわあ……」


 さすが、真贋の見分けが付かない男である。

 この指輪は二年後の未来ではわたしの手に渡るので、結局取り返されるような騒動がこのあと起こるのだろうが。


「羨ましいでしょう?」

「まあ、そうね」


 その反応でエマは満足したようで、指輪は鍵付きの宝石箱に入れられ、枕の下に隠されていた。

 見なかったことにしよう。今回、私は無関係だし。

 そんなことを思いつつ修道服を脱いで寝間着に着替えると、エマが物申す。


「それはそうとあんた、ずいぶんと土臭いじゃない」

「畑仕事をしたの。今日は洗濯の日じゃないから、洗えないのよ。ごめんなさいね」


 返事の代わりに、盛大なため息が返ってくる。

 洗えないにしても、濡れタオルで軽く拭くくらいしてくればよかったのか。


「明日から気をつけるわ」


 当然、返事などなく、一日は終わっていく。

 傍にいた大精霊ボルゾイは『気にすることなんてありませんわ』なんて言ってくれた。

 心の中で「そうね」と返事をしておく。

 消灯の鐘が鳴ったものの、そもそも灯りなんてついていない。

 そんな感じで、修道院での一日目を終えたのだった。

 エマの指輪の件で眠れるか心配だったが、案の定、眠れるわけがなく……。

 何もかも、ナイトの野郎のせいだ。

 最悪な晩を過ごしたのだった。


 ◇◇◇


 翌日――鐘の音で目を覚ましたものの、三回しか聞こえなかった。


「うわっ、三回って、起床の鐘じゃないかも!!」


 すでにエマの姿はない。

 寝坊した同室の仲間を助けよう、だなんて精神はないようだ。

 慌てて着替えて礼室室へ走る。

 すでに修道女達は集まっていて、祈りを捧げていた。

 わたしはシスター・レーテルから睨まれながら、祈りに加わる。

 ミサが終わったあと、シスター・レーテルからお叱りの時間があった。


「初日から遅刻するとは何事ですか!」

「ごめんなさい」


 起床の鐘が五回も鳴ったのに気付かないなんて。


「罰として、朝食は抜きです」

「わかったわ」


 すんなり受け入れたので、シスター・レーテルは目を見張る。

 けれどもそれ以上何も言わずに、去っていった。


 誰もいなくなった礼拝堂で、大精霊ボルゾイが話しかけてくる。


『何度も声をおかけしたのですが、ぐっすり眠られていたようで。まさか食事抜きになるなんて……』

「気にしないで。いい物を持っているから」


 修道服のポケットから取りだしたのは、昨日の夕食のパン。


「食べきれずに、こっそり入れておいたの」

『さすがですわ!』


 飲み物がないので喉にパンを詰まらせながら、わたしの朝食は終了となった。

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