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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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修道女たち

「あなた達は知り合いだったのですか?」

「いえ、知り合いというか、顔見知り程度だけれど」


 三回目の人生はなかったことになっているので、このときのエマはわたしとキャットファイトをした記憶のみが残っているのだろう。

 まあ、前回も取っ組み合いのケンカこそしなかったものの、不仲に変わりはなかったのだが。


「もしも問題行動を起こせば、罰則がありますので、注意してくださいね」

「わかっているわ」


 わたしにはここしか居場所がないのだ。短気を起こして追放をされるわけにはいかない。


「シスター・エマ、ここでの過ごし方に加え、明日からここでの仕事を教えるように」


 命じられたエマは至極面倒といった様子を見せていた。


「シスター・エマ、返事は?」

「はいはい」


 これでいいか、という投げやりな返事である。

 明らかな問題児という態度だったが、シスター・レーテルは慣れっこなのだろう。ため息を吐いたのちに、「ケンカはしないように」という言葉を残して退室していった。

 ぱたん、と扉が閉ざされ、エマと二人っきりになる。

 部屋は左右の壁にぴったり付くように寝台が置かれ、中心には本棚があり、福音書がズラリと並んでいる。

 それだけのシンプル極まりない部屋だった。


 エマはどっかりと寝台に座り、後頭部をガシガシ掻いている。


「まったく、つい数日前に同室の修道女がいなくなったと思って喜んでいたのに」

「ごめんなさいね」


 寝台の上に置いてある修道服は、いなくなった修道女の物だったらしい。それに着がえるようにとエマは言う。


「ここの修道服、真っ黒ね」


 聖教会の修道女や修道士は白い服だったのに、なぜかここだけ黒らしい。

 汚れが目立たないように黒い布地が選ばれたのだとか。

 清潔面を考えたら、それもどうなのか、なんて思ってしまう。

 続いてエマは一日の聖務日課について教えてくれた。


「朝は鐘が五回鳴るから、それを聞いて起きて。鐘が三回聞こえたら礼拝堂に行って賛課さんか――朝の祈りとミサをしに行って」


 そのあと食堂で朝食を食べたあとは、各々奉仕の時間が始まるという。


「新人は農作業と家畜の世話がメインよ。現場に慣れたシスターがいるから、詳しくはその人に習うこと」


 昼食を食べて祈りの時間と福音の書を読む時間を挟んだあと、再度奉仕の時間となる。


「太陽が完全に沈んだら、夕食の時間。最後に洗水堂で体を清めて、礼拝堂で晩課ばんか――夜の祈りをしにいって、鐘が三回鳴ったら消灯。これで一日は終わり」


 基本的に休日はないが、一日を通して体を休める安寧日と呼ばれるものが月に一度あるようだ。

 貴重な月に一度の安寧日に、来てしまったらしい。

 エマが不機嫌になるのも無理はない。


「それはそうとエマ、あなたはどうしてこんなところにいるのよ」


 彼女はたしか伯爵家の娘で、本来であればすでに結婚しているような年齢である。

 そんな疑問を投げかけると、エマはキッとわたしを睨みながら叫んだ。


「あんたに言われたくない! 同じ言葉を返してあげる!」

「まあ、そうね」


 わたし達は同じ穴のムジナ。何かやらかした者同士なのである。

 深い詮索はしないほうがいいのだろう。

 せっかくの安寧日なので、一人にしてあげようと思い、修道服に着替えて部屋を出る。


 寮の中を探検してみた。

 談話室みたいなものがあり、本棚があったものの、ここも福音書があるばかり。

 オルガンもあったが、鍵盤には埃が被っていて、調律などもしていなさそうだ。

 他に何もなさそうなので、外に出てみた。

 天気が曇りだからか、なんだかスッキリしない。

 敷地内を改めて見て回ろうと思い、適当に歩いてみる。

 今は昼食前の奉仕の時間なのか。

 修道女の一人や二人、その辺を歩いていてもいいのに、誰もいない。

 そういえばラルフ・ガイツが人手不足とか言っていたような。

 これだけ大きな規模の修道院なので、ある程度の人員がいても不思議ではないのだが。

 まあ、大聖堂に比べたらぼろっちいし、郊外という辺鄙へんぴな場所にある。

 同じ神に仕える立場であれば、大聖堂のほうがいいよな、なんて思ってしまった。


 歩き回っているうちに、畑に行き着く。

 そこで初めて修道女を発見した。

 小さな体で鍬を持ち、せっせと土を耕している。

 そんな彼女に声をかけた。


「あの、少しいいかしら?」

「わっ!!」


 小さな声だったものの、驚かせてしまったらしい。

 振り返った修道女は、十二歳、三歳くらいか。

 黒髪に日に焼けた肌、そばかすが散ったおさげ髪の少女である。


「びっくりした! 見ない顔だけれど、もしかして新入りさん?」

「そうよ。ヴィオラ・ドライスっていうの」

「あたしはロミー。ロミー・ドールっていうの」

「シスター・ロミーね。よろしく」

「うん、よろしく、シスター・ヴィオラ!」


 ロミーははきはきとした言葉遣いが気持ちいい少女のようだ。


「わたしもやらせてちょうだい。どうすればいいの?」

「いいの? だったらこの鍬を持って、硬くなっている土を解すように叩いてくれるかな?」

「わかった」


 しばし無言で畑を耕していたものの、ロミーのほうから話しかけてくる。


「もしかして、シスター・エマと同室なの?」

「ええ、そうよ。よくわかったわね」

「空いているのが、シスター・エマの部屋しかなかったから」


 なんでも空室があっても、一人部屋にはさせないらしい。


「ここの修道院は、逃げる人が多いんだよね。だからお互いに監視させる目的で、同室にさせるみたい」

「へえ、そうなの」


 ロミーと同室なのは二十代半ばくらいの、シスター・イーダという情報通の修道女だという。


「シスター・イーダはなんでも知っていてね、いろいろ教えてくれるんだ」

「いいわね、仲よさそうで」

「そうなんだ。本当のお姉ちゃんみたいに、よくしてくれるんだよ」


 なんでもロミーは孤児院出身で、身よりがないため三ヶ月前にここにやってきたという。


「十歳を過ぎて引き取り手がないと、こうやって修道院送りにされるんだ」

「家族がいても同じよ。結婚相手が見つからないと、修道院に行くしかないの」

「そうなんだ。大変なんだね」

「ええ、そうよ。大変なの」


 なんとも世知辛い世の中である。

 救貧院みたいな場所でなく、女性が独立して働ける施設があればいいのに、なんて思ってしまった。


「それはそうと、シスター・ヴィオラはこの修道院に伝わる、恐ろしい話を知ってる?」

「何よ、それ?」

「夜中になると火の玉が浮かんできて、地中に埋まった死者がざっくざっくと土を掘って出てくるのですって。それから死者を操る化け物がやってきて、修道女の命を狩りにいくみたい」


 この修道院は逃げだす人が多いというが、実際のところは化け物に襲われているのではないか。ロミーはそんな話をする。


「まあ、ただの新人を脅すだけの与太話だろうけど!」


 この恐ろしい話が、夜に修道女達が逃げださないための抑止力にでもなるのか。

 けれどもロミーは逆に、話を聞いていてわくわくしたという。

 そんな彼女はいつか、夜の墓地に確認に行ってみたいと瞳を輝かせながら語った。


「あなた、とんでもなく怖いもの知らずね」

「だって、噂が本当か嘘か、気になるじゃない」


 好奇心は猫を殺す、なんて言葉もある。

 過ぎた好奇心は危険を招きかねない。

 化け物がいなくても、夜道は危ない。

 うっかり転んでケガをしたり、ぬかるみに嵌まって動けなくなったり。

 ただ暗いというだけで危険はたくさんあるのだ。

 幼い彼女はそんなこともわかっていないのだろう。


「もしも本当に行きたくなったときは、わたしに声をかけて。付き合ってあげるから」

「いいの?」

「ええ。一人で行くよりはマシだろうから」

「シスター・ヴィオラ、ありがとう!」


 夜の墓地に同行するだけで、ここまで喜ばれるなんて。

 よほどここでの暮らしは退屈なんだな、と思ってしまった。 

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