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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第三章 色恋と、欲望の狭間で

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マルティナ夫人の祝福

 先ほど、レディ・マレットのお店で会ったときに血走っていただけのマルティナ夫人の目が、今は殺気に溢れている。

 あの目は二回目の人生で見ているので、忘れるわけがなかった。

 マルティナ夫人はエドウィン・フェレライを殺害やるするつもりで、やってきたのだろう。

 そんな彼女の手には、ワインの酒瓶が握られていた。

 あれはいったい? 

 祭壇に繋がる通路を、一歩一歩とたしかな足取りで進んでいた。

 わたしがマルティナ夫人にエドウィン・フェレライの行き先を教えた。

 けれどもよりにもよって、大ミサのもっとも盛り上がるときにやってくるなんて。


「止まれ!」

「何者だ!?」

「この、狼藉者ろうぜきものめ!」


 三名の聖騎士がマルティナ夫人のもとへ駆けつけるも、手にしていた酒瓶の中身をぶちまけられてひるむ。

 かかったのは二名の聖騎士だった。


「なっ――!?」

「これは――!?」


 次の瞬間、聖騎士達は吐血する。


「ぐはあ!!」

「がっ!!」

「な、なんだ!?」


 液体がかからなかった聖騎士がマルティナ夫人に問いかける。

 マルティナ夫人はにやり、と笑いながら言葉を返した。


「これは私の祝福、〝猛毒の聖杯チャリス・オブ・ヴェナム〟。ありとあらゆる液体を、瞬時に猛毒にする祝福だ」


 そう説明すると、マルティナ夫人は呆然とする残りの聖騎士にも酒瓶の中身――猛毒をぶちまけた。


「ぐああああ!!」


 三名の聖騎士が膝を突き、苦しんでいる。

 そのような状況になれば大騒ぎになりそうだが、皆、マルティナ夫人の様子を舞台でも観ているかのようにじっと見つめていた。

 なんとも不思議な空間に居合わせてしまう。

 邪魔する者がいなくなったマルティナ夫人は、まっすぐエドウィン・フェレライの元へと向かった。

 ここで、エドウィン・フェレライが叫ぶ。


「お、おい、誰か! あの女を捕まえろ!」


 エドウィン・フェレライが叫ぶも、聖騎士はやってこない。


「おい、エドウィン・フェレライ。ずいぶんな物言いだな。妻である私を差し置いて、愛人と一緒にミサになんか参加する男に、あの女呼ばわりなんぞされたくないのだが」


 逃げようとしたのか、エドウィン・フェレライは立ち上がる。

 けれどもマルティナ夫人はエドウィン・フェレライを逃がさなかった。

 一気に詰め寄り、エドウィン・フェレライの胸ぐらを掴む。

 間髪入れずに頭から酒瓶の中身をぶちまけた。


「このクソ男が、大聖女に見守られながら死ね!!」


 ぬるりとした液体を頭から被ったエドウィン・フェレライだったが、猛毒の効果で苦しむより先に、マルティナ夫人は仕上げとばかりにマッチに火をつけて投げつける。

 酒瓶の中身は油だったのだろう。

 エドウィン・フェレライの体が一気に燃え上がる。

 このような事態になって、ようやく皆に危機感が芽生えたようだ。

 誰かの「逃げろ!!」という叫びをきっかけに、恐慌状態におちいる。


「きゃあああああ!!」

「わあああああ!!」


 皆が皆、出入り口に殺到するので、逆に身動きが取れなくなってしまう。

 そんな中、エドウィン・フェレライの体は火刑を受けたように燃え上がる。

 彼の愛人はすでに見捨てており、外に脱出しようと駆けだしていた。

 マルティナ夫人の姿はあっという間に人波に呑み込まれ、どこにいるのかもわからなくなった。


「ヴィオラお嬢様、私達も逃げませんと!!」

「ええ、わかっているわ。でも、お母様を確認してからじゃないと――」


 シュヴァーベン公爵が守ってくれるだろうか?

 なんて考えつつ前方を確認すると、とんでもない状況に気付く。

 シュヴァーベン公爵が、シュヴァーベン公爵夫人とヒルディスの手を取り、前方にある扉から脱出しようとしている姿を発見してしまった。

 母は一人残され、呆然としていた。

 シュヴァーベン公爵は母を見捨てて、家族を連れて逃げたようだ。


「なっ、なんてことなの!? お母様を助けないと!」

「は、はい、急ぎましょう!」


 前方の席まで行こうとするも、人波が押し寄せる。


「ちょっ、まっ、嘘おおおおおお!!」


 母のもとに行きたいのに、リナと二人、後方にある出入り口のほうへと流されてしまう。

 行きたい方向は真逆なのに。

 母はシュヴァーベン公爵に見捨てられたことが余程ショックなのか、身動きを取らず、一家が去って行った扉を見ながら佇んでいた。

 エドウィン・フェレライから上がる火は燃え広がり、辺りは炎の絨毯と化していた。

 早く逃げないといけないのに。


『あなた様、わたくしの背に乗ってくださいませ!』


 大精霊ボルゾイが席の背もたれに立ち、ここを脱する手段を提案してくれた。


「ボルゾイ、リナもいい?」

『ええ、もちろんですわ』

「ありがとう」


 リナの腕を力いっぱい座席のほうへと引き、手早く説明する。


「あのねリナ、今からわたしの守護獣の背中に乗るの。あなたも後ろに跨がって」


 姿が見えなくて戸惑うだろうけれど、と伝えると、リナは「承知しました」と震える声で返してくれた。

 座関の上で伏せの姿勢を取る大精霊ボルゾイに跨がり、リナにも位置を教える。


「ふ、ふわふわしています」

「そうよ。しっかり捕まっていて!」

「は、はい!」


 大精霊ボルゾイはわたしとリナを背中に乗せた状態で立ち上がり、一気に母がいるほうまで跳び上がった。


「~~~~~!!」


 叫ばなかったわたし達を、誰か褒めてほしい。

 なんて思っている間に、母の前に辿り着いた。

 大精霊ボルゾイの背中から下りると、母の腕を取る。


「お母様、早く逃げないと!!」

「え、ええ、そうね」


 ここでようやく母は我に返ったらしい。

 出入り口は人が殺到しているので、先ほどシュヴァーベン公爵一家が逃げた扉を使わせてもらおう。


 辺りは煙が充満し、火も広がっていた。

 猛毒を含んだ煙は危険だ。母とリナに口と鼻にハンカチを当てながら避難するように言った。


「こっちよ!!」


 母の手を握ったまま、外へと誘導する。

 扉を抜けた先にある廊下を進むと修道女や修道士がいて、出口のほうへと誘ってくれる。

 あっという間に外へ脱出することができたのだった。

 母も、リナも、ケガはなく無事だった。

 しかしながら、白い服はすすまみれ。

 とてもこれからレンに会えるような姿ではないだろう。


「もう、なんなの……」


 せっかくこの日を楽しみにしていたのに。

 エドウィン・フェレライとマルティナ夫人の夫婦仲を引き裂こうとした罪なのだろうか。


「どうしてこうなったのよ!!」


 叫ばずにはいられない。そんな状況だった。


 ◇◇◇


 その後、母は意気消沈状態で、すっかり大人しくなっていた。

 そんな母を見捨ててレンのもとへ行けるわけがなく、リナに今日は会えないという伝言を託して帰ることにした。

 きっとレンのことだ。わかってくれるだろう。

 シュヴァーベン公爵一家はすでに屋敷へ戻ってきているようだった。

 けれども母の安否なんて確認にすら訪れない。

 母はそれもショックだったらしく、煤まみれのまま、動けずにいた。

 そんな母の体を拭いてやり、風呂に入るように促す。あとの世話はメイドに頼んでおいた。

 そうこうしているうちに、リナが帰宅してくる。

 レンと会えたようで、伝言も伝えてくれたようだ。


「大聖堂での騒動を聞いて、驚いていらっしゃるご様子でした。今日のところは、ゆっくり休むように、と」

「そう、ありがとう」


 嫌われたらどうしよう、なんて思っていたが、やはりレンはわかってくれたようだ。


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