Face22 穢れ無き正義
影さえ生まれないほどの光に包まれた黄金の向日葵畑に、俺は立っていた。ここは…どこだ?さっきまで俺は空の彼方にいたはずだ。それがどうしてこんな所に?いわゆる…『天国』ってやつか?だとしたら、俺は死んだのだろうか。
「少し違うな」
誰かが言った。いや、誰かじゃない。多分俺は知っているんだ、この人を。ハッと振り向く。やはりそうだ。
「ここは意識の世界。生と死の狭間ってやつだよ、天才君──って、無神論者に言っても仕方ないんだろうな」
「厚木さん!でも、どうして…」
そう、この人は死んだ。本来、俺の前にいてはならない。いや、俺も死んだから目の前にいたってアリなのか?訳がわからん。
「だからまだ死んでないって、お前は。生と死の狭間だって言ったじゃないか。天才が聞いて呆れるぞ?」
「いや、でもそんなこと言われたって…」
「とにかく、俺とお前がここにいる。それは変えようもない事実だ。それで十分だろ?」
まるっきりデタラメだ。何故ここにいるのか、そもそもここが何なのか、というかどうして厚木さんは俺の考えがわかるのか、まるではっきりしないことだらけなのに。生と死の狭間なんて言われてもピンとこない。それでもだ。目の前に厚木さんがいる。俺はそれだけで胸に熱いものが込み上げてきた。言おうとしたことを精一杯、ぶつける。
「それより厚木さん、聞いてくれよ。俺、友達が出来たんだ。夢も出来た。親父と仲直りできた。それで、それで…」
言いたいことがもっとある。たくさんあるのに、言葉が足りない。頬から涙が流れゆく。
「俺、泣くつもりなんてないのに…何でかな、止まらないよ…」
拭いても拭いても流れゆく。何故、伝えたいことは伝えたい時に伝えられないんだろう?
すると、厚木さんが俺に近寄り、肩に手を置いた。
「安心しろ。ちゃんと伝わっているから」
「言葉にしきれていない」
「たまには言葉より語るものだろ?心って」
集合的無意識。俺自身が意識しない意識。それは本能とは異なり、むしろ本能に逆らう行為に及ぶことさえある。例えば…『誰かを助けたい』とか。そして、そうした想いは時に伝播される。人が生まれながらに持つネットワーク。
「ありがとな、湊人」
湊人。俺の名前。親父がくれた名前。水の集まるが如く、万事を受け入れる人たれ。そう願われた名前。改めて噛みしめると、皮肉っぽいな。俺はずっと、誰かを拒んで生きてきた。孤高であろうと願いながら、結局は幼い夢の残滓を──『誰かのヒーロー』を追いかけていた。
「それでもお前は見つけたんだろ?友達を。守りたい仲間を」
「…ああ」
静かに頷く。俺がこの名前であることにも意味があったのだろう。今ならそう思える。憎さは無い。
「わかった気がする。完全な勝利を、尊厳を守るということを」
「何だ?聞かせてくれ」
心が読めるくせに。実際、そう言いながら顔をニヤつかせている。知っている答えを聞くのがそんなに楽しいのか?
「お前の口から聞きたいんだよ。心が言葉よりも語るように、必死に練り込んだ言葉は心を超えることだってある。お前はどっちかと言うと、後者の方が得意だろ?」
そう言われればそうなのだろう。俺は厚木さんの言葉にあやかり、その言葉を必死に練り込んだ。
「──『許すこと』、だろ?」
『許す』と言っても、ただ相手の所業を認可するとかそういうことではなく、人としての尊厳を慈しみながら悪徳を滅する、その心意気のことだ。
「…難しいお題ですよね」
「そうだな。でも、やるんだろ?」
「当然。だからこそ燃え上がるってものです」
突然、厚木さんが俺の肩を押した。勢いで黄金の向日葵畑に身体を潜らせる。
「厚木さん!?──」
「その意気だ」
最後に聞こえたのはこの一言だけだった。最後に見たのは、世界色だった。
次に目を開けた時、俺はまた空の上にいた。核ミサイルが目と鼻の先にある。いくら銃弾を寄せつけないこの身体であろうとも、核ミサイルなんて喰らっては死ぬしかない。だが、俺は死ねない。自己犠牲など、俺の美学に反するからだ。完全な勝利に泥を付けるつもりはない。俺の誇りに懸けても、『死ぬ』なんて選択肢は取らない。だから──
「守り抜く!」
その時、俺の盾から光の線が広がった。それは数多の長方形を描き、小さな長方形が連なって大きな長方形を作り、気づけば核ミサイルよりもはるかに巨大な壁が出来上がっていた。
「これは…」
何がトリガーになってこれを生んだ?自覚がない。そう言えば、厚木さんの遺してくれたメモに量子のことが書かれていた。なんでも、意識に反応する分子だとか。そして、この身体は量子から様々な物質を生成できる──そのための燃料として電気が必要なのだ──旨のことが。だとすると、これもまた量子の利用によるものか?『巨大な盾を創る』それが俺の力?
考えている間に核ミサイルが衝突し、大爆発が起きた。長方形の破片が飛び散る。心臓の鼓動を、重力を、太陽の光を感じる。俺は生き延びたんだ。
だが、喜ぶのも束の間、上空からの着地に備えなくてはならない。どう乗り切る?盾で摩擦熱を減らすか?いや、G(重力加速度)の問題は変わらない。このままではぬか喜びだ。何としても、無事に生還しなくては。
──待てよ?俺はさっき、自分の力を巨大な盾が創れることだと思っていた。実際、俺の武器は盾だ。しかし、本当に意味する所が別にあるのだとしたら?つまり、普段なら無かったような違和感が答えなのだとしたら?それが窮地を脱すヒントになるのではないか?思い出せ、核ミサイルを防いだ時の感覚を。
まず、『守り抜く』と強く意識した。それをトリガーに光の線が無数の長方形を生み出し、一つの巨大な長方形をなした。光の…線?これだ!これだけが普段と異なる要素!理解したぞ。俺の力は『巨大な盾を創る』ことじゃない。本当の力は『光の線を繋ぎ、引き寄せる』こと。核ミサイルを防いだのも、ミサイルの両側面を『引き寄せる』ことで圧縮し、爆発させた。爆風も『引き寄せ』て掻き消した。そういうことか。ならば…
座標を決める。下を見渡し、国会議事堂を探す。途中、ふと青い光が瞬いた。俺は『それが座標でなくて何なのか』と、一片たりとも疑いもせず、青い光を基点に短い線を結んでいった──一本せいぜい20メートル、インターバルは五秒か。光の線を伝って、俺は滑り落ちていく。
やはりな。B-ONEだ。あの腕は何だ?あれも万丈恵美の力なのか?B-ONEを縛っている。俺は光の線を小さな長方形に変え、丸太を切るノコギリのように腕を切り落としていった。腕は跡形も無く消滅し、同時に大地へ降りた。
「G-ONE…?」
深呼吸をしてから、『あの言葉』を選んだ。
「──ああ。助けに来たぞ。俺が!」
現在の状況を確認する。俺の側と向こうに十字架。人が磔にされており、こちら側は意識を失っている。この分だと向こうも同じだろう。頭に伸びた透明の糸を辿る。その先には、十字架を挟んで万丈恵美が立っていた。何が起こった?
「万丈恵美が世界中の意識を支配したの」
いわば『意識のハッキング』といったところか。ただ、それだと『天国』へは行けないはずだが。厚木さんのメモによれば、『天国』に必要なのは複数の意識、つまり『他の誰か』なのだ──『他の誰か』というのは俺の解釈とはいえ、あの演説のことを考えるとほぼ間違いなかろう。で、万丈恵美がしているのは、パレットの上の絵の具を全て赤にしているのと同じ。『天国』に行きたいなら、これが何色か必要なはずなんだが…何故それを知ってこんな暴挙に?
「『天国』は諦めたのか?」
B-ONEは微妙な表情を浮かべた。どちらとも言いがたい、そんな感じだ。何というか、奴は典型的な芸術家なのだろう。自分の目標に狂い、故に躍進する。たとえ目標が傀儡化してでも。だが、奴はそんな自分を疑っている。自覚が無くとも、矛盾してしまっている。俺自身がそうだった。過去を捨て去ろうとしながら、結局ここにいる俺は過去の累積で出来ている。それを感じずにはいられなかった。奴にもそうした矛盾があるのだろうか。
「それと…」
今度は泣きそうな顔でB-ONEが言った。水滴一つで掻き消せそうな声だった。
「何だ?他に何があったんだ?」
「R-ONEが…死んじゃった…」
こいつ、今なんて言ったんだ?どうして身体から力が抜けていくんだ?いや、わかっている。この感覚、厚木さんの時と同じものだから。また失ってしまったのか、俺は。それでも、俺はあの時とは違う。『死んでもいい』と考えていたあの時とは。朴の想いも、厚木さんの想いも、全てを背負って生きていく覚悟が俺にはある。
「決めただろ?俺達は全てを取り戻す。ここで折れたら全てがフイになる。それだけは…勘弁したい」
左腕から光の線を飛ばす。万丈恵美を捉え、間合いを詰める。奴は避けることもままならず、俺のパンチを喰らった。やはりそうだ。今の万丈恵美は動けない。世界中の意識を我が物にしたのなら、それを消化する必要がある。でなければ、そもそも動くことができない。パソコンと理屈は同じだ。大量のデータを使えるようにするには、それなりの時間と容量がかかる。
「今のうちに叩き込め!!」
B-ONEが加勢する。だが、万丈恵美に攻撃が届いていない。バリアのようなものが張られているのか?
「そう何度も同じ手は喰らわないわよ!」
すると、デュラハンがアジトでやってみせたようなことが起こった。『無』から『有』が生み出されたのだ。空が見えなくなるほど高い壁に囲まれる。逃げられない。壁が迫ってきた。このままだと二人とも押し潰される。人一人通れる穴程度でいい、とにかくこの壁に風穴を開けないと。しかし、いくら攻撃しても通用しない。
「当然でしょ?あくまで『意識の存在』なんだから、攻撃できる訳ないじゃない」
ということは押し潰されても死にはしない──はずないな。恐らく与えられるのは精神的死だ。外傷は無い。が、精神系はズタズタにされて死ぬ、といった具合に。死ぬつもりは一切無いが、死ぬにしてもそんなむごい死に方はゴメンだ。とはいっても、このままでは…
「それでも、私達は死んだR-ONEの分まで頑張る!そうでしょ?G-ONE!」
「…ああ!」
本当に逞しくなったな、この少女は。と、刹那の感傷に浸っていた時だった。突然、壁にヒビが入った。そして、破片と共に空が姿を現した。太陽を背にする首無しの人影。あれは…まさか…!
「誰が死んだって?」




