Face18 無駄じゃない
アジトの最奥部で、デュラハンはヘブンズ・ロードに手を触れていた。中に閉じ込められた少女のことを考え呟く。
「『天国』…マスターはそこへ行くと言った。そこには『彼』がいる。私のモチーフとなった『彼』が。なら、私は何なのだろう…?」
万丈恵美の恋慕う男の虚像として生まれた。万丈恵美の心を慰めるためだけに、その姿を得た。では、もし彼女が天国に辿り着いて『彼』に会えたとして、デュラハンに残るのは何だろう?そう、デュラハンに用意された『明日』はどこにもない。
錆だらけの扉を打ち破る音。R-ONEとG-ONEだ。
「来たか、一号機」
デュラハンにとって、二人はあくまで量産型の『製品』の一つ。取るに足る存在じゃない。でも、二人は違った。二人にとって、デュラハンは無視できない存在なのだ。
「全てを取り戻しに来た」
「今までの借り、利子も合わせてたっぷり返してもらうぜ!」
「──諸君の勝率を計算した。『0%』。コンマのズレ一つなく、完全なる0だ」
デュラハンは淡々と言った。二人の言葉は歯牙にもかけず、ただ脳内で打ち出した『事実』だけを口から発する。
「なら、下馬評を覆して完全勝利を決めてやるよ」
「不可能だ。私の計算は絶対だ」
「テメーの計算が外さねぇにしても、オレ達はぜってぇ倒す。這いつくばってでも、ぜってぇに全部取り戻す!」
「減らず口ばかりを!」
ヘブンズ・ロードを背に、デュラハンは体内の量子加速器を作動させる。量子は思念の分子。相手の意識次第でその波はどうとでも変動する。この装置はそうした相手の意識を加速させ、体感速度を速める。つまり、例えば量子加速器を付けたまま1km/hで動いたら、観察者からは100km/hで動いているように見えるのがこの装置なのだ。
体感速度100倍のパンチがR-ONEを襲う。相手が100倍速く見える分、逆に自分の動きは相応に遅く感じる。その錯覚は実際の動作にも影響される。R-ONEはデュラハンのパンチを防げなかった。普段なら確実に止められる速度を止められなかった。
R-ONEが脇腹を押さえて立ち上がる。幸い、吹っ飛ばされながらも再生は果たせたようだ。
「やべぇ、速すぎる…」
R-ONEからしてみれば、再生する暇もないパンチが来たことになる。しかし、実際はいくらでも再生するチャンスのある速度だったのだ。
デュラハンはR-ONEに追撃する。速すぎて追いつけない『ように見える攻撃』に、R-ONEは防戦一方となる他なかった。どうすればいい?
「再生!」
デュラハンがR-ONEに攻撃している隙に、G-ONEがグリーンフェイスとなる。再生するや否や、G-ONEは飛び蹴りを仕掛けた。
「これなら『錯覚』に関係なく攻撃できる!『重力は嘘に惑わされない』!」
そう、彼はこのことを見抜いていたのだ。まず、彼はR-ONEの動きに違和感を持った。いつもよりはるかに遅い反応、しかし、決して意図的ではない故に『力強く遅い』状態で動いている。そして、デュラハンの攻撃がいたって普通の速度で行われている。この現象を『速すぎる』としたR-ONE、『普通である』としたG-ONE。導かれた答えは一つ、『錯覚』だったのだ。
「さすがの洞察力だが、致命的な見落としがある」
そう言ってデュラハンは身体をくいと傾けた。ちょうどその隣をG-ONEが真っ直ぐ通過する。
「飛び蹴りは『一方向にしか』動けない。故に、あまりにも避けやすい」
すかさず着地直後のG-ONEに裏拳を叩き込む。G-ONEはヘブンズ・ロードから遥か遠く、入口付近まで飛ばされた。
「二人がかりで圧倒されるだと…!?」
「シャレにもなんねぇ強さだなぁオイ…!」
「終わりだな」
しかし、二人は再び立ち上がった。何故?
「冗談だろ…!こんなとこで終われっかよ…!」
「終わったのはウォームアップだ…!ここから本気で行かせてもらう…!」
とはいえ、戦況は圧倒的に不利だ。作戦を立てようにも、デュラハンに筒抜けになるため、アルケ・ロゴスは使えない。隙を見て再生を解除するしかない。だが、それはデュラハンの攻撃から身を守ることをやめるのと同義。ただでさえダメージが激しい状況下、迂闊にやれたものではない。
すると二人は互いを見合った。何をするでもなく、ただ互いのことを見ていた。それだけなのに…どうして?
「これでシャットダウンだ」
周囲にホログラムを生み出す。TBラボで起きた一連の異変はこれによるものだった。あの生産ラインさえも──エレキガンは例外だが──全てこれで創り出していたのだ。だが、あの時と異なるのは…このホログラムは『本物』だということ。すなわち、今二人の上空に見えている矢の大群。これに刺されば、二人はそれだけのダメージを受ける。量子体はこんなこともできるのか。
「隙間はない、か」
「じゃあ…やるこたぁ一つだな!」
G-ONEが前に立って盾を構える。ちょうど後ろでR-ONEがしゃがむ。矢が弾かれる。ほんのわずか、隙間が生まれた。
「今だ!」
「おっしゃあ!」
R-ONEが盾の上に飛び乗り、蹴り上げて宙を舞う。そして、中央のヘブンズ・ロードに拳を叩き込んだ。
「何!?」
デュラハンの狼狽を予測していたかのように、G-ONEは笑んだ。
「予想的中だな」
それからG-ONEはいつものように、名探偵気取りの振る舞いで説明した。
「お前がその装置を後生大事にしてそうだったのでな、狙わせてもらった。大方、『天国』とやらに必要なものなんだろ?それ。硬いからセーブモードは解除しなくてはならなかったがいいよな?どうせ壊れるんだから」
デュラハンは睨んだ。だが、機械の中から赤い液体が舞った途端、カタカタと高笑いを上げた。
「知らなかったか?あの中には『人がいる』!これで諸君は正真正銘、完全に『人殺し』だ!諸君は自らを取り戻さんがために、人を殺す悪魔に身を堕としたのだ!」
だが、G-ONEの口から笑みが消えることはなかった。そして確信めいた声で言う。
「ああ、『知っている』」
どうして?
「アルケ・ロゴスの反の──いや、勘でわかる」
一応の道理を突きつけようとしかけて、G-ONEはやめた。理由が『その方が相手が悔しがる』だなんて、何というか、G-ONEらしい。
「勘…だと…!?そんな、そんな不確定要素で…!ヘブンズ・ロードに攻撃しただと…!?」
「言ったはずだ。俺達は『全て』を取り戻すと。名前も、顔も、声も。そして──『仲間』も」
デュラハンが振り返ると、R-ONEが殴った手だけ再生をやめていた。流れ出た血はR-ONEのものだったのだ。ヘブンズ・ロードがヒビから砕け散る。中から少女が顔を現す。
「何故だ!諸君は勘なんかで赤の他人を助け、我々の崇高な意志に泥を塗るのか!この偽物共が!」
「ったく、人殺しだの何だの言っといて矛盾してんじゃねぇか──そうだ。オレ達は赤の他人同士で、ニセモン集団だよ。でもな、オレ達が出会ったってこと、オレ達がぶつけた気持ち、全部マジモンだ!オレ達自身が本物かなんて、ハッキリ言ってどうでもいい!オレ達が出会って感じたもの、それがオレ達の『本物』なんだよ!」
声が聞こえる。『立ち向かえ。最後まで』
「不良品がアアアアア!!」
パパ、やっとわかった。私の力で立って、私の力で向き合って。それが『立ち向かう』ってことだよね。私は二人の仲間と『立ち向かう』。そして取り戻すよ。パパとママとの日々を。皆の平和を。そして──『私』を。
「再生!」
青い光が身を包む。私には『本当』がない。でも、私が見て、感じて、考えたこと。それは全部『本当』なんだ。二人が教えてくれた。
「止められた…!?私の、攻撃が…!なっ、離れない!?ぐっ、離せ!その手をどけろ!」
「ありがとう…二人とも、ありがとう。私も取り戻す。私の…『全て』を!」
デュラハンの手を握り潰す。刹那、背後に回る。磁力移動。
「何っ!?」
剣を取り出す。デュラハンが振り向いた途端、剣は落雷のごとく、無軌道かつ神速の勢いで放たれる。雷撃刀法。
「『極み』に…至った…!?」
斬り刻まれた傷口から機械を覗かせる。
「まさか…『同質なのか』!?『マスターと』!」
「終わりよ!」
量子加速器すら振り切るほどの速さ。周りの速度をも歪める──光の速さで攻撃を加える。
「器…ごときが…」
瞬く間にデュラハンは生首だけになった。R-ONEとG-ONEが私に近寄る。
「やったな!」
「すげぇなお前!」
二人の言葉。嘘偽りない、『本当』の言葉。その温もりが嬉しくて、私は涙を流した。
「何で泣くんだよ!」
「だって…だってぇ…」
「今は思いきり泣いていい。俺達の生きる明日、その先の未来、思いきり笑うために」
その時、私は心の底から思った。『この二人でよかった』と。
余韻に浸っていると、デュラハンだった生首が不敵な笑い声を上げた。
「ヘブン・プロジェクトは、じき完遂される…!今、ロシア軍基地にハッキングして、核ミサイルのスイッチを起動させた!着弾点は──皇居!」
「何!?」
「そんなことをしたら、日本壊滅どころじゃない!世界大戦に発展するぞ!」
生首は私達を嘲り続ける。
「諸君が未来を生きることはない!全ての意思は、マスターの糧となる!『量子世界への階段』となるのだ!」
直後、生首が爆発した。
「急いで止めねぇと!」
「恐らくそこに万丈恵美もいる!」
「行こう!『再生する』ために!」
R-ONEが、G-ONEが頷く。そう。私達には過去という退路はない。でも、立ち向かうべき未来は広がっている。二人の道標がいる。私が無を揺蕩うことはもうない。私が立ち向かう先に『有』が生まれるから。私は取り戻す。私の全てを。私は今度こそ『私』として『再生』してみせる。二人の道標と共に。




