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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face17 あの頃には帰れ無いけれど

 厚木さんのメモ帳に書かれていたこと、それはデュラハンが万丈恵美の造り出したアンドロイドで、今までの戦いは奴等による『天国』へ至るための『実験』に過ぎない、そういう内容だった。それが、厚木さんが自分の居場所を──警察を敵に回して手に入れた情報だった。

「まんまと、体のいいモルモットにされていた訳だ…」

 つまり、俺達は奴等の計画のために『ヒーローごっこ』をさせられていたということだ。こんな下らない種明かしをされては、もはや笑うしかない。悔しすぎる。こんなことで厚木さんは死ななければならなかったのか。こんなことで…こんなことで…!

「〇〇…」

 神父様が気安く声をかけてきやがる。

「憐れか?憐れだろ?え?笑えよ。俺の人生、道化そのものなんだよ」

 今度は黙る。鬱陶しい。苛立ちが治まらない。

「笑えよ!お前もその一人だろ!?なぁ!俺の人生を弄んだ一人だろ!?俺の人生最大の失敗はな、お前達の遺伝子を継いで、生まれてしまったことなんだよ!」

 何を黙ったままこっちを見つめていやがる。ふざけるな。俺が悪者だとでも言いたげな目をしやがって。ああ、そうさ。それでいいさ。だが、そうなるしかないだろう、お前達から生まれてしまったのなら!メモ帳を顔面めがけて投げる。途端に虚しさが襲ってきた。こんなことをしても、過去は返ってこない。厚木さんも生き返らない。無意味だ。『俺』の生きる意味は、そこにはない。全てが…虚無だ。

 すると奴は気でも違えたのか、俺を抱き締めた。何も言わず、ただそうし続けた。何もしなければ、ずっとそうしているのではないかと思うほど、俺のことを抱き締めた。

「おい、離れ──」

 肩に滴が落ちる。涙か?何を今更。憎々しい奴だ──憎々しいはずなのに、何故俺はほんの少し安らぎを覚えているんだ?

「そんなことしても、俺は…」

 鼻孔を刺激するこの匂い。色んな記憶が甦る。

『〇〇、プレゼント。好きだったろ?あのヒーロー』

『〇〇は凄いな。将来は大物だな』

 そうだった。俺の親は、決して冷たいばかりではなかった。俺は知っていた。二人がああなったのは、二人が真面目すぎたからこそだと。『安いから』と外国人雇用者の代わりに足切りされても、世間にどれだけ見放されても、それでも俺を育てるために頑張りすぎたからこそ──疲れたのだと。壊れたのだと、知っていたはずだった。

 俺が許せなかったのは、幼い記憶すら霞ませるほどのクズに成り果てた親ばかりではない。一番許せなかったのは…その時、何もできなかった俺だったんだ。

 いつの間にか、奴の背中に手を回していた。岩の裂け目から清水が流れ出るように涙がこぼれる。そして、震える声で囁いていた。

「親父…」

 集合的無意識、か。俺は親父を抱き締める手を強くした。

 突然、部屋のテレビが点いた。親父からそっと離れ、テレビに近づく。少女?能海雲雀…?いや、あれがJACの真のボスなのか。直感的にわかった。演説(プロパガンダ)が始まる。大衆を扇動する者と同じ手口。自らが動くでもなく、第三者を過激な行動へ駆り立てる。自分の手は汚れず、それでいて自分の主張は通るとでも思っている輩。

 何より引っかかるのは、自分の名前──『能海雲雀』を不自然に強調していること。『我々』と語りたいのなら、自己紹介などわざわざしなくてもいいはずだ。それをわかって、敢えて名乗っているのだとしたら?殊更に強調する理由があるのだとしたら?闇町での出来事を思い出す。まさか…

「行かないと…」

「どこへ?」

 親父が聞く。口に出ていたのか。そうだ、俺は行かなくてはならない。

「俺の行くべき場所へ」


「行くのか」

 親父が言った。

「ああ。俺にはやるべきことがある」

「そうか。頑張れよ」

 柔らかな声だった。俺はそこに『親』を見た。親父はメモ帳を見ていないから、恐らく事情はわかっていない。それでも送り出してくれる。激励してくれる。これが『親』なのか。ずっと忘れていた感覚だった。

 振り向いて教会を出ようとすると、甲高い声が呼び止めた。あのシスターだ。息を切らしている。

「どうした?」

「アンタに、謝ってないから…事情、わかってなかった…」

 立ち聞きしていたのか?抜け目がないというか、何というか。思わず吹き出す。

「な、何よ?」

「いや。…いい人なんだな、と」

 今度はシスターが笑った。

 ステンドグラスの青色が部屋を包み込む。俺はふと、ノヴァーリスの『青い花』という小説を思い出した。夢で見た奇跡(あおいはな)を求める旅人の話。未完の物語。俺も大概、理想狂いだな。祈りを信じているのだから。正義という祈りを。だが…悪い気分はしない。親父と同じであることに、今はむしろ嬉しさすら込み上げている。

「じゃあ──行ってきます」

「気をつけて」

 親父の言葉を背に、俺は扉を開けた。


 俺達のアジトはかつて、ナチス・ドイツの要請で造られたクローン生産工場だった。わざわざこんな記述が遺されていたということは、奴等の計画の要がここにあるという厚木さんからのメッセージだと捉えるのが自然だ。つまり、『天国』へ至るための策はあそこで行われる。デュラハンはそこにいる。

 あと数百メートルという所で、見慣れた姿の男が向かいの歩道を走っているのを見かけた。方向は同じ。やはり単細胞(あいつ)か。横断歩道を渡って、こちら側に出る。俺は信号の前で奴を待ち構えた。借りを残したままにしておくのは、俺のプライドが許せない。

 横断歩道の上で立ったまま、目を丸くしてこちらを見つめる。

「…渡れよ」

「あ、ああ」

 全く、何をやっているんだ。渡りきってから、俺は露骨にため息をついた。

「お前にはほとほと呆れた」

「うるせぇな。──で、何でいきなり止まったんだよ」

 すかさず、俺は頭を下げた。

「すまなかった。今までのこと、全て。許されるとは思っていない。だがせめて、一度だけでいい。俺と共に戦ってくれないか?」

 俺が誠心誠意込めて謝罪したというのに、あの単細胞は笑いやがった。

「今更やめてくれよ、気持ちワリィ」

「何だと?人の誠意を気持ち悪いだと?心底腹の立つ奴だな!韓国人め!」

「そうとも、オレは日本人と韓国人のハーフだ」

 …こいつ、どういう心変わりをしたんだ?闇町では『韓国人』の一言で理性を失ったというのに。今はむしろ誇らしげに見える。何故?

「…怒らないのか?」

「自分の生まれにケチつけたら、それこそ誰かさんに怒られちまうんでね」

 覚悟のこもった言葉だった。そして朴潤発は俺の方に歩み寄り、肩を叩いた。

「──取り返すぞ、オレ達の全部」

 粋なことをしてくれる。思わず笑みがこぼれてしまったじゃないか。厚木さん、見ているか?俺『達』は取り戻す。JACに奪われた全てを。

「…ああ、行くぞ!」

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