Face14 戻ることの無い関係
テロ対策本部は全滅した。厚木さんを皮切りに、あの爆発に呑まれて全員が消えた。奴等の行方もわからない。皆、散り散りになった。きっと誰も生きていないだろう。少なくとも、俺以外は。
もう何も考えたくない。もう、疲れたんだ。俺が一瞬見たあの景色。もしあれが天国なら、神よ、俺をそこに連れて行ってはくれないか?しかし、既に気づいていた。疲れようと何を願おうと、俺は俺から逃れられない。俺は生きねばならない。誰も守れなかった、誰も助けられなかった。その罪、その十字架を背負いながら。それが、俺に課せられた運命。
突然、ビジョンが俺を包み込む。これは…夢か?いや、それにしてはあまりに覚えのある場所。間取り、部屋の匂い、全てが俺の五感を刺激する。違和感に悶々とする中、テレビの前で子供が座っているのを見つける。ヒーロー番組の真似事だろう、いきなり立ち上がって必殺技を叫びながら動く。──その動き、俺は知っているぞ。これはまさか…
すると、いきなり子供が──この景色そのものが遠ざかっていく。
「待て!俺を置いて行くな!」
自分の声で目覚める。ステンドグラスから光が射し込む。ここは…教会?皮肉だな。無神論者への当てつけってやつか。え?聞こえているか、俺の身体。こんな所に来たって、何も戻りはしない。厚木さんはもう、帰ってこない。祈って救われるものなんて…ないんだよ。
「あら、気がつきました?」
女の声。若いシスターが側で立っていた。ということは、気絶していた所を運ばれたって訳か。しかしまぁ、我ながらしょっちゅう気絶するものだ。気絶するくらいならいっそ、そのまま逝けばいいのに。
「神父様、彼が起きました」
小さな教会だろうに、随分と御大層なことだな。その神父とおぼしき奴が扉を開ける──その顔、その声。忘れはしない。『お前』は…!
「具合はどうです?」
まさかお前なんかに出くわすとは思わなかったぞ。俺に遺伝子を半分よこした男。父『だった』男。胸中を怒りが立ち込める。
「何故、お前がここにいるんだ…!」
奴は額に触れようとしやがった。
「触るな!」
手を払いのける。息を荒げる。気安く触れるんじゃない、クズが。俺の人生を歪めた張本人が。
「…悪い夢でも見ましたか?」
自分の息子の顔も忘れたか?と言いたかったが、今の俺は赤の他人。だが、理屈ではそれを理解していても、やはり憎悪の衝動は抑えられない。
「お前がこんな所にいるのが悪夢じゃなくて何だっていうんだ?」
俺を捨てた男が仮にも神の使いを名乗るだと?ふざけやがって。地獄がお似合いだよ、お前なんか。ベッドから起き上がる。しかし、身体が言うことを聞かない。その場で崩れ落ちる。
「大丈夫ですか!?」
近づいてきた『神父様』を睨みつける。汚い手で触れるな。お前は『父』を捨てた。『神父』なんて地位を持つことすら許されない。そんな奴に触れられるなんて、死んでもゴメンだ。
「触るなと…言ったはずだ…!」
何かを諦めたような顔。それだ。その顔は俺の神経を逆撫でする。お前は俺を見捨てた時も同じ顔をしていたよな?
「…もはや、何も言うまい」
そうだ、お前に口を利く権利なんかない。俺との繋がりを断ち切ったお前が、今更俺と関われる道理なんて無いんだよ。這いずってでもここを抜け出してやる。こんな所にいることだけはごめんなんだよ。
「待ってください!」
シスターが金切り声を上げる。
「あなたが神父様とどのような関係がおありかわかりませんけど、介抱された感謝ぐらいは言うのが筋じゃないんですか!?」
煩わしい女だな。B-ONEを思い出す。奴は豹変した。それは以前から見られた。が、闇町での豹変は今までと異なっていたように思う──やめよう、考えたって無駄なんだ。脇道に逸れた想像の後、適当に返した。
「別に頼んでいない」
シスターの顔に憤怒が浮かび上がる。だが、神父様がそれを止めてさしあげる。
「良いのです。もう、良いのです…」
『もういい』だって?事もあろうに『もういい』だと?何がいいって言うんだ。何を勝手に終わらせようとしているんだ。
「何も良くない!お前がしてきたこと、何も良くないんだよ!」
離婚したことも、俺を捨てたことも、全て『もういい』っていうのか?何もなかったみたいに言うんじゃない。
「お前、聖人なんだろ?だったら生き返らせてみせろ!厚木さんを!俺に返せよ!家族ってやつをさぁ!!」
胸ぐらを掴んで叫んだ。その時、横からビンタが飛んできた。シスターのものだ。
「いい加減にしなさいよ!あなた、何者か知らないけど、神父様に何の恨みがあるっていうの!?」
頬を拭って吐き捨てた。
「恨みか…フフ…ありすぎて困るぐらいだ…そうだな…例えば、こいつが『子供を捨てた』って言ったらお前、こいつをどう思う?」
神父様の目の色が変わった。驚き。図星だよな。当然さ、捨てられた本人が言うんだから間違うはずもない。
「…茉莉さん、席を外してくれますか?」
神父様はシスターに向かってそう言った。釈然としないまま、シスターは出て行く。直後、話を切り出した。
「──お前、〇〇か」
「そうだ。あの日、お前が捨てた男だ…!」
「風体では気づけなかった」
「顔も、声も、名前も、全部変えた。お前達がくれやがったモノ全てを捨ててやった」
当てこすり。だが、奴はそれすら他人事みたいに、
「指名手配、されたからか?」
親が子に向ける言葉じゃあないだろ、それは。それは警察の奴等が言うような言葉だろ。俺が欲しいのはそんな言葉じゃない。正直言って前半部なんて飾りだ。俺が気にしてほしかったのは、そこじゃなかった。だがお前は、見事に外しやがった。厚木さんなら当てられたはずなのに。やはりお前は俺の親なんかじゃない。
おぼつかない足で立って、一発殴る。
「何でだ…!何で俺を捨てたお前が、神父を名乗っていやがるんだ…!答えろ!!」
流れる血を拭き取って、奴は言った。
「美学だよ」
「人を捨てる美学か?」
首を振る。
「取り返しのつかないことをしてしまったら、それを補うべく明日を費やす。徹底して、誰かの明日の糧となる。償いの美学だよ」
償い?今更それであの日が戻ってくるとでも思っているのか?厚木さんが戻ってくるのか?そんな訳ない。
「それは所詮、自己満足だろ」
俺がそう言うと、奴は自嘲的に語りはじめた。
「そうだ。時は戻らない。傷も癒えない。全て自己満足さ」
開き直りやがって。どこまでも俺を愚弄するのか、この老害は。
「だが…他に何ができる!?妻とお前を失ってはじめて、ようやく自分のした愚かしさと、取り返しのつかなさを知ってしまった!何もできないまま、時だけが刻々と進む!」
失ってはじめて知ってしまった、か。厚木さんもそうだ。俺はあの人がいなくなってからようやく、あの人の存在の大きさを自覚した。こいつらに捨てられてから、誰も信じられなかった俺の側にいてくれて、俺の人格を『再生』してくれたのはあの人だったんだと、気づいてしまったんだ。
「父親として、いや、人間として最低なんだよ。私は。だからせめて、誰かの役に立ってから死にたい。そう願う内に、神父になっていた」
「随分楽な道へ逃げたんだな。祈るだけで事足りるとは、クズのアンタらしいじゃないか」
「違う」
「いいや違わないね。大体、宗教なんてものにすがる奴等は皆そうだ。祈るだけで何もしない。それで偉い面しているんだから、ただの傍観者よりもタチが悪い──」
「〇〇!」
説教でも始まりそうな雰囲気だな。今になって父親面か?
「窓を見ろ」
何があるんだ?ただの庭だろ。覗きこむ。外で子供達が遊んでいた。身なりは清潔だ。ということは孤児ではない。なら、奴の隠し子か?
「あそこにいるのは皆、親に無視された子供達だ。大人の言い訳の犠牲にされた子供達なんだ。そんな子供達を、我々は預かっている」
夢を──自分の子供時代を思い出す。忌々しい記憶。これを植えつけたのだってアンタだろうが。聖人ぶりやがって。
「あの子達を見ていると、毎日夢に出るんだ。お前が。そういう日は決まって眠れない。あの子達がいることで、私は罪を強烈に自覚する。あの時、お前に愛情を注げられなかった自分がいたことを思い出す」
つまりはあれか、臥薪嘗胆に近いものか。古代の中国人は悔しさを忘れぬために薪を敷いて眠り、胆を嘗めたが、お前は同じことを子供達で行っていると。前言撤回だ。お前は聖人になりきってすらいない。自分のために子供すら利用する、とんだゲスだよ。あの頃と変わらない。
ただ…忘れていなかったんだな。俺のことを。
「お前は私のように、後悔を背に生きるべきではない。お前は日の当たる道を歩くべきなんだ」
と言って差し出したのは、メモ帳だった。
「警部さんが渡してくれた。中身は見ていないが、息子の罪を晴らせるかもしれないと言われた」
厚木さんか!署長から情報を得たんだな!俺はすかさずメモ帳をつかんだ。付箋の貼られたページをめくる。──何だと…!?
「どうした!?」
「そんな…バカな…」
書かれていたのは人体のクローン培養技術。闇町での出来事がフラッシュバックする。人肌とは思えない溶け方。剥き出しの人工筋肉。どうりで目的と構成員が一致しないはずだ。何故ならJACの構成員は全員、クローンなのだから。
他にも様々な計画のことが書かれていた。だが、最も驚くべきことがあった。首謀者の名前だ。そこに大きく書かれていた名前、それは…
「『デュラハン』だと…!?」




