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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face13 偽りの無い心

 闇町が消えた。そこに住む人が消えた。オレの家が消えた。ネットが無くなっても、これは大騒動になった。だってよ、ちっせぇっても一個の市町村ぐらいのデカさはある所を全部、あの爆発が呑み込んだんだからな。

「──よく…無事だったね」

 知事が言った。黙ったまま、ベッドの上で寝てるハイユンを見つめる。オレは、オレ達は生き残ったんだ。いや、生かされたのかもしれねぇな。少なくとも、オレに関しては。

「それで…助かるんすか?この子は」

「急所は外れている。ただ…本人から生きる意志を感じない」

 確かにそうだ。出血はしたけど、そこまで深くない──G-ONE(ゴーン)もギリギリ理性はあったってことか。それでも意識が戻らねぇのは、ハイユンの心に『生きたい』って気持ちがねぇから。そう考える以外、この昏睡の理由が見つかんなかった。

「…オレのせい、か」

 あの時、必死になってハイユンを助けた。さっきまで恨めしくて仕方なかったのに。けど、あいつにはあいつなりの事情があった。あいつの事をちゃんと見てたら、テロなんかやめさせられたのかもしれねぇってのに。後悔ばっか押し寄せる。だから、気づいたら助けてた。だから、こうして今も、後悔がのしかかる。

「ハイユン…」

 日記を持つ手が強くなる。ハイユンの日記だ。廃工場にあった本音。多すぎて読みきれなかったけど、こんなことが書かれてあった。

【パソコンに届いた映像。幸福のお守りはジャマーだった。何故?何故〇〇〇〇さんがあそこにいたの?何故あんな仕打ちを受けないといけないの?JACは対話を大切にする団体じゃなかったの?私は…わからない】

 あいつはJACが何なのかさえもわかってなかった。はめられたんだ、あいつも。万丈恵美って奴に。でも、退くに退けなかった。あいつが脅した。

【主にここがばれた。私は明日、オラクルという機械に乗らなくてはならない。そのコクピットにほんの少しだけ、異様な色の血痕がこびりついていた。多分、何かしらの化学反応のせい。乗れば死ぬ。でも、私は逃げられない。主から、万丈恵美から。逃げれば援助を切られる。生きることはできない。それに、私は罪人。テロリストの一員。だから私はもう、引き下がれない】

 出会った時、あいつは本当に純粋にオレを見てくれた。国をよくするってのも、本気だった。嘘なんてどこにもなかった。本気で、オレの居場所でいてくれようとしたんだ。

【明日はクリスマス。神よ、どうか救いを。呪われた日々に終止符を】

 そのすぐ後ろに消し跡があった。筆圧で跡が残ってた。それでもかろうじて気づけるかどうか、その程度だった。でも、オレにはわかった。だってよ、これは…オレに宛ててんだから。

【助けて、〇〇〇〇さん】

 ごめん、ごめん、ごめん。言おうとするけど声が出ない。わかってんだ、オレが謝れる立場じゃねぇのは。もっと信じられたら。いくら謝っても届かない。んなこたぁわかってる。けど…オレ、何かできたはずだよな…オメーのためにできたこと、たくさんあったはずだよな…

 知事が黙ってハンカチを渡す。目元を触る。冷えきった涙。それから知事は十字を切った。祈り、か…

「…祈って、治るんすか?」

 言葉の方が先に出てた。そしたら虚しさが凄くなって、やりきれなくて、知事の胸倉をつかんでた。

「祈って治るのか聞いてんすよ!」

 泣きむせび、膝から崩れる。八つ当たり。あんなに意気がってたくせに、何もできちゃいない。ホント最低だ、オレ…

 けど、知事はそんなオレの肩に手を置いてく

れた。

「君は頑張った。全力で。だから…今は休むんだ」

 

 知事の部屋で、日記の下敷きになってる新聞を眺めてた。警察内部の決裂、外国人規制法支持派と反対派の対立の本格化。今、日本──というか、東京は大パニックだ。それなのに、オレにとっては他人事のような気がした。現実味を感じられなかった。ハイユンとのこと以外、全てそんな風にしか思えなかった。

 ノック。

「もう、いいかな」

 知事の声。

「…大丈夫っすよ」

 ドアが開く。知事は向かい合って座る。

「その…あざっす。オレ…」

「いいんだ。お互い様だよ」

 笑顔。ホント、よく笑う人だな。オレもあんだけ強けりゃ、ハイユンを助けられたんだろうな。

 と思いきや一転、顔が険しくなる。

「──それより、君のあれ。パワードスーツじゃないよね?自衛隊のどの部隊にも登録されていない」

 心臓が跳ね上がる。再生のことを言ってんのか?

「図星だね?」

 すぐさまそう続けた。ここまで来たらもう誤魔化しきれねぇ。ごめん、デュラハン。

「…何でわかったんすか?」

「闇町にいた人達は全員、あの爆発に巻き込まれている。本来、君が生き残っているはずがないんだ」

 言われてみればそうだ。オレはハイユンを助けたいがあまり、そういうことに頭が回ってなかった。

「でも…それ以上に、あの怪物に親近感を覚えたんだ。君と同じ感覚がした」

「そんな曖昧なことでわかるって…」

「曖昧じゃないよ」

 即答だった。語気も強(つえ)ぇ。何でそこまで信じられる?

「よく、人のアイデンティティーは外見で語られることがある。実際、外見に内面が引っ張られるケースは数えきれないほどある。けど、それは『アイデンティティーじゃない』」

「じゃあ、『アイデンティティー』って…?」

 知事は胸を指さす。

「もっと根本的なもの、つまり…『君が世界に触れる』ってことじゃないかな。僕はそう思う」

 『オレが世界に触れる』?意味わかんねぇ。わかんねぇけど…何故か響く。その響きは『自分らしく生きよう』とか『ありのままでいいんだよ』とか、そんな月並みの言葉とは違うものだった。もっとこう…深かった。

「…難しいっすね」

「今はわからなくていい。というか、一生かけても届かない、文字通りの命題だよ。アイデンティティーが何か、なんてさ」

 そうなのかもな。この深さも、言ってることが真理だからとか、これが世界の答えだからとかそんなんじゃなくって、命題ってやつの難しさと、それに全力で立ち向かおうとする知事の気持ちなんだろうし。

 だからこそだ。だからこそオレは、

「オレは…探したいっすね、その答え」

 知事はそれを聞いて、

「頼もしいな、日本のボディガードは」

 って言った。オレは嬉しくなると同時に、怖くなった。もしオレが半分韓国人って知ったら?いやいや、あの知事だぞ?あり得ねぇよ。わかってるはずなのに、どうも心がゾワゾワする。

「──ところで」

 我に返る。

「君はどうやってあの怪物に?」

 さて、どう言ったモンかな。正体がバレちまった以上、変に嘘つくのはやめた方がいいのか?キザ緑ならこんなピンチも切り抜けられるんだろうな。

 …キザ緑、か。三村湊人、あいつもJACに大切な人を奪われた。アルケ・ロゴスも繋がらねぇ。やっぱり、死んじまったのか…?いや、あいつだぞ?あんな高慢チキな奴がそんな簡単に死ぬ訳ねぇ。『憎まれっ子世に憚る』って言うしな。

 アルケ・ロゴスと言えば、デュラハンとも交信できねぇ。いい病院聞こうとしたのに、あいつに繋がらなかった。そういやあの時も交信してこなかったな。いつもは言わなくても繋げてくるくせに。どうしちまったんだ?あいつ。

 ──そうだ、隠さずに言った方がいいんじゃねぇか?今、一番頼れるのは知事ぐらいだ。日本のトップを味方につけられたら、かなりやりやすくなるはずだし。だから、オレは洗いざらい言うことにした。まずアルケ・ロゴスを取り出す。

「これっす。アルケ・ロゴスっつって、デュラハンとかいう奴に渡されたんすよね。で、ここの輪っかを引っ張ったらそのバケモンになるって訳っすよ」

「デュラハン?」

「何つーのかな…リーダー?みたいな奴っすね」

「リーダー…ということは、君の仲間は複数いるのかい?」

 オレは頷いた。

「オレ入れて全部で四人っす」

「なるほど」

 仲間の話になって、無理矢理避けようとしてたことを思い出しちまった。B-ONE(ボーン)の変わりよう。あれはB-ONEだがB-ONEじゃなかった。で、そいつが闇町を滅ぼしちまった。不気味さすら感じた。一瞬見えた光の景色のせいか?あれは…何だったんだ?いるはずのないアッパとオンマがそこにいた。けど、あの世と言うには現実味がありすぎて…全てが謎で、全てが不気味。B-ONEはどこへ行っちまった?あいつも死んだ…のか?

「じゃあ、ちょっとお願いしていいかな?」

 気がつくと、紙とペンがこっちに差し出されてた。知事の仕業か。

「デュラハンって人を描いてくほしいんだ。上手くなくてもいいけど、できるだけ正確に」

 モヤモヤは吹っ切れねぇけど、今はできることだけをしよう。だからオレは絵心に自信がある訳じゃねぇけど、言われるがままに描いた。確か、あそこがこうで…こうだったか?

 完成したものを送り返す。すると知事はそこで固まったまま、何も言わなくなっちまった。

「どうしたんすか?」

 オレが声をかけると、一言だけ呟いた。

「『洋介』…」

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