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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
12/25

Face12 無を揺蕩う

 私は闇町にいたはずだった。でも、今いるのは闇町の郊外。どうしてこんな所に?

 身体の自由が利かない。吐き気。別の誰かが心の中を這いずり回っているような、そんな違和感。私は…どうなってしまったの?

「あなたは私に染まるの。跡形もなく」

 思わず振り向く。だって、『その声はここにあってはならない』。視線の先には人がいた。でも、『その人はここにいてはならない』。何故なら、そこにいたのは…

「その顔、その声…」

「驚いた?紛れもない、『本物の私』よ」

 鏡に写る私ってこんなだったんだ。もう記憶が曖昧だった。この姿で過ごした時間の方が、はるかに短いのに。

「違う!あなたは『私』じゃない!」

「何が違うの?」

 テレポートしたみたいに、いつの間にか背後にいた。動いた様子すらしなかったのに、どうして?そんな私の疑問を無視して、あなたは皮肉っぽく語る。

「私は顔も声も本物で、本当の名前も知っている。でもあなたには全部欠けている。どっちが本物なんでしょうねぇ?」

 また瞬間移動。今度は間近。

 確かにその通りだ。私には本当のモノなんて一つも存在しない。そんなの、本物って言えない。

 急に自分の身体が気持ち悪く感じてきた。まるで他人の身体を操っているような違和感。心と身体の不和。自分が自分じゃないって、本当はこういうことだったのかもしれない。

「図星?ごめんなさいね、本当のこと言っちゃって。でも、私は偽れないから。偽りだらけのあなたと違うの」

 私と距離を取って、あなたは青い剣を一本現象させた。何でそんなことができるの?

「という訳で、偽者には消えてもらいます」

 音符マークでも付きそうな調子で言った、ほんのコンマ何秒か後。私の懐にあなたがいた。今にも胴が斬られそう。

「再生!」

 服の切れ端が飛ぶ。再生はギリギリ上手くいった。二本の剣を現象させようとするが、実際に出てきたのは一本だけだった。

「何で…!?」

 何故か、その理由は本能的に理解した。奪われたんだ、あなたに。

「さすがにわかるようね。まぁ、二人で一人だったし当然か」

 いつも二本で戦っていたせいか、一本だけというのはバランスが悪い。しかも、あなたは再生した私を押していた。

「どうして…!?」

「何で再生しているのに押されるかって?決まってるでしょ!私が『本物』だからよ!」

 剣を弾き飛ばされた。衝撃で倒れる。起き上がろうとする先には、あなたの剣が突き立てられていた。

「勝負あったわね。さよなら、偽者さん」


 あなたは『霊体』──心の生み出す像──に触れられるから少し手間取ったけど、また肉体の主導権を握れた。面倒な事をしてくれるわね。眠っていなさい。

 手を握る。虚像が重なる。揺らぎ。身体を得るにはもう一押しってところかしら。まぁいいわ。おかげでこういうこともできる。

 瞬時、教会の前に意識を飛ばす。目の前にゴシック様式の建物がそびえ立つ。クリスマスだから人の賑わいもひとしおね──外国人規制法なんて作っておいて、都合が良すぎる気もするけど。

 それはさておき、やはりここは心惹かれる。うやむやな記憶を刺激する。この肉体を抜け出すまでは、こんな感覚が襲い続けるのだろう。計画に支障が出ていないからいいものの、記憶にばらつきがあるのはどうにも面倒ね。

 後ろからせわしない足音。私の身体をすり抜ける。都知事だ。勢いよく扉を開ける。当然、教会にいた人達は驚きを見せる。周囲もはばからず、都知事は膝をついて祈った。か細い声だった。

「神よ、赦してください。僕は彼らを、友を助けられなかった…」

 闇町の底辺層がお友達?同情か憐れみか知らないけど、彼らが一番聞きたくない言葉だと思うわよ。

「洋介、僕達は…どこで道を間違えたんだろうね」

 自嘲気味に呟く。洋介…洋介。妙に頭に残る。うやむやな記憶の中で、一つの欠片がフラッシュバックする。

『〇〇。オレはいつか、誰とも壁のない世界にしたい。世界人として生きていられる世界に』

 懐かしさがこみ上げてくる。そうか、私は洋介を知っている──

 意識が肉体に引き寄せられる。ショックの大きい記憶ほど、意識と肉体の結びつきは強くなるみたいね。これは早急にこの肉体から離れたいものだわ。

 ちょっとした期待を込めて、闇町に意識を飛ばす。ふうん、どうやら時間の問題みたい。行きましょうか。


「お前が…お前が厚木さんを語るなアアアアア!!」

 怒号。三村湊人、あなたはダイヤモンドね。固くて冷たい。だけど…壊れやすい。

 二人の間に入る。朴潤発のパンチを受け止める。電磁反発を利用して、二人を吹き飛ばす。

「『誰だ』お前…!」

 朴潤発が言った。勘が鋭いわね。そう、私はB-ONE(ボーン)じゃない。

「私は…新世界の導き(メシア)

「メシア…だと…!?」

 朴潤発が驚き、拳に力を込める。

「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」

 そして飛びかかった。ホント、単純ねぇ。

「見せてあげる。本当の戦い方を」

 再生して吸収した電気、それをほんの少し応用する。そうすれば、こんなことができる。

 まずは磁力移動(マグネティック・ムーブ)。電磁反発による超高速移動。たとえ肉体があっても、十分に使える移動手段。電磁バリアに包まれているから、『あれ』とは違って身体への影響は無に等しい。

「速──」

 朴潤発の懐に十発ほど斬り込む。これが電撃刀法(ライトニング・スラッシュ)。雷のように不規則な軌道で、光速の太刀筋を決める。誤差も磁力で補正がかかるから、軌道がランダムでも絶対に当たる。

 もう虫の息?導電性が高いとはいえ、この程度で倒れてもらっちゃ困るわ。蓄積した電気が足りなかったかしら?いや、使い方をわかっちゃいないのね。初歩的なやり方でしか戦えていない。量子の方が重要とはいえ、これじゃあ考えものよね。

「邪魔するなアアアアア!!」

 三村湊人が向かってくる。普段ならともかく、今のあなたは一番やりやすいタイプだわ。落ち着きをなくした獲物は最も捕食されやすいのよ。知っていて?

 案の定、あっという間に倒れた。いくら切れ者でも、頭が働かなきゃこの程度…と言っても、あまりにあっけなさすぎるけど。死に急ぐような戦い方だった。

 まぁ、そんなことはどうでもいいわ。ともかくあれに──『神託(オラクル)』に乗り込む。コクピットのキー部分にアルケ・ロゴスを認証させる。これでリミッターが外れた。それからエンジン出力を最大にする。超伝導リニアが量子を生み出す。そうよ、そのまま高めなさい。そして繋げるのよ。量子の点を線へ。それがオラクルの真の役目なんだから。

 徐々に景色が白くなっていく。光のレールが目の前を覆う。

 次の一瞬、私は見た。これが『天国』。男の人が立っている。ついに、ついに…!愛しくなって、手を伸ばす。けれど、すぐに消えてしまった。男の人も、天国も。

 私を現実へ戻したのは、オラクルの警告音。完璧だったはずなのに。内部の量子加速器に何か異常が?一体、何故…?

 刹那、大爆発が周囲を呑み込んだ。消えていく瓦礫の山、気絶した人々。まるで『ノアの方舟』のよう。神の降らした雨が大地を喰らい、地上の万物を全て消し去る。

 オラクルから出る。辺りには命も、命の営みも見当たらない。けれど、私は確かに得た。『天国』へ辿り着き、得たのだ。完全なる量子の身体、霊体を。もうこんな肉体に未練はない。これでお別れよ──


 意識が戻る。全てが消えていた。この世界に私一人。守れなかったんだ、誰一人。その場で崩れる。言葉も出なかった。そして、記憶の海がどっと流れてきた。


 そうだ。私は昔、極度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)だった。夢を壊され、心が壊れ、人並みの生活ができなかった。痩せ細り、栄養失調も患った。だからパパとママは医師に相談した。『このままでは死んでしまう』と。そして私は手術を受けた。

 結果として、確かにPTSDは消えていた。けれど、同時に人としての心を失った。その医師が私に施したのは…ロボトミー手術だったんだ。

 ロボトミー手術、それはかつて実際に行われていた禁断の手口。前頭葉を切り取り、神経を遮断する。つまり、廃人化手術。

 生きる屍になった私をどうにかしたくて、パパとママはその医師を訴えた。すると、その医師は答えを用意していたかのように、前頭葉移植手術を薦めた。だから、今の私の前頭葉(こころ)は『借り物』。

 こうして、私の影は封印された。はるか奥底へ。誰にも気づかれないほど、深くへ。その封印は、パンドラの箱は──たった今、開かれた。あまりのショックに意識が遠のく。そういえば、こんなことも言われていた。『次に極限状態になったら、もう助かる保証はありません』と。


 ここは夢?現実?もう、どうでもいい。向こうに鏡がある。目の前へ近寄る。鏡の中の人を覗く。

 私には名前があった。今は思い出せない。私には顔があった。今はどこにもない。鏡に写る顔は私じゃない『私』。頬に触れる。温もりはある。でも、まるで糊で仮面を貼りつけたみたいな違和感が襲う。

 かきむしって剥ぎ取りたい。そうすれば、また私が顔を出してくれるかもしれないから。爪を立てる。痛覚が反応する。さっと顔から手を離した。人の皮。仮面なんかじゃない。まぎれもない血肉。

 冷や汗が額からこぼれる。拭いもせずに鏡を見つめる。しばしの沈黙。

 誰か、誰か教えてほしい。

「私は──誰?」

 鏡が割れた。そして気づいた。私はもう、私でいられない。もはや私が再生することは──二度とない。

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