第30話「ただいま、テンパレス」
夕方、テンパレスの城壁が見えてきたとき、私は思わず「あ」と声を出した。
「どうした」とカイトが言った。
「……帰ってきた、って思って」
「帰ってきた?」
「テンパレスに来てひと月しか経ってないのに、なんか帰ってきた感じがして」
カイトは少し考えてから「……そうだな」と言った。
門のところでハイルさんが「お帰り!!」と手を振ってくれた。犬耳がぴょこぴょこしている。
「ただいまです、ハイルさん!!」
「無事で良かった! サラちゃんだけじゃなくて、カイトまで一緒に帰ってくるとは思わなかったけど」
「俺は一緒に帰ってきたわけじゃない」
「方向が同じだっただけ?」
「そういうことだ」
ハイルさんが私に向かって「仲いいね~」と耳打ちした。私は「そうでもないですよ!」と返したけど、なんか笑いをこらえるのが大変だった。
街の中に入ると、石畳の感触が足に馴染む感じがした。本当にひと月しかいないのに、この街が自分の場所みたいに感じる。
バルドさんとは馬車の前で別れた。「またいつでも声をかけてくれ!」と言ってくれた。フィリアさんとも「またギルドで会いましょう」と言って別れた。
残った私とカイトが、街の中に立っている。
「……じゃあ、私はルコの宿に帰ります」
「ああ」
「お疲れ様でした、カイトくん」
「……お前も」
「ロウさんに会えてよかったね」
カイトは少し間を置いた。
「……ああ」
「また行けるといいね」
「……行く」
「うん」
「……サラ」
カイトが珍しく名前で呼んだ。
「何?」
「……一緒に来てくれて、ありがとう」
まっすぐな言葉だった。
遠回りもなくて、ぶっきらぼうでもなくて、ただそのままの。
「……どういたしまして」
私もまっすぐ返した。
カイトは頷いて、踵を返して歩き始めた。
夕暮れの石畳を、その後ろ姿が遠ざかっていく。
私はしばらくその背中を見てから、逆の方向へ歩き出した。
「……ただいま、テンパレス」
路地から夕日が差し込んで、石畳がオレンジ色に染まっていた。
どこかから夕食の匂いが漂ってきて、子供たちの声が聞こえる。
ここが、私の場所だ。
テンプレを求めて転生してきた。
チートはなかった。ステータス画面も、特別な能力も、最強の称号も、まだ何もない。
でも。
「……うん、十分だ」
ルコの宿の扉を開けると、ルコさんが「おかえり!!お腹すいたでしょ、ご飯あるわよ!!」と出迎えてくれた。
「ただいまです!!いただきます!!」
異世界ライフは、まだまだ続く。




