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探偵鏡花は今日も今日とて霊をみる  作者: 月本むう
case2 ゆめ、cryコwhy
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ゆめ、cryコwhy④

 陽が堕ちた。


 まるで、俺もその闇に堕ちていく感覚に囚われる。部屋の中は真っ暗だった。


 ウッ、ウッ、う、うう、ウッ。


 特に理由のない不快感。胃袋が呻いている。


 う、う、う、ウううう。


 理由もなく叫びたくなる気分だった。


 オナカガ、スイタ。


 多分、俺が言った。お腹が空いただけらしい。


 そういえば、帰ってきてから食事をしていない。


 というよりは帰ってきてから何をしていたのだろうか思い出せない。


 自分が今仰向けになっている事は理解できた。


 では、何をしていたのだろうか。


 きっと、寝ていたのだろう。きっと、ふて寝だろう。


 気だるい体を起こす。足の踏み場もない部屋の中を徘徊する。


 熱があると思った。体がだるい。


 どうにか冷蔵庫まで辿り着いたが中は空っぽだった。


 お使いを頼まれたときに買ったお菓子を持って帰ればよかった。


 かといって外に買いに行く気力はない。通った経路をなぞるように俺はベッドへ戻った。


 暗がりでスマホが点滅している。メッセージが来たようだった。


 内容を確認しようとするが何故か顔認証が上手くいかない。


 仕方なくパスワードを入力した。


 メッセージは鏡花さんからだった。「調子はどう?」短い文章だ。


 それだけでも少し心が軽くなった気がした。


 でも、お腹が空いている。


 でも、お腹が空いている。


 急に顔に冷たさを覚えた。カーテンが靡いている。風が吹き込んできたようだ。


 ベランダの窓が開いていた。


 ベランダにでて外を眺める。あたりの建物から光が零れている。


 星々の光だけでは物足りないが徘徊する分には問題ないだろう。


 外にでる気力はない。


 でも、お腹が空いている。


 外に出る気力はない。


 でも、お腹は空いている。


 う、うううう、うう。


 胃袋が悲鳴をあげる。


 はやくしなければいけないと思った。


 ううう。


 お腹が空いた。


 でも、外に出る気力はない。


 う、うう、ううううう。


 お腹が空いたから外に出なければいけないと思った。


 ヴヴヴヴ。


 スマホが鳴った。俺はベッドに戻った。


 画面には「鏡花さん」と表示されている。


「もしもし」


「やぁ、岩山君。調子は?」


「よくないです」


「寝不足なんじゃないか?あー。それとも、嫉妬かな?私と高橋さんが二人きりになった事への」


 ケタケタと笑い声が聞こえてくる。呑気な声だった。


「心配してるのか、馬鹿にしてるのかどっちですか?」


「うーん。心配してなかったら電話なんかしないよ」


「そうですか。で、何の用です?」


「あー。重症だね。いや、本当に心配だから電話したんだよ。一応、忠告だけどお腹が空いたからといって外に出るなよ」


 その一言に鼓動が速くなった。理由は分からない。だが、声は真剣だった。


「なんでですか?」


「心配だからさ」


「じゃあ、鏡花さんが食べ物買ってきてください」


「そ、それは、できないかな。うん、はやい……かな」


「何でです?」


「いやいや。考えてみてくれよ。君は独り身の女性を家に招こうとしているよ?どういう意味かわかってるかい?」


 頭が上手く回らない。


「どうって食べたいだけです」


「―――ケダモノめ。もう、寝ろ」


 耳元で音が消えた。数秒経ってから通話が切られた事を理解した。


 頭が上手く回らない。スマホをみるとまだ日は跨いでいなかった。


 言われた通り寝ようと思った。ベランダの窓は開けたままにしておこうと思った。




 ※




 連日この近辺でオオカミ男がでるという情報は掴んでいる。


 こんな田舎まできて目的はほぼ達成しているが俺はオオカミ男を探す為にホテルの部屋をでた。


 時刻は夜中の二時だった。


 闇雲に探索して出会えるとは思っていないが、当てもなしに街をぶらつく。


 三十分程歩いたが静寂とした暗闇に自分の足音が響いているだけだった。


 無駄な時間だ、と踵を返そうとした時、俺の視界の端に見覚えのある姿を捉えた。


「―――岩山」


 思わずその名前を呟いた。


 俺の頭の中の仮説が一本の線で繋がった気分だった。


 それは、不確かな足取りで路地裏に消えていく。


 追わなければ。そんな決意が芽生えてくる前に足が一歩を踏み出していた。


「―――っ」


「ごめんなさい」


 出鼻をいきなり挫かれた。俺が顔をあげると目の前には一人の女性がいた。真っ黒な服に身を包んだ彼女は心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。


「なにか?」


 我ながらぶっきらぼうに答えたと思った。早く岩山を追わなければならない。そんな気持ちが高ぶってくる。


「いえ。急に走り出そうとするものですから。ケガはありませんか?」


「問題ないです。急いでいるので」


 女性の横を通り抜けようとするも、腕を掴まれてしまう。


 振りほどこうとしても、彼女の腕力が強いのかそれは叶わなかった。


「なんですか?」


「いえ、ぶつかってきたのは貴方です。なので、謝って頂きたいのですが」


 女性はこちらを見つめながらいった。赤い瞳をしている。鏡花と同じ瞳だと俺は感じた。


「それは失礼しました。それでは」


 俺は軽くお辞儀をして腕をまた振り払う。諦めたのか掴まれていた腕は簡単に開放される。


 女性は変わらずこちらを見つめている。気味が悪くなり彼女に背を向けて岩山が入って行った路地へと進む。


 女性の視線が未だに背中を貫いてくる感覚がまだあった。奇妙な不快感に肩が震える。


 振り返ると彼女の姿はない。


 ただ、耳元に残滓のように囁く声色があった。


「―――面白いカメラをお持ちですね」


 血の気の引く感覚が心音を加速させる。何者だ、という思考は一旦捨て置く事で自身を落ち着かせる事にした。


 一度、深呼吸をして岩山が消えた路地裏へと足を踏み入れた。


 街灯も当たらない。目の前は真っ暗だ。


 俺はスマホを取り出してライトを点灯させる。僅かな光だが目の前の道筋が明らかになる。


 狭い道が長く続いていた。ライトを頼りに歩を進める。


 時折、走り抜ける風が微かな物音を立てるが、その程度で動じる程落ちぶれていない。


 しばらく進むと目の前は壁に突き当たった。右に折れ曲がるように道が続いていた。


 そこをまたしばらく進むと少し広い空間が広がる。


 小さな風切り音が聞こえた。


 また、風が吹いたかと錯覚した。


 だが、それは気の迷いだと視覚情報が訴えてきた。


 照らされている地面に赤い跡がポツポツと点在している。


 脳が警鐘をならした。


 これ以上は危険だと。


 脳が警鐘を鳴らした。


 これ以上ないスクープではないかと。


 理性と職業の性が俺の脳内を駆け巡る。


 俺は本能に従い性を選んだ。


 赤い跡を辿ってスマホのライトを当てていく。


 ヒュー、ヒュー、と風が吹く。


 一瞬で脳の血管から血液が逃げおおせていく。


 目の前には女性が壁にもたれて座り込んでいた。


 ブロンド色の美しい髪だった。長い髪は腰辺りまで伸びている。


 ヒュー、ヒューと声にならない音が彼女から漏れていた。喉を切り裂かれている。左腕は欠損している。肘から下がまるで獣に捕食されたように荒んでいた。右足首はそぎ落とされたかのように欠落している。


 深い傷だった。もう助かりはしないだろう。


 パンツスタイルのスーツは汚れている。白いブラウスは彼女自身の血液で赤く染まっていた。


「どうして」


 思わず声が漏れた。


 四方を照らすが高いビル群に囲まれており袋小路だ。それでも、岩山の姿はない。


 確実にここに入っていった筈なのに。


 岩山が彼女を殺したのだろうか。なぜ?理由がわからない。


 横たわる彼女から音が消えた。傍らにコンビニ袋が落ちていた。夜食だろうか、弁当と幾つかのインスタント食品が散乱している。破損したペットボトル飲料が虚しく転がっている。


 奇しくも取材時に岩山から貰ったものと同じだった。


 俺は怒りすら覚えた。


 このような感情を抱くのは初めてだし、そもそも、おかしいだろうと自認する。


 だが、許せなかった。


 鏡花を追いかけている間に彼の情報も当然追っている。


 彼の体質も俺は知っている。


 取材時にみせた体調不良にもっと気を払うべきだったかと後悔すらした。


 俺は死体をカメラに収めた。これに意味はきっとないのだろう。


 ふと空を見上げた。


 真っ暗な闇が俺を見下ろしているだけだった。


 風が吹く。


 同時に野犬ともいえぬ何かの遠吠えが俺の耳を劈いた。

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