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「――妹が見たかった景色なんです」
駿河はそう口にし、憂いの表情を浮かべ顔を伏せる。それは絵画を思わせるほど美しく、どこか芸術めいていた。だからなのかもしれない、心がざわめいてしょうがなかった。名画が人の心を揺り動かすのにそれはよく似ていた。
ゆえに、私は思った。この話は重いのではないかと。
ポーカーフェイスを気取っているが、内心は冷や汗ダラダラだ。嫌な予感がしてたまらない。正直にいうと、なにかの修行やお家の事情かと思ってたが、そうではないようだ。
考えてみてほしい。葬式のさなか、携帯電話の着信音としてBLゲーのオープニングが流れてきたらどうなる? まさに穴があったら入りたい状態だ。BLだけに。結婚式のスピーチでドギツイ下ネタを口にしたら、空気が壊れるくらいで済むか? 済むはずがない、結婚式が絶縁式に早変わりだろう。私は彼に下ネタをふっていたが、大丈夫だったんだろうか。空気を読めずに傷つけてはいなかっただろうか。
そんな私の心情など知らない駿河は、その儚げな朱唇から再度言葉を綴った。
「妹はこの学園に通う予定でした」
言葉少なく語る内容と過去形の響きで、全てがわかった気がした。聞いていて、笑顔になれるような話でないのは確実だろう。
「駿河くん、もういいよ。今ので大体の事情はわかったつもりだ。辛いなら、それ以上は語る必要はないよ」
「いえ、よければ、聞いてください。少しでも妹のことを知っている人が増えるのは、嬉しいことですから」
散り際の桜を思わせる透明な笑みに、私は何も言えず頷くことが精一杯だった。
間違いない、絶対に重い話だ。下ネタを言って空気を汚染しまくったことを、土下座しなければいけないレベルだ。なんだか、胃の辺りが痛いが、これは気のせいだろうか。
「ここはとても素敵な学園だったようです、妹にとってはですが。どれだけここが素晴らしいかを何度も聞かされました。そして、目指し頑張っている姿も幾度となく目にしました。だから、この学園に妹が受かったと聞いたときは、我がことのように喜んだものです」
駿河は過去に思いを馳せるように、目を細めた。だがそれは痛みを耐えるように、現実から遠ざかっているようにも見えた。