27.初めての野営 ~温かい料理に癒やされる心~
そこに到着したのは、十七時を告げるクロックベルが鳴った頃だった。
「はぁ……はぁ……もう無理。これ以上走れない……」
「やっと……着いたのです……リアも、もう無理……」
わたしたちは肩で息をしながら、地べたにどかっと腰を下ろして伸びてしまった。
――ここは、エーシェン村とザルツークのちょうど中間地点にある野営場所。
なんでも、各町や村の役場、魔術師協会、それから冒険者ギルドとかいう謎の組織が、お互いに協力し合って管理運営している施設らしい。
わたしたちが辿り着いたこの場所は、街道から少し東――進行方向に対して右手側に入ったところに作られていた。
森の一角を更地にしただけの、本当に何もない野営サイトみたいな場所で、その四隅に淡く青色に輝くポールだけが立っている。
それが俗に言う、結界を張るための魔導具らしい。
そんなわけで、かなり広いこの野営サイトは、基本、テントを張って一夜を明かすことになるとのことだった。
「お? なんだ嬢ちゃんたち。まさかあんたらふたりだけで旅してるのか?」
足を投げ出し、座りながら息を整えていたら、少し離れたところにいたおっちゃんが声をかけてきた。
「あ……はい、そうです」
わたしは胸の苦しさをこらえながらにっこり笑う。
それ以上余計なことを言わないのは、出会ったすべての人たちが善人ではないかもしれないからだ。
あの盗賊っぽい人がいい例だしね。
一見人の好さそうな顔をしながら、裏であくどいことを考えている人なんて世の中にごまんといる。
それに――万が一わたしたちの正体がバレたり、能力に気づかれたりしたら、変なことに巻き込まれる恐れがある。
用心に越したことはない。
そういうわけで、万が一身分を明かさなければならなくなったときには、ふたりして巡礼の旅に出ているということにしてあった。
「――なるほど。ふたりだけで旅とは難儀なことだ。まだそんなにちっこいのに。まぁ、いろいろ訳ありってところなんだろうけどな」
そう言って、白髪のおっちゃん――というよりは、もうそれなりに歳のいった好々爺みたいな、がたいのいいおじいちゃんは気さくな笑みを浮かべた。
わたしも適当に愛想笑いを返してから、改めて周囲を観察した。
おっちゃんはもうひとり、奥さんみたいな人と一緒に焚き火を囲んでご飯の支度をしていたけれど、他にも旅人が二組ほどいて、奥に張られたテント前で、それぞれ夕食の支度をしていた。
そこら中からお肉の焼ける香ばしい匂いや、おいしそうなスープの香りが漂ってきている。
育ち盛りの小さな身体が食欲に負けて、悲鳴を上げ始めていた。
これ以上我慢できない。
「リア、わたしたちも野営の準備しよう。ジョアンナからテントももらっているし、それ張って早くご飯の準備に取りかからないと、真っ暗になっちゃう」
ランタンも持っているから何も見えないというわけではないけれど、これ以上暗くなるとまずい。
何より、お腹が空いて仕方がない。
「ん。テント張る」
仰向けに寝そべっていたリアがもぞっと起き出すと、鞄の中からテントを取り出した。
それを二人がかりでいそいそと広げる。
昨日の夜、ジョアンナに教えてもらった方法でさくっと設置した。
三角柱っぽい形のテントで、中央にポール、周囲を杭で止めるだけの簡単なもの。
これも何やら結界魔術が施されている魔導具製らしく、かなり小さくまとめられるので、鞄の中に簡単に収納できる。
本当に魔導具って便利。
ていうか、ジョアンナって、いったいいくら使ったんだろう?
時計や鞄もそうだけど、物凄く高そうなもばかり持たせてくれたし、ふたりあわせて金貨五百枚くらい使っているんじゃ……?
改めて、わたしはジョアンナの優しさに胸が温かくなるとともに、絶対に壊さないよう、大切に使わなくっちゃと心に誓った。
「アネット。薪設置した。あとは――」
そこまで言って、リアが杖を構える真似をする。
「ど~ん」
「しないからっ」
どうやらわたしに火魔術を使わせたいらしい……。
ホント、無理だからっ。
うっかり制御ミスったら、その辺にいる人たち全員丸焦げにしちゃうし!
わたしは軽くぶるっと震えてから、こちらも手早く火打ち石で火を起こした。
リアが口を尖らせていたけれど、相手にしない。
さて、料理、料理。
何作ろうかな。
そのまま食べられる乾パンみたいな携行食以外にも、乾燥野菜とか乾燥肉も持たせてくれたから、そこそこのものは作れる。
ただ、今後のことを考えるとちょっとね。
一応、エーシェン村まで辿り着ければ、路銀として持たせてくれたお金で補充はできるけれど、どのくらいお金が持つかわからないし、あまり贅沢はできない。
「う~ん。でもキャンプといったら、やっぱり定番は焼き肉とカレーなんだけどね」
あのジュージュー言ってる音や、独特のスパイシーな匂いを想像しただけで、思わず涎が。
「いけない、いけない。そんなもの作れるわけないのにね。やっぱりここは、貧民街定番の野菜煮込みスープかな」
いわゆるポトフみたいなもの。
野菜入れて適当に調味料入れて、煮込めばいいだけの簡単時短料理。
まぁ、あっちの世界のとはまるで違うけれど。
「では早速」
わたしは鞄からお鍋や材料、持ってたお水などを取り出すと、手早く必要な量だけを全部投入してから、火にくべようとした。しかし、
「ん? アネット、何作るです? まさか野菜スープ? あれリア嫌い。野菜いらない」
出た。
この子、神殿にいたときも野菜嫌いで本当に苦労したのよね。
お芋は好きみたいだから、食事の手伝いするとき、うまくその中に細切れにして埋め込んで誤魔化したけど。
「大丈夫よ、リア。わたしに任せておいて。こう見えても料理は得意なんだから」
「え~……?」
親指立てて片目瞑ってみせたけれど、リアは渋い顔を浮かべたまま、心底嫌そうな顔をしている。
まったくもう。本当に失礼しちゃう。今に見てなさい。
絶対においしいって言わせてみせるんだから。
闘志に火がついたわたしは、俄然やる気が出た。
鍋置き台の上にお鍋を置いて、早速煮込み始める。
薪がバチッと爆ぜてときどき熱かったけれど、すでに日が落ちて久しく、だいぶ寒くなっていたので、逆に焚き火の温かさがありがたかった。
「そろそろかなぁ?」
小鍋の中の具材がだいぶしんなりしてきている。
木のおたまでかき混ぜるたびに、空へと伸びる白い蒸気が野菜の香りを運んできた。
葉物野菜や根菜の青臭さ、それから少しだけ混ぜた貴重な乾燥肉の、独特の肉臭さが漂ってきている。
でも、煮立ってきたのはいいのだけれど、このままだと、本当においしくない。
わたしがあれを編み出すまでは、この状態で食べるのが当たり前だったから、随分苦労させられた。
しか~し!
今のわたしには秘密兵器がある。
これさえあればおいしくなるのだ!
――ぱらぱら。
「ん、何入れた?」
「ふふん。隠し味よ」
「隠し?」
わたしの真横で同じように焚き火に当たって鍋を眺めていたリアが、不思議そうな顔をした。
――母の味。
この料理もそうだけれど、わたしが知っているこの世界の料理はすべて、母から教えてもらったもの。
貧しくてもなんとか最低限の栄養だけは取れるようにと、工夫を凝らした料理。
神殿ではそんなことはいっさいする必要がなかったからやらなかったけれど、今は違う。
思い出の味と、母と一緒に作ったわたし独自の調味料が本領発揮するとき。
そう、つまりは火が加わることで臭気を消し、逆にうまみや香りを増幅させてくれる魔法の香り塩。
山椒っぽい香りのするフレーベみたいな、ただの雑草としてしか認識されていないものを乾燥さえ、細かく砕いて、貧民にとっては貴重で手に入りにくいお塩と混ぜ合わせたもの。
こうすることで、お塩も棘っぽさがなくなり、優しい味になる。
「――できた!」
わたしはおたまを持ったまま、会心の笑みを浮かべて万歳した。
「んん~! これ、凄いのですっ。不思議な味する。おいしいのです!」
「ふふん。そうでしょう、そうでしょう。たかが野菜煮込みスープ。でも工夫次第で大化けするのよ♪」
木のお椀に入った熱々のスープを、一生懸命冷ましながら口に運んでいるリアを見て、わたしは嬉しくなってしまった。
久しぶりに食べる、母と共同で開発した料理だったけれど、相変わらずおいしい。
野菜のうまみとお肉の出汁、それから調味料がいい感じに絡み合っていて、塩味とコクのバランスも最高。
焚き火を囲みながらの食事というのも、なんだかいい感じ。
「うん。上出来ね」
鍋から漂う美味しい匂いがわたしたちの周りを幸せ空間にしてくれた。
(なんだか本当においしそうね)
(うむ。我も食してみたいものだ)
温かいスープのお陰で冷え始めていた身体がぽかぽかしてきたこともあり、ほっとしていたら、クロニャンとヴィーが恨めしげな声を出した。
(え、えっと……召喚してあげたいのはやまやまだけれど、無理だからね?)
こんな人がいっぱいいるところで出すわけにはいかない。
(わかってるわよ。どのみち、わたしたちは別に食事の必要なんてないしね)
(え? そうなの?)
(うむ。我ら使い魔は契約したマスターから、魔力を少量頂戴すればいいだけの話だしな)
(そ、そうなんだ)
(そうそ。あぁ、ホント、久しぶりだわ。こんな上質で濃密な魔力は。おいしすぎて蕩けそう)
(うむ。まっこと美味である)
なんだか本当に酔いしれているような感じだけど、はっきり言っていいかしら。
怖いんですけど!?
魔力食べるってどういうこと!?
そういえば、ジョアンナが使い魔は契約者と魔力が繋がっているって言ってたし、あれってそういうことだったのかな?
ひとり、すっかり食事の手も止まり、小首をひねっていると、
「お、嬢ちゃんたち。なんだか、嗅いだことのないようなうまそうな匂いさせてるな」
そう言って笑顔で近寄ってきたのは――例の老夫婦だった。
両手に串の刺さった巨大なお肉を持ちながら。




