第9話『ふたつの拍子、心の音』
「あけまして、おめでとうございます!」
まどかは、着物姿で深く一礼した。舞台は、地元・八女市の小さな神社。境内に紅白の幕が張られ、初詣客がぽつぽつと並ぶ中、今年の催しとして「和ごまの演舞」が組まれていた。
「次は、2級の技“初詣”。“パン、パン”と柏手を打ってから、空中のコマを手のひらで受け止めます!」
司会のおじさんがマイクを通して説明すると、境内の子どもたちが「すごーい」とざわめく。
まどかは一歩、前へ出た。
左手にコマ、右手に巻いた紐。冷たい空気の中で、息が白く流れる。
(この技、“初詣”って名前なんよね……)
演目の名前に込められた意味が気になって、まどかは年末に祖母へ尋ねたことがあった。
「あれはね、あんたのおじいちゃんが若い頃に考えた技よ。人が神さまに“願い”を伝える、いちばん静かで、深か音。パン、パンって、心を打つ音なの」
“パン、パン”。
人と神をつなぐ、たった二度の音。
それを合図に、宙を舞ったコマが人の手に舞い降りる――まるで、願いが降りてくるように。
(そんなん……ただの技やない。ほんとに“祈り”やん)
だから今日、まどかはただ技を披露するだけじゃなく、「気持ち」を届けたかった。
「いきます!」
低く、しっかりと腰を落とし、コマに紐を巻く。ヘソに親指をあて、視線を真っすぐ前へ。
スッ――。
音もなくコマが宙に舞う。
「パン!」
まず、右の手のひら。
「パン!」
次に、左の手のひら。
その拍子と重なるように、落ちてくるコマをすくうように、手を差し出す。
ピタッ。
音もなく、手のひらで回るコマ。
一瞬、時間が止まったようだった。
その静寂を破るように、拍手が湧き起こった。
「きれい……」「本物の舞みたいやね……」「コマが、神さまみたい」
神社の宮司が、白い顎髭をなでながら近寄ってきた。
「ほほう……こまも、舞うんじゃねえ」
まどかは、少し照れながらもう一礼した。
—
帰り道、まどかはタケルと並んで歩く。
「……ただの技って、思っとった。最初は。継がな、って気持ちだけで」
「でも今は?」
まどかは立ち止まり、両手を見つめた。
赤くなった掌の中央に、まだあたたかさが残っている気がした。
「技って、想いなんやね。人に何か、伝えたかって生まれたんやろ」
「うん」とタケルは微笑んだ。「まどかの技、ちゃんと伝わっとったよ。俺にも」
—
その夜、まどかは祖父の技帳を開いた。
“初詣”の項には、こう書いてあった。
音は、空気を震わすだけじゃない。
心を打つ音は、ちゃんと伝わる。
コマも、人の願いも。
(おじいちゃん……)
まどかは静かにページを閉じた。