第10話『宙を舞え、わたしのこま』
空が高い日だった。
凛と澄んだ冬の青が、まどかの瞳に映っている。
「ついに、1級か……」
タケルがつぶやく。
「空中手のせ。宙に投げたコマを、手の上でキャッチして回す。今までで一番難しい技だな」
まどかは頷く。
練習場の縁側には、手帳を片手に見守る祖母の姿。年が明けて間もない八女の里には、まだ正月飾りの名残がある。
まどかは黙って、糸を手に取った。
コマは“八女型”と呼ばれる重めの木製。ヘソに親指をかけ、紐を巻き取っていく。その手はもう、かつてのようなぎこちなさはない。でも――
「っ……!」
宙に投げ、キャッチを試みた瞬間。
勢い余って手の甲にコマが直撃した。
「いたっ……」
手のひらが赤く腫れている。
すでに何度目の失敗だろう。
まどかはコマを拾い、黙ってまた糸を巻く。
「……無理すんな」
タケルがタオルを差し出す。「今は休憩して、明日また――」
「やる」
まどかは短く言って、顔を上げた。
「今日、決めたい。おじいちゃんが目指したとこ、見たいけん」
祖母がそっと近づいてきた。
「……この技ね。あんたのおじいちゃん、ずっと練習しとったのよ。まどかの喜ぶ顔が見たいけんって」
「えっ?」
祖母は懐から、年季の入った古びたページを取り出した。祖父の手帳のコピーだった。
最後は、空の音がする技を残したかった。
風を裂く音。静けさをつれてくる音。
コマが宙を舞う、その一瞬に、人の想いが乗る。
残せるものがあるなら、それだ。
まどかはページを受け取ったまま、空を見上げた。
風がやさしく髪をなでていく。
「……風の、音」
—
夜。まどかはひとり、家の裏の畑で空を見ていた。
街灯も少ない八女の空は、星がよく見える。冬の空気が、まるで氷のように澄みきっている。
「いける。いけるって、言って」
まどかはポケットからコマを取り出す。
「おじいちゃん。あたし、これが最後の一投になるかもしれん」
静かに、紐を巻く。
風が吹いた。
頬に当たる空気が冷たくて、でも、心は妙に落ち着いていた。
(わたしのコマは、“伝える”ためにある)
(“祈る”ためにある)
(そして、きっと……空に、届く)
まどかは振りかぶった。
コマが宙に舞う。
「――っ!」
拍子もなく、手を差し出す。
その瞬間――
ピタリ。
コマが手のひらの上で、静かに、しかし確かに回り始めた。
風が、コマの軌道を切り裂き、音が響く。
シュ――――。
まどかはその音を、胸の奥で聞いた気がした。
まるで、祖父が残してくれた「空の音」だった。
「やった……!」
涙がにじむのを拭いもせず、まどかはコマを見つめた。
宙を舞ったコマが、今、手の上で生きている。
それは、技の頂。想いの頂。
—
帰宅後、祖母はまどかを抱きしめた。
「……あんたのコマ、空に、ちゃんと届いとったよ」
まどかは頷きながら、コマをそっと箱に戻した。




