とどめ刺す時
―女の煽るような主張が落ち着いた後、彼女は疲れた様子でまた無言になった。しかし悪びれる様子はなく、またコップの水を一口飲んで話し続けた―
「……と、言うわけで私は今でもAさんを愛していますし、彼が無事に帰って来るのを待っているのです。街の中を歩いていても彼とよく似た背格好の男性を見ると後をつけて確かめたくなるくらいです。…本当に確かめなかったかって?まさか。似てると感じるのはざっと見た時の印象であって、よく見るとこちらの勘違いだったこともありましたよ。これも私がAさんの事ばかり考えているから、彼の事で頭がいっぱいだからなんです。…えぇ、そりゃもう。ひょっとしてあなた、さっきまでのお話を聞いて私が他の男にも同じような事をしてきたんじゃないかとお思いなんじゃありませんか?だとすればノーです。確かに私、いろいろなお付き合いをしてきました。私の言うことを聞いてくれる人が多かったのですが、そのほとんどはAさんには遠く及びませんでした。だっていくつになっても男の考えてる事って『ヤれるかどうか』だけでしょう?他力本願な醜男でさえそういうのがいて、しつこいから約束はしてみたものの、一言も話さず縁を切ってやりました。私から何か貰う前に己を何とかしろと言う意味でね。こうして私と2人きりになってすぐに飛びついて来なかった男はAさんとあなただけですよ。あなたがAさんの知人だと言うのも何かの縁…だから私、久しぶりに燃えそうなんです。ここまで静かに私の話を聞いてくれたお礼です。今夜だけこの身はあなたのものです。どうか優しく慰めてくださいな。」
女はテーブルの上で組まれた相手の手を握ろうとしたが、すぐに聞き手は引っ込めた。すると女は立ち上がり、さっきまで座っていた席に背を向けてダブルサイズのベッドの傍へ行くと着ていた薄手のカーディガンを肩から滑らせるように脱いで光るように白い肌を露にした。彼女の甘いローズの香りが漂ってきた。女が自分のうなじに振り撒いたのだ。女はカーディガンをベッドの上に放り投げるとハイヒールを脱ぎ、聞き手の方へ振り向いた。彼女はレース地の黒いノースリーブワンピースを着ていた。中に着けているブラジャーが透けて見える。のぼせあがった男達を挑発するには充分な仕掛けだった。
「……!」
ほんの一瞬だったが、聞き手に徹していた男は確かに見逃さなかった。女が今までの男達を堕とすのに使っていたのであろう小道具を。
男が座っているソファの後ろの窓の外は黄昏時だった。街のビルは照明が点いていたものの、西の空は未だ陽の色が紅く染み付いていた。
薄暗いホテルの部屋の中。女は器用にも自らトップスの背中のジッパーを下ろして着衣を緩め、ソファに腰掛けたままの男の方へゆっくりと歩み寄った。その様は獣がこれ以上ないほど静かに標的の獲物へ近付くのと酷似していた。
男は持参していたペットボトルのキャップを開け、窓の方を向いてミネラルウォーターを飲んだ。飲み終えた後、男は女の方を見た。互いに目を合わせたまま、女は「慰めて」と言いながら挑む目付きで。男は優しい素振りをしなくとも全てを受け入れるような視線を送った。
女はソファにたどり着くと、テーブルに向かって座ったままの男の顔をこちらに向けさせようと、片手で男の頬を撫でるように触れると目線を合わせるために前かがみになった。その顔には微笑を浮かべて。再び香水の匂いがふわりと漂い、女の細身にも関わらず豊かな、それでいて上品さを残した形良い胸が下着の中でひしめきあっているのが男の目に映った。
(間違いない。さてこれをどうやって…)
男の予想は確信に変わっていた。
「さぁ、来て…。」
女は懇願するように囁くと、男の膝に跨って両腕を相手の肩や首に絡ませた。やがて促すように、自らの脚を男の太ももに擦り寄せた。