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男は女の目を見た。潤んだ、もの欲しげな瞳。それは一人の人間の女性と言うよりは、発情した雌とでも表現する方がお似合いな表情だった。女は相変わらず脚を寄せ続け、股に力を入れて男の両膝を強く挟もうとしていた。彼女の手はだんだん男の首の後ろへ回り、自分は少し背中を伸ばして男の顔が女の谷間へあたるように調節した。体勢は違うがAと最初に交わった時と同じ状況だった。
フワッ…
例のローズの匂いが強くなったので、これから抱かれる男は少し目眩がした。たとえるなら麻薬を含んだ布で顔を覆われたような感覚に襲われたのだ。だんだん頭がボーッとしてきた。すると―
ブーッ!、ブーッ!
大きな着信音が鳴った。男のスマートフォンからだった。
男はすぐさま驚いた様子の女の手を振りほどき、邪険にならない程度に女を膝から下ろすと、立ち上がって胸ポケットからスマホを取り出し、ユニットバスのドアを開けながら電話に出た。女には空いた方の手で詫びるジェスチャーをしておいた。
中へ入るとすぐ施錠した。
「はい。あぁ俺だ。ったく、合図送ったらすぐに掛けろ。間一髪だったんだからな。…いや大丈夫だ。少しフラフラしてるが。今?トイレの中だ。それより例の物は見つかったのか?……わかった。…そうだったのか、危ないところだったな。…あぁ頼む。…いや、まだしばらく泳がせる。先方から見せて来たのでな。あぁ、じゃ切るぞ。」男は電話をポケットにしまった。女の様子が気になったが、その前に冷水で軽く顔を洗って自前のハンドタオルで拭いた。まとわりつく残り香を消したかったのだ。
(この年齢になってああも惑わされるとはな。)
男は自分を奮い立たせた。こっちは何もかも揃っているのだ。
ガチャ
男は何も言わずにユニットバスから出てきた。女は部屋に留まっていた。
男は拍子抜けした。なぜなら女はワンピースとカーディガンをきちんと着直し、脚を組んでソファの元の位置に座っていたからだ。彼女は先程とは異なり男が出てきた事に意を介さず、夜7時のテレビニュースを見ていた。そこには艶かしい雰囲気はなく、知らぬ者が見れば「世間」の事をチェックするために習慣としてニュースを視聴している一人の大人の女性としか映らなかった。
ちょうどテレビではこの話題を伝えていた。
「たった今入ってきた情報です。今日夕方、〇〇市内の山中で女性とみられる身元不明の遺体が発見されました。遺体は年齢が20〜40歳くらいと見られ、死後1週間が経過しており、頭部が激しく損傷していると言うことです。警察では女性が何らかの事件に巻き込まれたとみて身元の解明を急ぐと共に、遺棄された経緯について捜査する方針です。繰り返します…」
女はテレビを消した。
「怖いですね。」
男の気配に気付いたのか、女は呟いた。ただ、そこには微塵も怖気付いた響きはなかった。女は男の方へ顔を向けて尋ねた。
「御用はすみましたか?もう掛かってきません?今度は電源を切って、ベッドでしましょうか?」
「いや、ここで良い。」男は答えた。
「もの好きなんですね、あなたも。」
「君ほどじゃないがな。」
「どういう意味です?」
女からの問いに、男はあえて間をおいた。女の表情はキョトンとしていた。5秒くらい黙った後、男は静かに言った。
「城戸遥、君はたいした女だ。あえて家庭持ちの男を狙うのに飽き足らず、今度は殺人ときたか。だいぶ火遊びが過ぎたようだな。」




