トラブルメーカー
城戸遥と呼ばれたその女は動じなかった。
ただ、ここで初めて会ったにも関わらず男が自分の本名を知っていたのは意外だった。
「ご存知だったのですね、まだ名乗ってもいなかったのに。でも―」
「本来ならこちらから名乗るのが礼儀なのは重々承知だが、その前にもう少し付き合ってもらおう。あまり楽しいものではないが。」
そう言って男は自分のスマホを操作した。
「君はこの文面に心あたりがあるな?」
ソファの傍らに立ったまま、男はスマホをテーブルに置いて、遥に見せた。画面にはPDF文書が示されていた。それは数年前に発行された家庭裁判所からの通知書で、遥を被告として不貞行為による民事訴訟がなされた旨が記されてあった。原告はいずれも遥と関係を持った男の妻からで、1件のみならず同様の訴状は確認しただけで3件分あった。ただし、どれもA夫妻の名はなかった。
相変わらず遥は平然としていた。
「えぇ、どれも知ってますよ。でも全て終わった事です。和解に持ち込ませました。3件共ね。代償を払うのは痛くも痒くもないんです。本職の他に学生時代のアルバイトの報酬と…」
「君はこれ以外にも方方から恨みを買っていたそうじゃないか。」
「さっきも言いましたが、私そういうのに注意を払いません。第一、男の方から私にアプローチしてきたケースもあったのに、それでその伴侶から恨みを買うも買わないもありますか?なのに向こうの槍玉にあげられるのはこっちなんです。言っておきますが私、その3組だけじゃないんですよ。まだ独身の人とお付き合いしてた事もありました。相手の恋人だと言い張る女から泥棒猫呼ばわりされましたが。」
やりきれない、と言いたげに遥はため息をついた。
「確かに婚姻に達してない場合は単なる男女の三角関係で済むだろう。しかし明らかに世帯を持った男と関係を持ったなら話は違う。一度ならまだしもこの訴訟3件の他に確認できただけで裁判沙汰にはなってない2件の合わせて5件の不貞をやらかしている。さっきの話にあったA氏とは別のな。後者の2件はこっちで調べさせてもらった。まさか全部が全部相手が既婚者だと知らなかったわけではないよな?」
男は鋭い目線で遥の横顔を見た。当の本人は男の指摘に揺らぐどころか、「だから何?私は好きな人が既婚者でも気にならないのよ。さっきから言ってるじゃない。」とでも言うように取り澄ましていた。
「君の恋愛観にどうこう言うつもりはないが、火遊びも度が過ぎると自殺行為だぞ。そうやって澄ましているのも今のうちだ。裁判になっていない2件も円満に方を付けたわけではないらしいな。」
言いながら男は再び自分のスマホを操作し、1件の音声データを再生した。
それは年配と思しき男の声と、冷静な女性の声とのやりとりだった。




