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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第二部
20/62

歪んだエクスタシー

何も知らなかったであろう城戸は私をリビングの隣の部屋のダイニングの方のテーブルに着くよう勧めて、お茶を入れに行きました。それを運ぶと城戸は私の向かい側に座り、姉の写真を見せながらこんな事を並べたてました。

『本当は奥様にお伝えすべきでしたわね…この写真の女がご主人をたぶらかしていましたのよ!あ、もし良ければお茶をお一つどうぞ。僭越ながら私も頂きます。この写真の女はあなたの姉だと明日香ちゃんは言っていました。4月からドイツへ駐在しておりますの。帰国は秋頃になりますが今のうちに日本(ここ)で彼女がしでかしたことの証拠集めをしておいた方が良いかと思いまして…姉妹と言っても所詮女同士。分からないものですねぇ。かわいそうに明日香ちゃん、お父さんの不倫相手が自分の伯母だと知るや顔を青くしてとても心を痛めていました。お母さんがこれ以上苦しむのを見たくないからと言って、何度か私を頼るもので…見てるこちらもいたたまれなくなります。かと言って私もできる事は限られていて何とも歯がゆい気持ちです。相模原さんもどうして義理の姉とこんなバカな事をしたのでしょう?いいえ、私にも責任があります。まずはこう言った大人のセンシティブな事は奥様にお話するべきでしたね。お嬢様には酷な事実を伝えてしまったばっかりにこんな事に…あぁ。』

などと言っていたかと思いますが、こっちは途中から聞いてませんでした。城戸が時々交えるいやにわざとらしいすすり泣きが耳障りだったって事くらいしか…いえ、あれは嘲笑いに思えました!その時の私は姉の写真を穴が空くほど見つめながらも頭の中はぐちゃぐちゃになっていました。私達姉妹は決して疎遠になっていたわけではありません!私が結婚しても、娘が生まれてからも、姉とは連絡を取っていました。これまで本人も度々口にしていましたが娘の憧れの人は間違いなく姉なんです!あんな狡猾で汚らわしい城戸なんかじゃ断じてありません!姉は血の繋がった伯母として、明日香の誕生から大学合格した時まで、成長の節目で一緒にお祝いしてくれました。たとえ海の向こうにいたとしても、どうして…どうしてあの時私は信頼のおける姉に相談して助けを求めなかったのか、自分自身に腹が立ちました…(悦子は涙を流しているようだった。)そして、目の前にいるこの女は明日香だけでなく私の実の姉をも利用しようとしている。何とかしなきゃ、これ以上私達の幸せを壊させない…絶対にさせない!

この悪魔の暴走を止めなければ…止めなければ…止めなければ!

私はすっくと立ち上がりました。突然の事だったので城戸の薄っぺらい口上がピタリと止まりました。ですがここでは何とか爆発を堪えました。

『申し訳ありません…お手洗いをお借りしたく…。』

本当は必要なかったのです。

『あぁ、それならお易い御用ですわ!廊下に出てすぐです。ご案内しましょうか?』

『…いえ、結構です。』

部屋を出ると、確かに右側にトイレがありました。私はそのドアを一度開くと、中には入らずにバタンとわざと大きな音を立てて閉めました。そして足跡を立てないように履いていたスリッパを脱いで忍び足で玄関の方向へ移動し、トイレと同じ側にある洋室のドアをそっと開けました。

目的はあの家主が城戸遥本人である証拠を見つけるためです。部屋の中は不自然なくらい整理整頓されていて、まるでモデルルームかと思うくらいでした。しかしこちらも意地があります。最初はデスク周りを探ったのですが、抽斗(ひきだし)は施錠されていて、デスクの上のノートパソコンはロックがかかっていたため歯が立ちません。そこで、ふとクローゼットに手をかけると…私服の他に白衣が何着か掛けられていました。そして、その二の腕の部分に…見つけました。『K.Haruka』の刺繍を!複数の白衣に施されていたので確信しました!

その途端、後ろで声がしました。城戸ではなく男の声です。玄関からでした。…私も聞いた事のある声…言うまでもなくあのインチキ探偵でした。

『はーるかぁ、来たぞ。どこにいんだ?あのサレババァから金ぶんどらねぇ代わりにピチピチの上玉喰わして…えぇ!!』

神田でした。彼は私を見つけるや否や城戸の所へ駆け込んで行きました。向こうで何か言い争う声がして、やがて女だけがやって来ました。

『……そこにいらしたんですか!』

もし仰る通り、城戸が本当に姻戚について知らなかったとすればあの時城戸は動揺していたのでしょう。赤の他人を利用したつもりが不倫相手の義理の姉だったと、もう後の祭りですが。事実、私は冷静さを失ってしまいました。

『……ば……むの?』

気が付くと私は唇を動かしていました。

『は?すみません聞き取れなかったもので。もう一度言って頂けます?』

『アンタはどれだけ他人の心を傷つければ気が済むんだって言ってんの!!まさにアンタの事よ!!城戸遥はあなたなんでしょ!シラ切っても無駄よ!何も知らない癖に姉さんを散々侮辱して!あなた…よくも私達をめちゃくちゃにしてくれたわね!男にだらしないのはアンタの方よ!!私の娘をもめちゃくちゃにしようとしてこの悪魔!!人でなし!』

そして気がつけば私はペン立てにあったカッターナイフを手にしていました。ありったけの刃を出して振り回しながら逃げる城戸の背中を切りつけ…。」

「そして神田に取り押さえられたのですね?」

「…そうです……うっ…ああぁぁぁーーーッ!!!。」

再生が終わった。

男はまた、遥の様子を観察した。

自分の悪事がバラされてパニックになるのか、それとも今になって良心の呵責を感じて後悔の涙でも流すのか。


どっちでもなかった。


遥は顔が紅くなっていたが、動揺していなかった。震えていたが、泣いてはいなかった。


「ククク…フフフフ…。」

遥は妙な声を出した。

男は再生中、ずっと立ったままで、一切遥に触れてはいなかった。にも関わらずまるで全身をくすぐられているかのように彼女の笑い声はだんだん大きくなっていった。

「どうした。何がおかしい?」

男に言われて少し抑えようと遥はソファに座ったまま上半身を頭ごと膝の上に伏せたが、それでも笑いは止まらなかった。

「ねっ、ねぇ。もうそろそろお名前教えて下さってもいいでしょう?」

笑い涙を手で拭いながら、遥はさっきの音声とは関係のない事を言った。

「なぜだ。」

男は堅い表情のまま聞いた。

「教えてくれないんですね。意地悪な人。いいわ、私から当ててあげます。『天谷(あまがい)』さんなんでしょう?さっきの女の話に出てきたから、そうなのかしらと思って。」

「……あぁ、そうだ。天谷桂吾(あまがいけいご)だ。」

天谷は、認めた。

「やっぱり!私冴えてる!」

欲しかった玩具を与えられた子どものように、遥ははしゃいだ。そして言った。

「天谷さん!あなたは私を楽しませるのがお上手なんですね!なぜ私がこんなことに…なってるのか分かりますか?」

天谷は何も答えず見ておれないと言ったふうに遥から目を背けた。それでも遥はお構い無しに笑っていた。

「私、好きなんです!他人の大事なモノを奪って憎まれるのが!分かりやすく言うと、他人がこしらえた積み木のお城を蹴飛ばす感じかしら?そしてその恋人や家族が私を憎みながら自滅していく様を見るのは何とも最高なエクスタシーじゃありませんか!だって不貞行為はどう足掻いたって刑事事件になり得ませんからねぇ?」

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