表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第二部
15/62

偽の救世主

「私は奪ったこの手紙を何度も読み返したのですが、どこにもいかがわしい文言は書いてありませんでした。ただ、読んでいて明らかに便箋が1枚抜けているのです。おそらく私に見られてまずいところを、元夫が家の外で抜き取ったのでしょう。それに、この辺りの一文が妙に引っかかったのですが…。」

「(男性の声)『もし、このままで終わらせたくないなら、私に見せてね。言葉じゃなくて。わかるでしょう?』。これですか?」

「はい。ですがこれだけでは具体的にどういうことなのかわかりません。あの夜の醜態についても、あの人が勝手にしたことだと言われればそれまでです。翌朝―日曜日でした―あの人は頭痛と吐き気がすると言って、1日寝込んでいました。私はあれから一睡も出来ず、気が狂いそうなくらいもやもやしていましたが、何とか平静を保って本来あの人の日課だった庭の水やりをしに玄関から外に出ると、門の前から人が立ち去って行くのが見えました。朝刊を取ろうと郵便受けポストを確認すると、1枚の広告が入っていたのです。探偵事務所の宣伝でした。この時の私は…本当に愚かでした。まさかあれが仕組まれた罠だったなんて!どうして冷静になって考えることが出来なかったのでしょう、あの探偵事務所は実体のない架空のものだったのに!しかし、昨日の今日だったものですから、私は広告を見てすぐに飛びついてしまいました。そこに記載されていた電話番号に連絡すると、竹下と名乗る男の人が出て、翌日の昼頃に会う約束をしました。…どうしましょう、本人が捕まった以上、偽の探偵のくだりは省きましょうか?」

「(男性)先程の偽の広告を含め、その辺は既に神田―竹下の本名―から供述を得ています。ですが照合をとるためにも相模原さんの方から可能な範囲でお話頂けますか?」

遥は動揺するどころか、嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべた。

「もちろんです。約束の日時に私はS駅の近くにある、3階建てマンションの一室で神田と会いました。外に看板はなく、中も12畳くらいの小さなワンルームで、面談に使うテーブルと2脚の長いソファ、隅の方にはオフィス用の机と大きな観葉植物の鉢植えがありました。デジタル派かつミニマリストだと言われればそれまでですが、それにしてもこういう事務所に付き物の業務上の資料を収めたファイルが1つも見当たらないのは今から思えば不思議でした。

それまで私は『探偵』と聞くと、ドラマや漫画に出てくるものとは逆に実際にはもっとやさぐれた、反社会的な風貌をイメージしていて、少し身構えてはいたのですが、応対した神田は30代前半の背の高い痩せ型で、ありふれたスーツを着こなし、髪も短い黒髪でとても真面目なビジネスマンと言う印象を受けました。挨拶の折に彼は、ここまで御足労頂いてありがたい、駅まで私を迎えに行こうかと考えていた、前の事務所が区画整理で追い出されてついこの間ここに移転してきたばかりでまだ看板も付けられていない、などと愛想良く言われたものですから私はすっかり心を許してしまいました。冷静に考えれば外見や事情なんていくらでも取り繕えるにね!

相手は私が多少取り乱して今までの事情を話すのを神妙な顔してじっと聞き入れ、私が言いにくそうにしていると『無理なさらないでください。あなたは相当の傷を受けられたんですよね。』などと気遣い、時に相槌を交えて私に同情してみせました。最初は向かい合って座っていたのが、私からの話が終わると私の隣に、このくらい距離を詰めて座りました。そして私の肩に腕をまわして、片方の手で私の手を触りながら言ったのです。

『何も気に病む事はありません。あなたのために全力で調査します。報酬はまだ結構です。そんなもの問題ではありません。自分はあなたとご主人が元の夫婦仲に戻られることを何よりも願っていますから。』あぁ、なんて甘ったるい言葉でしょう!本来の私ならあんなものに靡かずにきっぱり払い除けられたのに!後で知ったことですがその様子はすっかりあの観葉植物の葉陰に隠されたカメラに撮られていました。

神田の優しい素振りにすっかりだまされた私はすぐに契約を交わしてしまいました。…それから数日後、調査結果を報告するからと今度は街中の喫茶店に呼び出されました。事務所は今看板取り付けの工事中だからと神田は言い訳しました。そして簡潔に調査結果を述べました。

『丹念に調査したところ、ご主人が不倫したと言う確たる証拠は見つかりませんでした。』

神田はよかったですね。と私に微笑み、お金を請求することはなく、さっさと私の前から立ち去って行きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ