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売った喧嘩

「わけわかんない……嫌なら、入学しなければいいのに」


 断れない事を知ってて……コイツ……!

 俺はさらに頭をワシワシと掻き、掻き、掻き毟る。それ以外何が出来るってんだ!

 職員室に着くまでの間に擦れ違った生徒たちは、クソ女の先導に従う俺に対し、大半が好奇心丸出しで、俺を何かの珍獣と勘違いしているようにジロジロと眺めていた。

 俺の顔を見てひそひそ囁いているのは見えても、何を言っているのかまではわからない。はっきりと聞こえるのは俺とクソ女の靴音だけ。

 クソ女の足が止まる。


「職員室はここ」


 ここから反対側の職員室の出口まで、軽く二百メートルはあるぞ……いや、生徒の数を考えれば、教師の数も相当なものになるから、このくらいは必要なのか?

でも最初に誰に挨拶しにいけばいいんだろうな? 校長だろうか? でもこれだけでかい学校だと校長に会うなんて出来ないんじゃねえか? じゃあ教頭? それとも適当に教師らしい人に声かけて尋ねてみるか?

 職員室の前で考え込んでいると、音も無く目の前の扉が開いた。


「ようこそおいでくださいました、マズロー様。私、当校の校長を務めているジャック・アンダーソンと申します」


 金髪をオールバックにした若い男は、爽やかな笑みを浮かべ俺に一礼した。

 これだけデカイ高校なら、仕事がたくさんあるだろうに、わざわざ出迎えてくれるなんて。受付はひどかったが、校長はいい人そうだ。


「あ、どうもありがとうございます。マズロー・アスモダイです」


 軽く目礼をし……クソ女が俺とジャックさんの間に体を割り込ませて来た。


「彼と一緒に校舎を回ってくる。貴方は書類の準備をしておいて」


 ジャックさんの、そして俺の返事を聞く事もなくクソ女は歩き出している。


「かしこまりました。ではマズロー様、ごゆるりと当校を見学して下さい」


 ジャックさんは再度一礼すると自動扉の向こうにすっと引っ込んでしまった。

 ……右も左も、そもそも次に何をすればいいのか、まったくもってわからない俺は、自然、クソ女のあとをついていかざるを得なくなる。

 小走りに駆け、俺はしかたなくクソ女の横に並んだ。


「年長の人に対して、ああいう態度はねえんじゃねえの?」


 敬意を払えとは言わんが、無礼なのはよくない。


「あたし、ウソツキは嫌いなの」


 ……よく言う。

 人を脅してまで報復しようとしている奴が、ウソツキは嫌いなの、ってか。どの口でモノ言ってんだ? 言ってる事とやってる事がここまで真逆だと、いっそ笑いたくなる。

 口には出さなかったが、嘲りの笑みを浮かべていた俺が何を言いたいのか悟ったらしく、クソ女は口を開いた。


「貴方のあたしに対する態度も、相当に無礼だけど。はじめて会った時はとんでもない悪口言われているし、二度目は叩かれているし。職員室に案内したお礼も無い」


 無礼、ね。しかも、お礼? 周りを巻き込んでまで俺をここに入学させようとして?

 ……ダメだ。限界。

 相手が世界一の金持ちだからケンカすんのはやめとこうとか、そもそも勝ち目があるかどうかと、もう、どうでもいい。

 足を止める。

 俺が立ち止まった事にしばらくして気付いたクソ女は、怪訝な面持ちでこちらに向き直った。


「要求することだけは、一人前だな」


 周りが何やらざわついているが知ったこっちゃない。


「無礼だと思うんなら、まず自分の胸に手をあてて考えてみたらどうだ。俺がムカつくんなら、俺に直接モノ言えってんだ。関係ない他人巻き込んでんじゃねえや」

「……何のこと?」


 本当にムカつく奴だ。さも『わかりません』という演技なんかしてんじゃねえよ。


「これだよ。権力振りかざして人脅して、強引に従わせておいて『ウソツキは嫌いなの』……そして都合が悪くなれば『何のこと?』ってか。ムナクソ悪りぃ」


 肩を竦め、唇の端をこれでもかというくらいに意地悪そうに俺は吊り上げた。


「お前の目論見どおり、入学してやるよ。だからナガイさんやアツシ、アルファード社にはこれ以上手を出すな。もしまだ彼等を脅すって言うんなら、俺にも考えがあるぜ」


 視界に入れたくも無いが、クソ女を真正面から睨み付ける。


「カグラ財閥の娘だからって、何でも思い通りになると思うなよ」


 俺のタンカが聞こえたのだろう、周囲の喧騒が一層大きくなった。

 踵を返して、俺は校舎のどこにいけばいいのかもわからないまま、一人で歩き出した。

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