037_戦後処理
帝国は王国と違って人間種人族以外の人種に非常に厳しい政策をとっている。
つまり獣人種や妖精種たちには暮らしにくい国なのだ。
だから獣人種のこの母娘は森に逃げ込んだのではないだろうか?
でも、あの森を戦闘力がほとんどなさそうな母娘2人で越えてきたのか?
ラクリスの用意した食事をちょうど食べ終えた母親に疑問を投げかけてみた。
「貴方は帝国からやってきたのですね? あの森をたった2人で抜けてきたとは思えませんが、他の方はどうしたのですか?」
「あっ!?」
母親は口に手をあてて、しまったといった表情をした。
どういう意味の『しまった』なのか分からないが、他にも人がいるのは分かった。
聞かないわけにはいかないときいたが、母親の口から語られたことにアレクは焦った。
この母娘は帝国側の森に近い場所に隠れ住んでいたが、帝国軍が森のそばに集結したことで獣人種の集落が見つかってしまったのだ。
帝国軍に見つかってしまったので、追い立てられるように逃げ出して森に入り込んだそうだ。
「では、今でも500人もの人が森の中で暮らしているのですか?」
「はい。……どうかお見逃しください!」
帝国軍がこのヘリオ町へ進軍するために、森の近くに隠れ住んでいた彼らは見つかってしまい、住んでいた集落を捨てて逃げることになってしまった。
今は森の中で身を潜めるように暮らしているが、森の近くで暮らすことに慣れている獣人種でも危険な状況だと言えるだろう。
「500人か……」
10人くらいなら受け入れるのになんの問題もないが、500人もとなるとさすがに面倒を見るのは厳しい。
「アレク、何を悩んでいるの! 助けてあげなさい!」
クリスがバンとアレクの背中を叩いた。
「そうだぞ、アレク。こういうことで男の度量というのが分かるんだ!」
逆側からはロアが背中を叩いてきた。
マリアはキラキラした目でアレクを見ている。逃げ道はない。
「……クリス姉さんは父さんと受け入れの準備をお願いします」
「分かったわ」
「ロア姉さんは母さんを連れてきてください」
「それでこそアレクだ!」
「マリアはフリオを連れてきて」
「うん」
「ラクリス、鎧を準備してくれるかい」
「畏まりました」
アレクたちの話を聞いていた母親は、最初このヒューマンたちを信じていいか分からなかった。
しかし、ラクリスは獣人種なのに楽しそうにしていて、エルフのカトレアも楽し気に働いていることから、信じてみようと決めた。
母親は自ら獣人たちのいる場所まで案内すると申し出たのだ。
これもアレクたちが醸し出す優しそうなオーラがあってのことであろう。
アレクたちは森の中を進んでいく。
ロアが先頭を進み、魔物が出てくると矢で仕留める。
それに対抗意識を燃やしたリーリアが競うように魔物を倒していく。
「魔物討伐にきたわけじゃないのに……」
アレクはため息交じりに呟いた。
「ロア姉さんと母さんだから……」
フリオも呆れている。
「すごいです。ローレシア様も奥様も凄いです! 私も負けていられません!」
アレクはラクリスが脳筋のリーリアとロアに張り合おうとするのを止めようとしたが、それより早くラクリスは飛び出していった。
「………」
しばらく進むと魔物の出てくる頻度が上がってきた。
帝国軍はヘリオの町への進軍時、これだけ魔物密度の高い森の中を通ってきた。
それを可能にさせた魔除香というアイテムは、素晴らしいものである。
普通なら大人数の軍の気配に引き寄せられた魔物と、多くの戦闘を繰り広げ疲弊するはずだ。
そういったアイテムが安く大量に出回ると、ヘリオの町が帝国軍の侵攻の危機に曝されてしまうが、その逆に王国が魔除香を大量に入手できたなら、森を通って帝国へ進軍することも可能になる。
「はぁー」
まだ2月なので森の中は寒く、手がかじかんでしまう。
アレクは手に息を当てて温める。
「アレクサンダー様、寒いのですか?」
「手がかじかんでしまったよ」
アレクがそう言うと、ラクリスはアレクの両手をとった。
柔らかい手で包み込んで温かい息をかけたのだ。
とても温かで、ラクリスの手の柔らかさが気持ちいい。
「アレク、あまり鼻の下を伸ばしているんじゃないよ。魔物はあたしらが倒すけど、絶対じゃぁないんだからね」
「は、鼻の下なんて伸ばしてないよ!」
リーリアの言葉でアレクはフリオや兵士たちに笑われてしまった。
リーリアは碌なことを言わないと、アレクは憤る。
「ケルー、こっちでいいのか?」
「はい、あと少しだと思います」
ケルーは鼻をスンスンとさせ匂いを嗅ぐ。ケルーとはロアが助けた母娘の母親の名前である。
匂いで何が分かるのだろうと、アレクも鼻をスンスンしたが、アレクには草や木の匂いにしか思えなかった。
「バカやってんじゃないよ」
リーリアに軽く頭を小突かれた。
ケルーはアレクたちが悪い人間ではないと説明してくれるためについてきてくれたのだ。
「ママ、これ食べられるよね?」
そしてピコもついてきた。
「ピコ、こっちへきなさい。今は皆のところにいくのよ」
「はーい」
無邪気なピコは沢山食べて元気になったが、元気すぎるようだ。
獣人は飢餓に強くヒューマンに比べて回復力も高いが、先ほどまで空腹で倒れていたのだから、あまり無理をしないでほしい。
しばらく進むと森の中で獣人たちを見つけた。
しかし獣人たちはあからさまにアレクたちを警戒していて、ケルーとピコの母娘も説得してくれているが、獣人たちは警戒を解こうとはしないのである。
「あーもー、うじうじとうるさい奴らだね。あたしらは助けてやるって言ってるんだよ!」
なかなか進まない説得に業を煮やしたリーリアが、アレクを押しのけて前に出た。
「そんなこと信じられるか!」
獣人種虎族の大男が言うように、獣人種がヒューマンを信じられないのは仕方がない。
帝国で育った獣人種がどのような目に遭ってきたか、アレクたちには想像もつかない。
「おいそこのデカいの、あたしと勝負しな! あたしが勝ったらアンタらはあたしらについてくる。そのデカいのが勝ったら好きすればいい!」
勝負と聞いて引き下がるわけにはいかないのが獣人だ。
「よしやろう!」
こうして獣人救助作戦はなぜか獣人種と人間種の代表者による模擬戦へと変わってしまった。
「私はリーリアだ。デカいの、名はなんていうんだ?」
「俺はガンズ。一族最強の戦士ガンズだ」
ガンズは虎の獣人で逞しい体の持ち主だ。武器は金棒でパワー型なのが分かる。
リーリアとガンズが対峙する。
先に動いたガンズは金棒を振り上げ、リーリアを肉の塊に変えようと迫った。
本気の一撃がリーリアのいた地面を抉る。
「そんなのろまな攻撃には当たらないよ」
「やるじゃないか!」
ガンズは力の限り金棒を振り回したが、リーリアはトントンと軽くステップを踏みそれらの攻撃を尽く躱す。
「えーい、ちょこまかと!」
「あははは、そろそろ本気でいくかね」
リーリアは大地に両足をしっかりとつけ、ガンズの金棒を待ち受けた。
「死ねやぁぁぁぁぁぁっ!」
苛立ったガンズの金棒がリーリアに迫る。
ガンッという音を立ててガンズの金棒が止まった。
「むっ!?」
「どうしたんだ? 本気を出していいんだぞ」
リーリアはアレク作の愛用の槍でガンズの金棒を受け止めたのだ。
しかも片手で受け止めている。
「おおおーーーっ!」
リーリアが片手でガンズの金棒を受け止めたのを見た獣人たちが驚きの声をあげた。
この声に気分をよくしたリーリアのターンが始まった。
「ほら、足が疎かになってるよ!」
「ほら、左手が甘い!」
「ほら、腰を入れな!」
ガンズはまるで赤子のように翻弄され、リーリアに反撃もできない。
「何度言わせるんだい、足が疎かになってるよ!」
ガンズは右足の甲を石突で突かれ涙目だ。
その後もガンズはいいところなしで、リーリアの前に倒れ伏した。
「さー、今からアンタたちはあたいの舎弟だよ! ついてきな!」
「はい!」
獣人は強い者に魅かれる種族だ。
リーリアはそんな獣人の習性を知っていてこうなるように仕向けたわけではなく、この行動は単にリーリアの性分なのだ。親分肌、姉御肌のリーリアである。
そして、獣人種は強いリーリアを、群れのボスとして認めてしまった。
「しかし森の中でよく全員無事だったな。魔物と遭わなかったのか?」
「へい、この草を見つけまして」
すっかりリーリアの舎弟に収まってしまったガンズは、リーリアの質問に小さな袋を取り出して中を見せた。
袋の中身は乾燥させた草のようだ。
「これは?」
「へい、この草を乾燥させると魔物が嫌う臭いを出すんです」
「な~るほどね~」
これは魔除香のようなものだ。魔除香に比べると効果範囲は狭いが、長持ちするらしい。
獣人を保護してから森を出るまで魔物に遭うことはなかったことから、乾燥草の効果を認めざるを得ない。
ただ、リーリアは魔物が襲ってこなかったことがかなり不満だった。困ったものである。




