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アレクサンダー英雄戦記 ~最強の土魔術士~  作者: 大野半兵衛
十六章

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151/160

151_帝国激震

 


 キミリス城の防壁の上に陣取った王太子は、帝国軍の威容をその目に焼きつけていた。

 十五万の大軍を擁する皇帝デラーズは、どんな気持ちでこのキミリス城を囲んでいるのだろうかと考える。かつての帝国領を取り戻すためか、それとも王国にその力を見せつけるためか?

 実際にはこんな辺境の土地などどうでもいいと思っているデラーズだが、王国が性懲りもなく帝国領に攻め込んできたので、ちょっとした罰を与える程度の気持ちだったりする。

「しかし、戦場というものは、これほどの重圧を我慢しなければならないのか」

 王太子の呟きはその左右に侍るアレクとブリッグス団長にしか聞こえなかった。

「殿下。これほどの大軍を前にしたのは、某も初めてのことにございます。肝が冷える思いにございます」

 ブリッグス団長でもかと思った王太子は、アレクの顔を見た。しかし、アレクはいつもと変わらぬ柔和な表情をしている。英雄と言われる人物は、こうも肝が据わっているものかと、目を見張る。

「殿下、そろそろ」

 ブリエス少将が王太子に耳打ちする。後方に下がって総指揮を執るのだ。というのは名目で、さすがにこの場所は危険なため、後方に下がるのだ。それに、自分ではこれだけの大軍の指揮を執ることができないと、王太子は理解している。だから、前線指揮はブリッグス団長とアレクに任せるのである。

「二人とも、頼みおく」

「「はっ」」

 王太子がブリエス少将を連れて下がる。ブリエス少将は王太子の補佐を行うという名目だが、王太子はあまりブリエス少将を信用していない。だから、自分の目の届く場所に置こうと思ったのだ。

「さて、アレクサンダー殿。やるかい」

「はい」

 王太子たちを見送ったブリッグス団長とアレクは頷き合った。

「全魔術士、魔術用意!」

 ブリックス団長が魔術士たちに命令を下す。進軍してくる帝国軍に向かい、魔術士たちが杖を構えたり、魔術筒を構える。

「敵の防御魔術を打ち払います」

「頼むぜ、英雄殿」

「……そう呼ばれるのは、好きではありません」

「そうだったな。アレクサンダー殿」

「アレク。それでいいですよ」

 ブリッグス団長は親指を立てて、アレクに応えた。

「ラクリス。守りは任せたよ」

「はい。お任せください」

 ラクリスの長い耳は戦場の音を拾うため、小刻みに動いている。彼女であれば、どんな攻撃があったとしても、自分を守ってくれるという絶大な信頼がアレクにはある。

「岩の嵐」

 長く大きく息吸い止めた瞬間、アレクの魔力が膨れ上がり、巨大な魔法陣が浮かび上がる。それを見た帝国の魔術士たちが、防御魔術を展開する。

 マリアに人外と言われたアレクの魔力を糧にした巨大な岩が、いくつも上空に現れる。どの岩も直径十メートルはありそうな大きさであり、数十、数百もの巨岩が地上へと降り注ぐ。

 土魔術で一度作られた岩は、術者が消さない限り消えることはない。消えない以上、防御魔術で防いでもそこに残る。岩が地面に落ちればいいが、防御魔術上にあり続けると、それを展開している魔術士の魔力がガリゴリと削られていく。帝国軍が密集しているため、地面に落とせば帝国兵士が岩の下敷きになり、防ぎ続ければ魔力が消費される。圧倒的な魔力量を誇るアレクだからできる戦術だ。

 ガツンッ、ガツンッと防御魔術に岩が当たる。帝国の魔術士たちは、防御魔術を展開するだけで手一杯で、応戦どころではない。

「魔術の消耗戦を避けるために、一方的に攻撃して帝国魔術士の魔力を使い果たさせる。……まったくとんでもない戦術だぜ」

 ブリッグス団長が呆れながらアレクの横顔を見る。帝国の魔術士の数は十や二十では利かない。それこそ数百に及ぶ魔術士を相手に、たった一人の魔術士(アレク)が喧嘩を売っているのだ。それなのに、アレクは微笑みさえ浮かべているように見えた。


 ▽▽▽


「おいおい、ありゃーなんだ?」

「土魔術のようですね」

「そりゃあ、見れば分かんだよ。そんなことじゃねぇんだって。お前、気づかねぇのか」

 デラーズは斜め後ろに控えているサンダーに、ため息混じりに語る。

「あんな岩が落ちてきたら、十五万の大軍でも大変ですね」

「お前、冷静だな」

「某は、あれと戦ってきましたから」

「……そう言えば、そうだったな」

 実際にアレクの土魔術を目の当たりにすると、デラーズでも負けるのが当然だと思った。

 自陣の土魔術士たちが数十人がかりで、巨大な落とし穴を発動させたのを見た時でもそれほど驚かなかった。それなのに、今目の前で起こっていることには、驚愕するしかない。なぜなら、三百人近い魔術士が、たった一人が発動させた岩の雨を防ぐのに、四苦八苦しているからだ。

「反撃は……できねぇな」

「無理でしょう」

「全軍に後退命令を出せ」

「進軍を始めたばかりで後退しては士気に影響しますが、よろしいのですか?」

「今退かなかったら、魔術士が全滅するぞ」

「承知しました」


 後退命令が発令され、帝国軍は最小限の犠牲だけで済んだ。しかし、魔術士たちは岩の雨を防ぐだけで、魔力をほとんど使い果たしていて、マナポーションを大量に消費した。

「ファーストコンタクトは素直に負けを認めてやるぜ」

 デラーズは「ふー」と息を吐いた。

「だがな、次は簡単にいかないぜ。ゲルバルド、策はあるんだろうな?」

「次はこちらが先に魔術を発動させます。そこで一気に圧し切りたいと思います」

「魔術を発動させると言っても、どうやるんだ? 向こうが先に撃ってくるかもしれないぜ」

「魔術がギリギリ届く最大射程から、キミリス城の防壁を崩します」

「最大射程か。それで勝てるのか?」

「さぁ?」

「さぁって、お前がそんなことを言うとは珍しいな」

 デラーズが楽しそうに話すのを見て、将軍たちは何をへらへらしているのだという気持ちである。だが、それだからこそ、次は勝てるのではないかと思わせるものがある。

「正直言いまして、王国の英雄の実力を低く見積もっていました。五割、いえ、倍と考えると、今のこちらの魔術士たちでは勝てません」

 将軍たちが騒然になるのを、デラーズ、ゲルバルド、サンダー、そしてもう一人が冷静に見ている。

「で、婆さんはどうなんだ?」

 皇帝である自分の前だというのに、三角帽子を被ったマントの女性に話を振る。彼女は宮廷魔術団団長モーニス・フォン・マーガス。二十代の容姿だが、すでに五十年ほど宮廷魔術団団長の座に就いている。噂では二百歳を越えているとも言われる人物である。そのマーガスを婆さんと呼べるのは、大国である帝国内でもデラーズだけである。

「あれは化け物ね」

「負けを認めるのか?」

 マーガスの鋭い視線がデラーズを射貫く。

「皇帝もゲルバルド殿も気に入らないわね」

「某の言葉が気に入らないと仰るのであれば、謝罪しましょう。しかし、あの魔術士にマーガス団長は勝てると仰るのですかな?」

 皇帝であるデラーズが謝罪するわけにはいかないので、ゲルバルドが軽く頭を下げた。

 このマーガスは帝国軍元帥であるゲルバルドだろうが、皇帝デラーズであろうが関係なく自由気ままに言葉を吐ける唯一の人物である。

「さぁ、分からないわね。言ったでしょ? あれは化け物だって」

「先ほどの策はマーガス団長と相談したうえで、献策しました。某としても失敗する可能性は、非常に高いと思っておりますが、魔術士たちを束ねるマーガス団長がそれでは困ります」

「やってみれば分かるわ」

「ちげぇねぇ」

 デラーズがニヤリと笑みをこぼす。こういった物言いを許し、正直に意見を述べるマーガスは、言葉遊びをしないデラーズと相性がいい。マーガスがまどろっこしい言葉を吐く者だったら、どれだけ素晴らしい力を持っていても、デラーズは決して重用しなかっただろう。


 

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