134_帝国激震
ソウテイ王国第八代国王アナベル・マゼランド・カイシャウスは憂鬱だった。目の前では定期的に開催されている御前会議が行われており、大臣たちが重要な法案などを話し合っている。しかし、今の国王にはそのことよりも重要で気がかりなことがあった。
国王には男子六人、女子七人、合わせて十三人の子供がいる。王妃は数年前に他界したが、宰相となった王太子と第三王子を生み、他の十一人の子供は側妃の子供たちである。
今年は十五歳になった第五王女が降嫁する。めでたいことだと、国王も喜んでいる。しかし、第五王女よりも年齢が上の第三王女のカタリナは結婚どころか、まだ婚約もしていない。これには、国王自身も色々反省すべき点があると思っているのだが、それでも娘の将来を考えると結婚するのか、それとも結婚よりも大事なことがあってそれをするのかを、遅まきながら本気で考えなければならない。だから早く御前会議が終わって欲しいと思うが、なかなか終わらないので余計にため息が出る。
「はぁ……」
御前会議の最中だというのに時々ため息を吐くため、その度に大臣たちが国王の顔色を窺う。
アルホフ三等勲民家を改易し、多くの貴族を減封したことによって王家の権威はかつてないほどに高まっている。そんな状況下で自分の提案の時にため息を吐かれたら、大臣が戦々恐々としてしまうのは仕方がないだろう。
「陛下。何かございましたでしょうか?」
王太子がその度にこうやって確認する。
「いや、いい。続けよ」
「はっ。財務大臣、続けよ」
「はい」
こういった確認する時間もあって、御前会議は長引いている。国王はただ早く終わって欲しいだけなのだが、国王のその態度が長引かせている原因なのである。
やっと御前会議が終わると、国王はカタリナの元に向かった。
カタリナは城の庭園の片隅で、陰鬱な表情でぼーっと花々を眺めていた。
「カタリナや」
「………」
国王が声をかけてもカタリナは反応しないので、侍女がカタリナに耳打ちするとやっと国王に気づく。
「お父様」
「ぼーっとしてどうしたのだ?」
「いえ、なんでもありません」
なんでもないと言うが、カタリナの表情は冴えない。
「気になる者でもいるのか?」
「………」
「余が可愛がりすぎたことで、行き遅れになってしまった。すまないと思っている」
今年十九歳のカタリナだが、貴族だと十五歳で結婚する者は多い。それは王族であっても同じで、結婚適齢期は十五歳から十八歳。十九歳で婚約者もいないのは、行き遅れの部類に入るだろう。
「誰か意中の者でもいるのか? もし、そうであれば、余に教えてはくれまいか?」
溺愛する娘が苦しんでいる。そう思うと国王という立場よりも父親の顔が前に出る。
その声を聞きカタリナは口を開いたが、言葉を発することなくぐっと口を閉じた。その人物に迷惑がかかると思ってのことである。
だが、国王はカタリナが誰を思っているのか、分かっていた。今のカタリナよりも、凛としたカタリナ、楽しそうに笑っているカタリナの表情が、何よりも国王の心に染み渡る。だから、今のような陰鬱な表情をいつからしているのか、国王は知っている。それが誰と会ってからなのかも、当然心当たりがある。
「余はカタリナのためであれば、なんでもしてやるぞ。遠慮はいらぬ、言うがよい」
影のある笑みを浮かべるだけで、カタリナは語ろうとしない。結局、国王はその人物の名を聞くことはなかった。
国王は次に宰相府を訪れた。
「陛下!?」
宰相府の主である王太子は、宰相府の幹部たちと会議中であった。
幹部たちが席をはずそうと席を立って部屋を出ていく中、ある人物は呼び止められた。
「オイゲンスよ。その方にも関係ある話だ。席へ」
「はっ……」
ステイラム・オイゲンス統括補佐官。言わずと知れたアレクの舅である。
王太子に上座を譲られた国王が座ると、王太子とステイラムも席につく。
「陛下。御前会議では心ここにあらずのご様子でしたが、何かご懸念がおありでしょうか?」
「うむ……。そのことだが……」
国王の歯切れが悪いことに、王太子とステイラムは顔を見合わせる。しかも、その歯切れの悪い話は、ステイラムにも関係することだ。
「遠慮なく申してくだされ。最善の努力をいたしましょう」
「王太子。そなた、王太子妃を娶って何年になる?」
王太子にとって、唐突な問いであった。
「かれこれ、十四年になりますが」
十五歳で娶り、十四年連れ添っている。それがどうしたのか?
「王太孫は何歳になるかな?」
「はあ……。十一歳になりますが」
国王の言いたいことが理解できない王太子は、何が言いたいか分かるかとステイラムに目で聞くが、ステイラムも分からないため、わずかに首を振って答える。
王太子の息子(王太孫)のことを聞くことから、自分が何かしたため廃嫡して息子を次の王にするつもりなのかと不安になる。
「陛下。某が何か不始末をしましたでしょうか?」
「ん? お前はよくやっている。何も不満はない」
ホッと胸を撫で下ろすが、話がまったく進まない。
「では、どういったお話でしょうか?」
「……これはここだけの話であるぞ」
「「はい」」
「カタリナのことである」
「カタリナが何か?」
その王太子の言葉で、国王はステイラムを見つめるものだから、ステイラムは何事かと身構える。
「カタリナは恋をしている」
「「………」」
思わず声を失った王太子とステイラムは、またも顔を見合った。
「カタリナが……ですか?」
王太子はカタリナのことをよく知っていると自分では思っている。その王太子の記憶にあるカタリナは男性に興味を示さず、目の前にいる国王が過保護にするため縁談が持ち上がってもすぐに話はなくなる。そんなカタリナが恋をしていると聞かされ、「まさか」という言葉しか出てこなかった。
「おそれながら陛下。カタリナ殿下の恋と某とどのような関係がございますのでしょうか?」
自分に関係あると呼び止められたステイラムも、気が気でない。
「うむ、カタリナの思い人だがな、おそらく……英雄殿だ」
「「ま、まさか……」」
現在、このソウテイ王国に英雄と言われる人物は、たった一人しかいない。ステイラムもよく知る人物である。
「陛下。カタリナがそう言ったのですか?」
「いや、カタリナは何も言わぬ。だが、余には分かるのだ」
国王は確信を持っている。
この後、三人の間でどのような話が行われたのか、それはまた後日にでも語るとしよう。
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